未解決(4)
違和感はすっと溶けていくようだった。シランは思わず口角が上がった。客たちは騒然としていたが、相変わらず女は落ち着いていた。おそらくあの女は強盗とレジ員の女性が共犯であることに気づいていたのだろう。
最初呆然と立ち尽くしていたレジ員の女性が叫んだ。
「くそっ!お前が逆上してもたもたしてるからだっ!お前なんかと組んだからっ!私は!私はぁ!」
強盗をキッと睨みつける。
もう自白したも同然だった。
強盗はというと引きつった顔で気圧され何も言えないでいる。
すると、咄嗟に女性は強盗からナイフを奪い取るとシランに向き直った。
「くっそぉぉぉぉ!」
女性はシランにナイフの刃を向けて突進した。
しかし、いつの間にかレジ員の後ろに回っていた女がナイフを蹴り落とし、肘で背中を突いた。
「ぐえっ!」
レジ員の女性はあっけなく床に倒れ伏した。
ーーーーバタッ
後ろで強盗も両膝をついた。
女性に怒鳴られたことが余程ショックだったのか、金の入ったかばんを持ったまま、逃げ出そうともせず、ただ呆然と取り押さえられた女性を見つめていた。
コンビニの前には何台かパトカーがとまっていた。闇の中赤いライトが点滅する。
強盗と女性は無事捕まり、ほかの客たちは警察から事情聴取を受けていた。
「それでまじ凄かったんすよ!」
「女の人がめっちゃかっこよくてぇ」
「あのーそろそろ帰ってもいいですか?」
「家族に電話しなくちゃ」
シランもまた、警官に声をかけられていた。
「あ、事情聴取いいですか?」
「別に構わないけど、他の人と同じことしか言えないと思うよ?」
シランは笑って言った。
どうやら犯人の2人は常習犯だったらしい。
以前にも何度かコンビニ強盗をしており、店員と強盗犯でタッグを組んで捜査を撹乱させ、逃げ切っていたようだ。
おそらく、女性店員が時計を気にしていたのも、強盗役の相方との犯行の約束の時間を確認していたのだろう。
2人はパトカーに乗せられている時も口論をし続けていた。
(というか、女性が一方的に男性をなじっていた。)
「あ、そうだ。あの女の人どこにいます?僕助けてもらったのでお礼言いたくて。」
「ああ、皆さんが口々に言ってた女性ね。それが事情聴取をとる前に現場からいなくなっちゃったみたいで、、、」
「えっ、そんなあ」
シランは警官と別れてため息をついた。
「あの女の人おもしろそうだったのに。」
ーーーーニャア
いつの間にかシランの足元に黒猫がいた。
「お、ゼラ。散歩は楽しかったか?」
(ゼラが反応してないってことはあの二人は奇病患者じゃなかったか。まあそうだろうな。)
ゼラには不思議な力があった。
いや、それこそがゼラの奇病であるのだが。
ゼラは奇病を患ってる者に強く反応する。その能力は奇病研究において欠かせない。
ゼラとシランは何年も前からずっと相棒であった。
「ナイフが見つからないんだよなあ、、、」
警官の声が聞こえた。
(ナイフ、、、。)
「ゼラ、おいで」
シランはゼラと共に帰ろうとした。するとゼラはある物に向かって鳴き出した。何度も何度も。これはゼラの奇病患者への反応と同じだ。
「ゼラ?」
ゼラが見ていたもの。それはレジの上に置かれた小銭だった。
ーー「いくら?」
あの女の声が蘇る。
「あの女が置いてったのか。」
シランは自分の口角が上がっていくのを感じた。
「でかしたぞ。さすがだゼラ。」
「ニャアー」
ゼラは1度嗅いだ奇病の匂いを嗅ぎ分ける。
ゼラを先頭に、シランは夜の道をかけて行った
そこはコンビニから歩いて8分ほどだった。そこの空間だけ、街の景色とは異様な空気を放っていた。と言っても、賑わう街から見ればそこは遠くの背景の一部にしかすぎず、その異様さに気づく者はいないだろう。
ーーーー廃工場
すでに廃れきった工場内は、そこだけ時間が静止しているようだった。
工場の古い骨組みから見える夜空さえも作り物のように見えた。
まるで全ての人から忘れ去られたように、閑散としている。
人がいるとはとうてい思えなかった。
「ゼラ。」
呼びかけるが返事がない。
「ゼラ?」
気づくとゼラはまたどこかに消えていた。
「ここで間違いないのか?」
シランは廃工場の中を1人歩き回った。
なんといっても広い。
シランの靴音がただコツコツと工場の中に響き渡った。
突然頭上から声がした。
「ここで何してんの。」
シランは上を見上げた。
いた。
そこに女はいた。
錆びた鉄骨が隅に積み上げられていた。その頂上に女はいた。
女は上から見下ろす形で、しっかりとシランを見据えていた。引き込まれそうなほど黒く冷たい眼差しで。