未解決(1)
「というわけで、是非ともシランさんに捜査のご協力をお願いしたいんすけど。」
若い刑事は、落ち着かない様子で目の前の男を見つめて言った。相手がどう出るのか窺うように視線を男に送る。しかし、視線の先の男はそんなことを気にもとめず、ティーカップに紅茶を注いでいた。
「あのぉー、お気になさらず、、、」
若い刑事、センカは再び声をかけた。すると、シランと呼ばれたその男は紅茶を注いでいた手を止めフッと笑った。
「あー、いや。これ僕の分。」
「へ?」
シランはそう言ってセンカの向かいの椅子に座った。
「それでなんだっけ?」
「ですから!例の未解決通り魔事件っす!今になってまた犯人が動き出して!」
「それに『奇病』が関係しているかもしれないから僕に協力して欲しいって?」
(全部聞いてんじゃん、、、。)
センカはため息をついた。さっきからこんな調子で話が前進しないのだ。
(てか、『奇病研究者』ってなんだよ。なんかの研究所かと思ったら、普通のアパートに通されるし、研究員みたいな人もいないし、レンゲツさんは何を考えてんのか、、、。)
「それにしても、、、」
ふと、シランが口を開いた
「君はミツマタの新しい部下だったね。あの頑固な男の部下はさぞ大変だろうね。いろんな雑用を押し付けられてるんだろ?ほんと、同情するよ。」
まるで心の中を読まれたようで、センカはドキッとした。
(同情するなら協力してくれっ!)
そう、上司であるミツマタレンゲツに仕事を押し付けられたために、センカはこの『奇病研究所』に来ることになったのだ。そこにいるシランという男に捜査の協力をしてもらうために。
「それで、どうなんすか?協力してくれるんすか?」
人と話すことに長けているセンカでさえこの男と話していると疲れてくる。ミツマタが仕事を押し付けてきた意味がよくわかった。
数秒間。シランは紅茶を口に含み、何かを考えるように目をつぶった。そして再び目を開け、彼は言った。
「実は、僕もその通り魔事件には興味があったんだよ。」
「え!?そうなんすか!?だったら、、、」
「君が来るまでは、ね。」
「は、、、?」
「いやぁ、なんか先に誰かにやってくれって言われたらやる気無くすじゃん?ほら、子供が宿題する時みたいな。親にやれやれ言われるとやる気無くすだろ?あれといっしょ。」
シランはティーカップの中身をスプーンでくるくると回しながら言った。
「は、はあぁ~っ!?」
そんな拗ねた子供みたいな理由で断られるとは思ってもみなかった。この男は刑事を舐めている。何か言ってやろうとしたが、そこでセンカは思い出した。
ーー「協力の承諾とれなかったら、お前わかってるな?」
ミツマタにそう言われていたことを。
「待ってください!そこをなんとか!」
「悪いけど、そろそろゼラの散歩に行かないといけないんだ。」
ゼラとはシランが飼っている黒猫だ。先程からテーブルの下で眠っている。
「いや!猫に散歩いらないでしょ!」
「それじゃあさようなら。ミツマタによろしく伝えておいてー。」
センカはシランに玄関の外まで押し出されてしまった。後ろでドアがバタンと閉まる音がした。
「はあ~、レンゲツさんになんて言お、、、」
「はあ~、やっと帰ったか!ミツマタのやつ、僕をこき使いやがって!センカ君には悪い事をしたけど、、、」
シランは残りの紅茶を飲み干し、ほっと一息ついた。そして、部屋の隅にある大きな棚に目をやった。そこにはびっしりとファイルが並んでいる。
表には、『2009年 誘拐』、『2010年 放火』
などと書かれている。
その中の『2014年 通り魔事件』のファイルを眺めた。そのファイルがある棚のラベルにはでかでかと、『未解決』と書かれている。
その事件はよく覚えている。何者かによって無差別に人が殺されていった。
当時ニュース番組はその話で持ち切りとなり、人々を震撼させたにも関わらず、犯人の目星もつかないまま事件は闇に葬られた。
その事件が『奇病』と関わっているかもしれないということは、シランも考えていた。
「あれから十年か。」
『奇病』。それは文字通り奇妙な病気のことだ。科学的に証明できないような異質な症状。時にそれは人を傷つけ、殺すことだって有り得る。だが、ほとんどの人間が奇病の存在を知らない。そのため、奇病が関わった事件は未解決に終わることも多いのだ。
そんな未解決事件を捜査する刑事課が、レンゲツたちが所属する『奇病捜査課』である。奇病捜査課は万年ひと手不足なため、センカのように何も知らない若い刑事が飛ばされることもあるのだ。可哀想に。ほんとに同情するよ。
また、そんな奇病について研究しているのが『奇病研究者』だ。と言っても、この職業は世界にシラン一人しかいないだろう。
シランは今までにも、奇病特務課に協力してきた。奇病の情報を得るために。
しかし、十年前はシランもまだ15歳と若く、奇病研究者も名乗っていなかった。警察に負けじと独断で捜査をしたが、警察の捜査に首を突っ込むことさえ出来なかった。
手口に一切証拠を残さない。ナイフで急所を一突き。
証拠がないのだから犯人像すら分からない。憶測が憶測を呼び、人々は疑心暗鬼になっていった。そしてそのまま、事件はお蔵入りとなったのだ。
だが、シランにはミツマタたち警察のような正義感はない。別に誰か大切な人がその犯人に殺された訳でもない。おそらく十年前も単なる興味本位だったのだ。犯人はどんな奇病を持っているのだろう。どうしてこんなことを繰り返すのだろう。気になると止まらない性格なのだ。それと同時に飽きっぽい。
(あ、そういえば紅茶が切れたんだった。買いにいくか。)
シランはファイルから目を離すと、もう通り魔事件のことなど忘れていた。
「ゼラ。」
シランが呼ぶと、先程までテーブルの下で眠っていた黒猫が動きだした。
「センカ君はああ言っていたけど、ゼラは散歩が好きだからね。」
初投稿!読んでくださりありがとうございました。続きは順次投稿していく予定ですのでそちらもぜひ読んでいただければと思います。