09.本当は私を殺したかったの?
「……兄ちゃんにそんなことしていいと思ってんのかよ」
「……はァ? どの面下げて言ってんの? 寝言は寝て言えよ」
憮然としたスオウが私を睨みながら、ぼそり、と呟いた言葉。
それが思いもよらないものだったというか、そもそもそんな言葉がスオウの口から出てくるという発想を度外視していたというか、とにかく今までのスオウの言動からは到底結び付かないものだったので、不意を突かれた私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
なお、ついでとばかりに口をついた悪態はもはや脊髄反射に飛び出したと言っても過言ではないため、この七歳児どもを私がいかに嫌っているかはお察しの通り。
……『大人げない』って?
ははは、今の私は六歳児だから大人げなんてないに決まっているんだな、これが。
おふざけ抜きに主張するなら、私はマツバで、マツバは私なんだから、今までの小さなマツバが受けた仕打ちに対して怒るのは正当な権利だと思っている。
マツバには不当な扱いを受けていた自覚があるし、その扱いに対してマツバは不満を抱いていた。
小さなマツバはその不満を義兄たちに萎縮していたり(小さなマツバにとっての義兄は恐怖の権化だったので当然だ)、そもそも上手く言語化できないという点から言えなかったけれど、今の私は違う。
前世を思い出し、大人としての意識が混ざって思考の主軸に置かれたぶん、自分の中にある感情や主張の言語化ができるようになった。
蓄積された義兄たちへの恐怖心がゼロになったとは言えないけれど、それを押し込めて、あるいは怒りの炉心にくべて燃やすことができるようになった。
だからそう、私が今やっているのは積年の恨み辛みを義兄たちにぶつけているだけで、やっぱり私は『悪くない』。
これが正しいことだと言うつもりもないし、良いことをしているだなんてとんでもない。
だけど決して、仕返し自体を悪いことだとは思わない。
古くから『目には目を、歯には歯を』という言葉があるくらいだし、やられたことをやられたぶんだけ仕返しするのは正当な権利なのだ。
(……というかコイツ、一応、私が自分の妹だって認識はあったってこと?)
なにそれ意外……と、養豚場の豚を見る目よりなお酷い視線をスオウに浴びせながら、心の中ではめちゃくちゃ驚いていた。
立てば叩かれ、座ればどつかれ、歩くたびには転がされが双子からマツバへのデフォルトの扱いだというのに、それでも双子――少なくともスオウの方はマツバのことを妹だと思っていたなんて、それこそ想定外。
きっと脊髄反射で飛び出した悪態もその気持ちの表れで、困惑・戸惑いが無意識に悪態というかたちで出力されるだなんてマツバの義兄嫌いは相当だなぁ、と他人事のような感想を抱く。
(そもそも――)
「オニイチャンを名乗りたいんならイモウトを危ない目に遭わせないとか、危ない人から守るとか、オニイチャンらしいことのひとつくらいしてから言ってくれる?」
言っておくけど私、二人にオニイチャンらしいことなんてされたおぼえないから。
……吐き捨てるようにしてスオウへ投げつけた冷淡な言葉に、驚いたのは私も同じだ。
だって私、ここまで言うつもりなんてなかった。
どうせスオウやハイドには何を言うだけ無駄で、打って響くことなんてないに決まっている――そう切り捨てていたから、私は双子に『兄らしさ』を説く気なんて皆無だったのだ。
スオウとハイドがこれ以上、私に危害を与えないように大人しくなってくれさえすればいい。
双子をボコボコにしたのは間違いなく私の私怨で、でも、良くも悪くもこれっきりのつもりだった。
徹底的に痛めつけて、『次』なんて考えられなくなるくらい脅しかけて、それでおしまい。
今さら双子と家族になるつもりがなければ、双子に兄になって欲しいとも思わない。
だからこそボコボコにして、ボロボロにして、私と双子の間に決定的に埋められない溝を作るつもりだったのに――
(……なのにどうして、私は期待するようなことを言ってるの?)
戸惑う気持ちを置き去りにして、私の口はするすると言葉を紡いでいく。
「上兄様も下兄様もお互いのことしか大切にしてないし、『二人とも私をなんだと思ってるんだろう?』って、そう思うような扱いしか受けたおぼえがない」
「だから当然、私が二人を兄だと思えるはずもないんだけど、その辺わかってる?」
「一応、同じオトギリの家族っていう枠組みではあって、二人が私よりもちょっと先に生まれたから、仕方なくオニイチャンって呼んでるだけ」
「あくまでもこの家の中で二人のことを表す記号としてしか、私の中では『オニイチャン』って言葉に意味はないの」
「だいたい、私のオニイチャンだって言うんなら、なんで私を突き落としたの?」
「あんなことされたら誰だって大怪我するに決まってるでしょ」
「今回は偶然、おでこを軽く切ったのと全身の打ち身、あとは軽い脳震盪? で済んでるけど、そうじゃない可能性だって十分あった」
「下手をすれば一生寝たきりだし、もっと酷ければ、あの日に私は死んでたかもしれないよね」
「人間にとって、それだけ頭は大切な場所なんだけど、二人ともそのあたりの認識がちょっと甘すぎない?」
「――それとも、上兄様も下兄様も、本当は私を殺したかったの?」
そんなに私のことが嫌いだったのと、双子に向けて憎々しげに問いかける声はどこか物寂しげに響いて聞こえる。
そしてそれは、今こうして話している言葉が、双子に投げかけた問いかけが、今の私ではなく前世を思い出す前の小さなマツバの発したものだからなのだろう。
何しろ双子のことを上兄様、下兄様と呼ぶのは私ではなく、小さなマツバだ。
ずっと小さい頃はスオウ兄様、ハイド兄様と呼んでいたけれど、二人から名前を呼ぶなと嫌がられて仕方なく変えた呼び方。
二人に兄としての役割を期待していない私は絶対にしない呼び方で、……双子を兄として認めていなくとも、心の奥底では双子にちゃんとした兄になって欲しかった小さなマツバのささやかで精一杯の直訴だった。
たぶん、前世を思い出して多様なキョウダイの在り方を知ったからこそ、私の中に残っている小さなマツバも双子たちを責めたくなったのだと思う。
隣の芝は青いし、物語に描かれる理想の姿に憧憬を抱くのは人として当たり前の心の在り方。
だからこそ『どうして』と、小さなマツバも双子に怒りをぶつけたくなったんだろう。
たとえ血が繋がっていなくても家族だと呼んでくれる人はいるのに、どうしてお前たちは私のことを大切にしてくれないのだと。
少なくともお前たちは私と血が繋がっていると思っているのに、どうして私の兄になってくれないのだと。
悲しくて、腹立たしくて、だけどそれ以上に虚しくて仕方がないんだろう。
(……なんて)
他人事のように分析しているけれど、結局のところ小さなマツバは今の私であり、今の私は小さなマツバでもあるので。
昂った感情がポロ、と目からこぼれおちてしまったのも、仕方のないことなんだって言い訳させて欲しいなァ……。
せっせと続きを書いていたらいいねと評価ptが増えててにっこりしました。うれしい!ありがとうございます!
もし、ちょっとでも「面白かった!」「続きが楽しみ!」と思ってもらえたら、ブックマークやポイント評価(☆→★)、いいね等で応援していただけるととても嬉しいです。すごく励みになります!
なるべく定期更新を続けられるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします…!