08.だって私、優しいからね!
スオウとハイド、どちらの方がメンタルが強いかと言われれば、圧倒的にスオウに軍配が上がると思う。
双子だからどっちも同じくらいじゃないのかとか、若干とはいえアウトドアなぶんハイドの方が強そうとか、そういう考えもあるにはあるけれど、やっぱりスオウはお兄ちゃんだから。
何かがあればスオウはハイドを守ろうとするし、ハイドはスオウを頼りがち。
思い返してみれば作中でもスオウはあまり怒らず、ハイドは瞬間湯沸かし器か? というレベルで、二人のキレやすさは段違いだった気がする(片割れを亡くして情緒不安定になっているのもあるんだろう、たぶん)。
とはいえ、そのぶんスオウはひとたび怒るとめちゃくちゃしつこくてねちっこいタイプで、一方のハイドはのど元過ぎればなんとやら……というタイプらしく、すぐに怒ったことを忘れてケロっとしているんだけど。
閑話休題。
「ほどけよ」
「は? やだし」
「ト、トイレ……」
「知らない。どうしてもしたかったらそこで漏らせば?」
ぐすぐす泣きべそをかいているハイドの隣で、ひと足先にメンタルを持ち直し、元の調子を取り戻したスオウが上から目線で命令をしてきた。
頼み方がなってないし単純にむかつくから却下、と間髪入れずにスオウにNoを突き付けると、怖々といった様子でハイドがトイレに行きたい、と言葉少なに要求してくる。
……今この瞬間、どちらの方が立場が上なのかをわきまえているのか、はたまた一方的に暴力を振るってきた私を怖がっているだけなのかは知らないが、しおらしい態度なぶん、ハイドの方がまだいくらかマシだなと思う。
(だからと言って、それが紐をほどくに足る理由にはならないけど)
私がツーンとすげない返事を返せば、ハイドが絶望したような顔になったし、隣のスオウは必死に紐から抜け出そうとじたばた暴れ出した。
……へぇ、ふーん、そう。
なぁんだ、『トイレって言えば解いてもらえるだろ』的な打算じゃなくて、本気でハイドはトイレに行きたかっただけなんだ。
まあ、それがわかったところで、私からすれば『だからどうした』って感じなんですが。
トイレ発言の真偽はどうあれ、私には二人を木に縛りつけた紐をほどく気なんて皆無だったし、漏らせばいい発言は適当にしたものの、本気でそう思っているのは確か。
だって。
「マツバにも同じこと言ったじゃん」
感情を乗せないよう、平坦な声になるように強く意識して、ぽつりと呟く。
私を睨んでいたスオウが言葉を詰まらせ、泣きべそをかくハイドはヒュッと喉を鳴らした。
「トイレに行きたいって言ったマツバを二人がかりで捕まえて、物置の中に閉じ込めて、押さえつけて。泣いたマツバに言ったじゃん。どうしてもしたいなら漏らせばいい、って」
「……おまえ、おぼえて」
「忘れられるわけがねーんだわ」
忘れもしない、今から四年ほど前の話だ。
結局、物置から出ることが叶わず、漏らしてしまった小さなマツバに、こいつらが言った言葉だって今も全部おぼえてる。
汚い、ダサい、臭い、気持ち悪い。
そう言って、スオウとハイドはお手伝いさんに泣きつく小さなマツバを嘲笑っていたんだ。
二歳の頃の話なんておぼえていないだろうと高を括っていたのかもしれないが、……残念。
あれほど大きなショックを受けたことを、小さなマツバがそう簡単に忘れると思うのか。忘れられるとお思いか。
「どれほどマツバは恥ずかしくて、みじめで、情けない気持ちになったか、わかる?」
「「ッ……」」
「まあ、二人ともわからないからやったんだろうし……なら、私に同じことされても文句言えないよね? 私と同じ、恥ずかしくてみじめで情けない気持ちを味わえばいいと思う」
マ、あの頃の私よりも年上なぶん、二人の方がもっと辛いんだろうけど? と、にこりと優しく微笑みかけながら付け加えれば、想像したのかスオウもハイドも顔を真っ青にして黙りこむ。
なのでこれ幸いと、積年の恨み辛みをひとつひとつ聞かせてあげることにした。
(だって私、優しいからね!)
反省の機会がある時にきちんと反省しないと、特にこの双子なんて一生振り返りも反省もしないだろうからね!
せっかく人間には言語というコミュニケーションの手段があるんだから、言葉を尽くしてしっかり伝えないといけないよね!
殴られたこと、叩かれたこと、蹴られたこと、無理やり髪を切られたこと、足を引っかけられて転ばされたこと、無理やり頭を水を張った浴槽に沈められたこと、エトセトラエトセトラ……。
純粋な傷害のエピソードを挙げようと思えばいとまがないほど、日常的にマツバは義兄たちから傷つけられてきた。
それ以外にも食事をとられたことや、義父からの誕生日プレゼントである大切な宝物は綿を引きずり出されてぼろぼろにされたことや、お手伝いさんが『とても似合っている』と褒めてくれたお気に入りの服を鋏でずたずたにされたことなど、精神的苦痛を感じたエピソードもひとつひとつ懇切丁寧に、当時の私の感想もまじえて話をして――
「アンタらが先にやったんだから、当然、同じことをやり返されても文句は言えないよねー?」
といった具合に、二人がずっと大切にしているものや二人の好物を具体例に挙げて仕返しの計画を語れば、ますますスオウには睨まれたし(ただしとっても涙目)、ハイドなんて顔も服もべしょべしょになる勢いで泣き始めた。
……うーん。傍から見ればカオスとはまさにこのことか、と言うような光景が広がっているのだろう。
(でも、先に双子が散々やらかしているからこそのこの状況だしなぁ……)
私は悪くない、と主張するのも、元はと言えば義兄たちが手を出してきたからこそ。
そんなに不服な顔をするのならどうして私にやったのか、いやはや、まったくもってはなはだ疑問である。
マツバの主張は次回に続きます。
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