07.譲歩なんて必要ない
今回も引き続き、マツバがバイオレンスなのでご注意ください。
スオウは寝るのが大好きなので、寝起きが悪いというよりは、単純に寝汚いところがある。
だからきっと、今日もおやつの時間まで昼寝をしているものだとばかり思っていたんだけど……なるほど、さすがは双子。
片割れの異変を察知したのか途中で起きたようで、寝ぼけ眼をこすりながらもハイドを探しに外へ出てきた様子。
私はスオウに気付かれる前に近くの生垣に身を隠し、いつでも襲撃できるようにぎゅっと布団叩きを握りしめた。
「ひく゛、う゛ぅ、ッ、うえ゛え……」
「……は?」
「にぃ、ち゛ゃ」
「ハイド!?」
おそらく生まれて初めて感じているだろう許容外の痛みにハイドはべそべそと泣いていて、スオウが外に出てきたことにもなかなか気付かなかった。
けれどもスオウが上げた声は耳に届いたようで、涙と鼻水と鼻血でぐちゃぐちゃになった顔を上げて片割れに呼びかける。
瞼も腫れ、まるで怪談のお岩さんのようになっているハイドがスオウを視覚で認識できているかはともかく、片割れにはっきりと名前を呼ばれたことで聴覚の方では確実に認識できただろう。
スオウもハイドの惨状に取り乱して冷静さを欠いているようだし、きっとやるなら今この瞬間だ。
(せ、ぇ、のっ――)
「ッ!?」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! に゛い゛ち゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」
ハイドの時のようにこっそり背中に近づいて、横っ面に布団叩きを叩きつける。
勢いにやられたスオウの身体がずさぁっと芝の上に倒れると、ハイドがすすり泣きから一転、びゃああ! と怪獣のような大きな声を上げて泣き始め、思わずうるせぇと口走ってしまった私は悪くない。
しかしその声が普段より数割増しに低かったせいか、ハイドはびくっと震えて萎縮し、えぐえぐという泣き方にシフトチェンジして多少静かになったので良しとする(どうやら大きな声を出さないようにしているつもりらしい)。
……『血も涙もない』?
こいつらに譲歩なんて必要ないから良いんです。
結果的に言えば、今回も私が勝ち星を収め、スオウをハイドの隣に縛りつけることには成功した。
ただしその過程に少しばかり問題があって、私の殺意に耐えきれなかったのか、スオウ襲撃中に布団叩きが真ん中からぽきりと折れてしまったのだ。
そんなわけで途中からは拳での語り合いになったのだけど、近接戦を強いられたばかりに私も何発かスオウの攻撃を食らってしまった。
おかげで口の中が切れてしまいめちゃくちゃ痛いのだが、スオウの綺麗な顔をボコボコにしてやった、という謎の達成感がある。
今回の勝因はおそらく、『殺しさえしなければセーフだから、せめて半殺しまではしてやろう』という気持ちでスオウに挑んだことだと思っている。
もし仮にスオウにもやる気スイッチが入っていたら結果はわからなかったけど、……うん。
どうやら七歳児の頭にそこまでする思考はなかったらしい。
いやー危なかった、ナチュラルボーンクズが覚醒してたらきっと死んでた……。
そんなこんなで、第一次義兄妹戦争は私の完全勝利である。
スオウとの取っ組み合いで千切れた芝生とか、土埃にまみれているし、髪の毛だってぼさぼさ。
頬をしっかり殴られたぶん、これからぱんぱんに腫れてしまうかもしれないが、スオウとハイドの血みどろ具合に比べれば私の姿は非常にきれいなものである。
だって向こう血みどろだし、鼻水と涙で顔も服もぐしゃぐしゃだし、その上で土とか芝生とかついてるし。五十歩百歩でもなければどんぐりの背比べでもないレベルで私の方がきれいだもん。
これで『どっちもどっちだよ』なんて言ってくるヤツがいたら、その時はオブラート抜きで眼科に行くことをお勧めしようと思う。
……にしても、今日はお手伝いさんがいなくて本当に良かった。
もしお手伝いさんがこの惨状を見ていたら悲鳴を上げていただろうし、なんならキャパシティを超えて失神……なんて事態も起きたような気がする。
お手伝いさん、良くも悪くも普通の人というか、面倒見が良くて人並みの正義感があるおばさまだから。
マツバがスオウやハイドにいじめられた時に仲裁してくれたり、泣いているマツバを当たり前のようにフォローしてくれる人だったからこそ、私も小さなマツバもお手伝いさんのことは好ましく思っているのだ。
正直なところ、今では義兄よりも、下手をすれば義父よりも信じられるのはお手伝いさんだと思い始めているほどマトモな御仁だ。
だから、うん、やっぱり今日はお手伝いさんがいなくて本当に良かった。
親子四人が揃う日は家族水入らずでお手伝いさんが来ない日、と決まっているからそれも当然なんだけど、当然だとわかっていても安心してしまうものはある。
なんせお手伝いさんにとっての私は『大人しい女の子のマツバちゃん』なので、あんな風に布団叩きを振り回して義兄をボコボコにしたり、地面に倒れ込んだ義兄にまたがって殴りつけるような粗暴な女の子なんてもってのほか。
好意的に思っている人には少しでも良く見られたい――というええかっこしいな気持ちはもちろん私にもあるので、こんな乱暴な私はくれぐれもバレないよう、三人にはしっかり口止めして隠しておかないと。
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