03.この恨み、晴らさでおくべきか
ちょっとずつだけど閲覧数やブクマの数などが増えてきていて、控えめに言ってめちゃくちゃ嬉しいです。ありがとうございます!(会社でにやけてしまう…)
一日一話ののんびり進行ですが、引き続きよろしくお願いします。
(はてさてどうしたものか)
「お嬢様、傷が痛みますか?」
「……ううん。少し考えごとをしていただけ」
さようですか、と引き下がりつつも心配そうにベッドで横になっている私の様子を窺うのは、義父に雇われてオトギリ家を出入りするお手伝いさんの女性である。
身綺麗にしているものの服装はメイドのお仕着せではなく私服であり、いわゆるハウスキーパーやシッターに近いものと考えてもらえれば大体あっているんじゃないかなと思う。
仕事で家を空けがちな義父に代わり、まだまだお子ちゃまな義兄たちと私の面倒を見るのが彼女の仕事だった。
――乙女ゲームと異世界転生という組み合わせからつい中世ヨーロッパの暮らしぶりを予想してしまうが、幸か不幸かこの世界には若干のファンタジー要素はあるものの、生活水準や文化水準は前世で生きた世界とそう大きく変わらなかった。
貧富の差こそあれ貴族階級は存在しないし、政治を執り行うのはお城ではなく国が置いた行政機関だし、テレビも電話も家電製品は一通りそろっている。
ヨーロピアンな街並みの景色がどこかイギリスっぽい気がするなと感じるのはこの国が島国だからか、雨が多いからか、はたまた摩訶不思議な出来事やアーティファクトが存在するせいか。
妖精の伝承に事欠かない島国という印象から、なんとなくイギリスと日本は似通っているような気がする……というイメージを私自身が持っているからかもしれないが、まあ、そのあたりはどうでもいい話だ。
とにかく、この世界……というか少なくとも私が暮らしているこの国では、貴族階級というものが存在していない。
だから私たち義兄妹の面倒を見てくれるのもメイドさんではなく、義父が雇ったごく普通のお手伝いさんというわけ。
もし義父の奥さん(私にとっては義母にあたる人)が生きていれば彼女が私たち三人の面倒を見てくれたのかもしれないが、どうにもならない『たられば』は語るだけ無駄というもの。
そんなしょうもないことを話すくらいなら、義父が潤沢な稼ぎを活用して私たちの面倒を見てくれている感謝のひとつを述べる方がよほど有意義な時間だろう。
義父はただでさえ仕事で忙しいし、そもそも代々金持ち家系のお坊ちゃん(!)だから家事なんてできっこないので、無理せず最善手を取ってくれているだけでも御の字だと思っている。
おかげで飢えることもなく、日々綺麗な家で生活できているので、それが仕事だとしてもお手伝いさんには本当に頭が上がらない。
もう少し大きくなったら自分で自分の身の回りのことくらいはできるようになってみせるので、それまではお世話になります。
……そうそう。すっかり話すのを忘れていたけど、私がベッドに横になっているのも怪我をしているのも、どちらも義兄たちの度を過ぎた悪戯のせいである。
というのも、今朝、我が家の二階から義兄たちに突き落とされた私は、遮るもののない階段をゴロゴロと見事一階まで転げ落ちて頭をぶつけてそのまま昏倒。
おまけに階段を転げ落ちている間に額を切って出血する、という文字通り出血サービスつきの大事になり、病院で数針縫ってきたところなのだ。
そのおかげというか、不幸中の幸いというかなんというか、こうして前世のことを思い出したわけだけど、全身の打ち身だとか頭を思い切りぶつけたことなどもろもろ、色々な理由があって今は自室のベッドの上でいい子に横になっている……というわけ。
もちろんその間、お手伝いさんはずーっと私に付きっきりだし、数週間ぶりに仕事場から帰宅した義父が現在進行形で義兄たちに雷を落としているらしい(たぶんというかほぼ確実に、お手伝いさんから雇用主である義父に連絡が行ったんだと思う)。
……義父は一企業のトップとして仕事が忙しいから家にいられないだけで、人としても親としてもかなり真っ当な人物なのだ。
養子に入った私のことも実の子どものように大切にしてくれるし、男ばかりの家族の中でも私が暮らしやすいようにと気を揉んでくれる。
どれほど忙しくても週に一回は必ず連絡が来て、月に一度は一日家にいる日をもぎ取ってくる。
だからこそ私は、前世のことを思い出す前から義父のことが好きだった。
実の父親ではないと知っていても、本当の父親のように思って慕っていた。
……まあ、義父のことが好きだからこそ義兄たちにいじめられていることを言えなかった、という問題もあったのだが、それは今までの気弱で引っ込み思案の小さなマツバだったからこそ。
今の私は前世を思い出したことによって大人しさや淑やかさにマイナス補正がかかったぶん、図太さや負けん気の強さその他エトセトラにプラス補正がかかったので、これまでとは一味も二味も違うスーパーマツバちゃん(笑)だ。
(いつまでもやられっぱなしの私だと思うなよ、クソ義兄ども)
下手すれば私は義父に引き取ってもらった恩を返す暇もなく死ぬところだったんだからな。
この恨み、晴らさでおくべきか。
「ねぇ」
「どうしました、お嬢様?」
「私、お義父様と話がしたい。……義兄様たちとのお話が終わったら来て欲しいって、お義父様に伝えてくれる?」
「ええ、もちろん。お呼びして参りますので、お父様がいらっしゃるまでゆっくりなさってくださいね」
「ありがとう」
「お安い御用ですわ」
部屋を出ていくお手伝いさんの背中を見送り、見慣れない天井を見上げて深く息を吐く。
そうして吐いた分の酸素を肺に取り込めば、腹の中でぐつぐつと煮立っているものがほんの少しだけ表面を冷まし、思考の冷静さを取り戻してくれるような気がした。
さて、義父がここに来るまでに、話す内容を頭の中でもう少しまとめておかなければ。
義父と話したいことは決まっているけれど、整然と会話を進めようと思うには、文脈がまだかなりとっ散らかっている。
忙しい彼の時間を無駄にしないためにもしっかり文章を練っておかなければ。
……これからの身の振り方を考えるのは、義兄たちに仕返しを済ませたあとでも十分遅くないはずなのだから。
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