01.後生だから慈悲をくれ
頭からっぽにして書き始めたお話なので、みなさんもあんまりあれこれ考えずにゆるゆると楽しんでもらえたらなぁ、と思います。
まったくもって身に覚えはないのだが、どうやら一度、私は死んでいるらしい。
気付けば顔も名前も別の人間になっていて、なんなら生まれた国は日本じゃないし世界観もがらりと変わっていた。
だからたぶん、今流行りの(?)異世界転生をしたんだろうなと思うことにした。
それ以外に今の状況を言い表す言葉がないからというのがまずひとつで、それから、現状を理解するために自分が知っている事柄に無理やり当てはめて仮初でも安心を得たかったからというのがもうひとつ。
冷静に状況を整理したらあながち間違ってもいないんじゃないかという結論に至ったので、これからは私が異世界転生をした、という前提で話を進めていくことにする。
今の私の名前はマツバ=オトギリ。
紫の目に暗めのアッシュグレーの髪、それから少し、いやかなり不健康そうな感じの青白い肌を持つ女の子だ。
……いや、うん、私の意識としては成人済みの大人なので、自分のことを『女の子』と称するのはいささか抵抗があるのだけど、マツバはまだ小学校低学年くらいの外見なので『女の人』と呼ぶにはいかんせん無理がある。
だからどうか、イタイとか言わないで欲しいし可哀想なものを見る目を向けないで欲しい。
ただでさえ異世界転生、なんてとんでもない異常事態が起きて混乱している頭なので、精神的な追い打ちをかけるのは何卒……何卒ご容赦いただきたく……。
ちなみにマツバ、肉付きの悪い薄っぺらい身体をしているが、容姿を見ればかなりの美少女。
年端もいかない幼気な女の子にもかかわらず、既によく言えばアンニュイな、悪く言えばちょっと陰鬱な雰囲気をまとっていて、伏目がち? 気だるげ? な瞳といい、薄めの唇をした小さな口といい、なんというかギャルゲーの『陰のあるヒロイン』とか『病み系ヒロイン』の枠にいそうな感じのビジュアルをしている。
前世の私は平々凡々並みが良いありふれた容姿だったので、鏡を見た瞬間、なんだかよくわからないけど『勝った!』という気持ちになった。
でも確かに、この顔なら人生勝ち組と言っても過言じゃないかもしれないなぁと思う。
もっともそれは、私自身がこの物憂げな美少女フェイスの良さを上手く活かすことができればって話なんだけど、なにぶん前世の私はずぼらで面倒臭がりな干物女だったからなァ……最低限、今の顔に見合うだけの身なりを保つ努力はするように努力しよう。
……努力するために努力が必要な時点で私の干物レベルがもはやお察しというものだけど、ウン、頑張る。
私の干物レベルの話はさておき、このマツバ=オトギリという女の子の名前にも容姿にも、実は私はぼんやりおぼえがあった。
前世のことなんてどうでもいいことほど覚えていて、どうして死んだのかとか、具体的にいつ頃に死んだのかとか、そういった肝心なことほど思い出せずに忘れているんだけど、こればかりは今の自分に関わることだからかなんとか思い出せた。
――なんせマツバ=オトギリは前世の私にとって空想上の存在だったので、その衝撃たるやないでしょって話。
異世界転生と言えば漫画だのゲームだの、そういった娯楽系コンテンツの世界に生まれ変わるのが定番だけど、私の場合はまさにソレ。
前世の私も聞きかじったことがあり、なんならちょっとだけ手を出したことがある乙女ゲームシリーズにマツバ=オトギリという女の子がいたのだ。
しかもマツバの容姿は今の私の容姿と瓜二つ、家族構成その他もろもろの情報も一致するとなれば、自分があのマツバ=オトギリに生まれ変わったのだと判断せざるを得なかった。
……正直、作中でマツバという女の子が受けていた仕打ちを知る私からすれば、その事実に気付いた瞬間の絶望感ったらなかったよね。ははは。
……なにわろとんねん(セルフツッコミ)。
マツバ=オトギリが登場するゲームは確か、シリーズの二作目? あたりで、ヒロインがマツバと出会うことにより特定の攻略対象のルートが解放される……という、ヒロインにとってはある種のキーキャラクターだったりする。
もっとも、解放される攻略対象はどいつもこいつも『やべーやつ』で、二次元コンテンツとしてはまだしも現実ではお近づきになりたくないタイプばかりなんだけどネ……。
もう少し詳しく話をすると、前述の乙女ゲームシリーズは作品ごとにテーマがあるのだが、マツバが登場する二作目のテーマは色んな意味で『闇』なことだった。
一作目が正統派乙女ゲームだった反動なのかは知らないが、二作目では悪いオトコとの恋愛を楽しむ……みたいな部分があり、DVとかモラハラとかヤンデレとか『もはやこれ犯罪じゃん?』って思わずスペキャ顔になるようなこととか、とにかくそういったものが作中で多数取り扱われていた。
そんなわけで、攻略対象も言わずもがなやべーやつの粒揃い状態になり、マツバとの接触でルートが解放される三人も『もしかしなくともナチュラルボーンクズでは?』とユーザーたちが震え上がるようなヤツばかり。
もしヒロインがこの世界にいるのなら是が非でも知り合わない方が良いと思うし、私も攻略対象たちには取り次がないでおくつもりだ。
ヒロインが自力で出会ったらどうしようもないので、できるかぎり、という枕詞が付くが。
――とはいえ、『ヒロインと攻略対象を取り次がない』というのも、決して純粋な善意によるものではないことだけは明記しておく。
私がヒロインを取り次がない、取り次ぎたくないと思うのは、ひとえに『変に逆恨みされても困る』という理由が大きいから。
先ほども述べた通り、マツバとの接触で解放される攻略対象はナチュラルボーンクズを疑われるような連中ばかり。
当然、性格は悪いし倫理観もお察しレベルでしかない以上、『ヒロインと攻略対象』は『加害者と被害者』の構図にすげ替えられる可能性は常に隣り合わせだ。
そして、もし仮に『加害者と被害者』の関係が本当に成立してしまった場合、ヒロインが攻略対象との接点を生んだ私……マツバに対して八つ当たりにも等しい逆恨みしない、とは悲しいかな決して言い切れない。
そんなことをされたら面倒だし、自己責任だとこちらが正論で論破したら逆上されてブッスリ……なんてこともあるだろう。
実際、ゲームのバッドエンドの中にはそういう世界線も存在していたわけだから、これが私の杞憂で済むなんてことは万が一どころか億が一にもないのである。
ただでさえ作中のマツバはDVモラハラその他もろもろの被害者で心身ともにボロクソだったといのに、追い打ちをかけるようなこの仕打ち、もはやマツバ救済ルートを開拓するしかない。
だってマツバ、ヒロインが誰を攻略しても泥沼から抜け出せないんだもんな……。
私がマツバになったからには文字通り『明日は我が身』ってことになるので、あまりにも辛すぎてお先真っ暗な件。
後生だから慈悲をくれ。
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