7話 【俺】のブリーフィング
「どこだテメェ! ブッ殺してやる!!」
相変わらずドスの効いた天使の声が、
いつの間にか強くなっていた風音とともにどこからともなく聞こえてくる。
一方、俺はというと地面の中にいた。
脚をラファヤに切断された後、とても歩けるような状態じゃなかった俺は、
水の魔法で土を柔らかくし、死に物狂いで地面を掘ってその中に隠れていた。
片脚がなければ、周囲に身を隠せる遮蔽物すらない。
そんな中、視界を遮られているのにも関わらず、
的確に脚を切断してくるようなやつから身を隠すには、こうするほかなかった。
今は必死に痛みに耐えつつ息を殺し、ヤツがここから立ち去るのを待っている。
「うっ……っぐ……!」
『だ、大丈夫ですか、アタルさん!』
傍らにいたイヴが今にも泣き出しそうで、心配げな声をあげる。
どうやら人魂の状態だと地面の中を自由に移動できるみたいだ。
「イヴか……わるいな……おまえの脚……」
『今はそんなこと気にしないでください。それよりも……』
『大丈夫……じゃ、ないかも……』
強がりたいが、ダメだ。痛すぎる。
地中にいるのに眩しいほど視界がチカチカと明滅する。
色々と思考して気を紛らわせようともしたが、これは……無理だ。
今は対処療法的な治癒魔法で痛みや出血を緩やかにしてはいるが、
時折来るどうしようもない痛みの波には、さすがに声が漏れてしまう。
試しにイヴの腹の傷を治した魔法を使ってみたが、こちらもダメだった。
このままではいずれラファヤに見つかって殺されるか、血を流し過ぎて死ぬ。
そうでなくても患部に土中の雑菌が入り込み、なんらかの後遺症が残る。
だが、今の俺は走れないし、歩けないし、立ち上がれない。
こうして隠れているだけで精一杯だ。
『どどどど、どうしましょう! どうすれば!?』
『とりあえず、ラファヤは人魂が見えてないみたいだから……ぐっ!」
『えっと、ラファヤ様の行動を報告すればいいんですね?』
『あ、ああ。頼む……』
1から10まで説明しなくても理解して行動してくれるのは助かる。
俺は俺で、今はとにかく治療に集中することと、
それと並行してあることについて考えなければならない。
それは――
〝なぜラファヤが今もなお俺を見つけられずにいるか〟だ。
俺の脚を切断した時、あいつの視界は毒に覆われていて何も見えていなかったはずだ。
それなのに、狙いすましたかのように俺の脚を飛ばしてみせた。
だからてっきり、地面に隠れたときもすぐに見つかるものだと思っていた。
だがどうだ?
隠れてからもう5分以上は経過しているが、ヤツは俺の位置を特定できずにいる。
それに地中に隠れているといっても、そこまで深くまで潜ってない。
呼吸までできなくなるのは困るから、せいぜい軽く埋まっている程度。
うつ伏せになって、後頭部が完全に地面と水平になっている程度だ。
最初は俺の恐怖心を極限まで煽り、なぶり殺しにしようとしているのかとも考えた。
だが、現に今はあいつの言葉こそ聞こえてはいるが、一度も近づいてくる素振りはない。
本当にそれが目的ならば、見当違いな方向を探し続けたりはしない。
それにあとはイヴの報告を聞けば――
『アタルさん!』
『どうだった』
『ラファヤ様、ずっとキョロキョロ辺りを見回していました』
確定だ。
演技だとしても、終始見回しているのはおかしい。
なぜかはわからんが、ラファヤは完全に俺を見失っている。
『ちなみにですが、こめかみに大きな青筋を立てていらっしゃいました』
『……ちなみにだが、その報告の意味は?』
『すごく怒ってましたよっていう……』
『……そうか。ありがとう』
『アタルさん、これからどうするんですか?』
『そうだな、まずはなぜラファヤが俺を見つけられないでいるのかを考える』
『それは……隠れているからでは?』
『なら、なんで視界が覆われている状態で脚を切り落とせたんだ?』
『手当たり次第に攻撃したのがたまたま当たったとか……?』
『し、してたのか!?』
ラファヤの攻撃は現状イヴにしか見えていない。
俺もすぐさま脚を落とされたのでそう断定したが、
手当たり次第に攻撃していたとなると、話はまた変わってくる。
『いえ、一発でした』
『なんなんだよ……』
『けど、アタルさんを見失っているのなら、なぜこの場から離れないのでしょう?』
『今も俺が魔法を使っているからだろうな』
『治癒魔法……でしたよね?』
『ああ。微量ではあるが、それを感知してるんだろうな』
『なるほどですね。じゃあその魔法を止めれば……』
『それをすると今頃俺もおまえも、失血死であの世行きだ』
『ですか……』
『他に気が付いたことはあるか?』
『気が付いたこと……』
『そうだ。この際なんでもいい』
『こめ――』
『こめかみの青筋以外で』
『……そういえばアタルさん、本当にラファヤ様の魔法見えてなかったんですか?』
『見えなかった。イヴには見えてるんだよな?』
『はい』
ラファヤは自分の攻撃を躱すだけでも大したものだ、とかなんとか言ってたから、
おそらくこの世界の人間なら誰でも見えるということでもなさそうだ。
なぜイヴがそれを見る事が出来るのか……に関しては、今は考えなくてもいいか。
『なら、形もわかるんだよな?』
『あれはなんというか……イタ?』
『いちおう訊くがイタって、板って意味だよな? 木とかで出来てる……』
『いえ、材質は木とかじゃないと思います。
とにかく長方形で薄い板状でした。それでアタルさんの脚を……』
つまりラファヤの使用した魔法は、
〝不可視で薄型長方形の物を飛ばして対象を切断する魔法〟
ということか。
いちおうひと通りの魔法はあのジジイに叩き込まれたから知っている。
だが、そんな魔法に心当たりはない。
遠距離から使える不可視の切断魔法なんて便利なもの、俺が忘れるとも思えないしな。
そういえばラファヤが炉心溶融と言っていたせいで失念していたが、
たまたま名前と魔法の効果が一致していただけで、
この世界では俺が教わった魔法の常識は通用しないのでは……?
『……なるほど、教えてくれてありがとうな』
『い、いえいえ……! あ、あと……』
イヴが何か思い出したように付け加える。
『さっきちょっと材質に関して言いかけたのですが……』
『ああ、そういえば木じゃないってわざわざ訂正してたな』
『そうなんです。それにも理由があって……』
『聞こう。イヴはとにかく気になったことは話してくれ』
『緑色でした』
『緑色……板の色が?』
『はい』
色……?
もちろん俺には色どころか、姿形さえはっきりとはわからなかったわけだが……。
『色……か』
色が緑の長方形薄型。
たしかに木ではなさそうだが、そもそも魔法だからなアレは。
ここに来て〝色〟という要素はこの件には無関係だろうと切り捨てるのも簡単だ。
だが、こうして打つ手がない以上、一見意味がなさそうな事物でも精査する必要はある。
そういえば思い返してみると、ラファヤの髪色も緑だった。
そこにはやはり、何かしらの関係性があるのかもしれない。
『……もうすこし掘り下げてみるか。板はどのくらい緑色だった?』
『濃かったです。かなり。限りなく黒に近かった気がします』
『深緑か……』
あいつの髪は明るい緑色。
色の系統が同じとはいえ、直接結びつけるにはまだこじつけ程度だな。
そしてそれが、この状況をひっくり返す突破口になるかどうか……。
『うーん……』
頭を捻っても、唸っても、特に何も思い当たらん。
強いて言えば、魔法には個人の特徴が強く反映されるということくらいだ。
この場合は色である。
聞いた話によると、人にはそれぞれ生まれ持った色、〝特色〟というものがあり、
例えば赤の特色を持った者だと、そいつが魔法を使った際、魔法も赤く見えるのだとか。
ただし、その特色は常人には見ることが出来ない。
常人の目に映るのは特色ではなく、普通の色。
例えば俺がさっき使った火球は常人には普通の火に見えただろうが、
イヴにはまた違った色に見えていただろう。
この話をジジイから聞いた時は、
そんなものが見えて何の役に立つんだ。と思っていたが、
ラファヤのように目視できない魔法に対してはこの能力は強みになる。
ただ、今はその特色が突破口になるとも思えない。
たとえラファヤがイヴと同じように特色を感知できたとしても、
あの時、ヤツの視界は完全に塞がれていたからな。
色に関して掘り下げるのは、すこし失敗だったか。
『すみません、あまり参考にはならなかったですよね?』
『いいや、ありがとう。参考になったよ』
なんでも話していいと言ったのは俺だ。
イヴがわざわざそのことで気を落とす必要はない。
『ありがとうだなんて、そんな……あ、あと、色といえばまだあります!』
『お、おう、聞こう』
どうやらイヴは他人から褒められたり頼られたりしてしまうと、
嬉しくなっていっぱいお話してしまうタイプのようだ。
とはいえ、これ以上色に関して掘り下げても無駄に時間を浪費していくだけな気も――
『また板の色に関してですが、そういえば段々と濃くなっていっていました』
『それはつまり、最初のはそこまで緑が濃くなかった……と?』
『はい』
最初……ということは、俺がまだギリギリ感知できていた頃だな。
その頃は薄かったが、段々と濃くなっていった。
つまり、緑色が濃くなれば濃くなるほど、
特色を持たない俺なんかは感知するのが難しくなっていくことになる。
色に関しては完全に空振りだと思っていたが、なるほどそういう特性もあるのか。
『そ、それとですね……!』
まだ続くのか。
『あ、ごめんなさい、ちょっとしつこかったですか?』
……どうやら顔に出ていたようだ。
『いや、脚が痛むだけだ。この際だし、遠慮せずどんどん言ってけ』
『はい。さっきラファヤ様の様子を見に行ったのですが、なぜか周囲が薄緑色でした』
『周囲……て、ラファヤの周りがか?』
『いえ、この周囲です』
『俺たちの……?』
『この上、地上から見える範囲全てが……薄緑でした』
『地上全てって……マジかよ……』
そんな広範囲に渡ってラファヤの魔力で満たされているのか?
一体なぜ?
……いや、わざわざ考えるまでもない。俺を探すために決まっている。
『それは、緑色になったのはいつからだ?』
『えっと、アタルさんの脚が切られる直前……』
『あいつの視界が毒で見えなくなっていた頃だな?』
『そう……でしたね。あと、風みたいなのが吹いた時に』
『風?』
『はい。アタルさんの髪が大きく揺れていたので、風でも吹いてたんじゃないかなって。
ちょうど今もすごい勢いの風が吹いてますし……』
『風に、緑色に、視界……』
『アタルさん?』
『……見えてきたぞ、あいつの魔法の正体が』
『ほ、本当ですか?』
『ああ。その打開策も思いついた』
『すごい……さすがです、アタルさん!』
『いや、それもこれもイヴの情報のおかげだよ。ありがとうな』
『い、いえ、私なんてそんな……!』
そう言って謙遜するイヴ。
しかし実際問題、イヴがいなければここまで答えを導けなかった。
〝とりあえずなんでも話してみる〟……か。
俺も見習うべきだな。
『……さて、俺もおまえも残されている時間はそんなにない。
おんぶにだっこみたいで格好悪いが、まだイヴには協力してもらわなければならない』
『は、はい! おまかせください!』
『だが、その前にラファヤの使っている魔法の正体を教える』
『それは……やっぱり、知っておいたほうがいいってことですよね?』
『そうだ。でないと俺が死んだことになりかねないからな』
『し、死んだことにって……それはどういう……?』
『とにかくだ。俺が今から話すラファヤの魔法を逆に利用する作戦は、
俺が一度、死ななければならないってことだ』