35話 【俺】と民草と不安と信頼
魔力駆動車というものがある。
読んで字のごとく、魔力を動力源として駆動する車のことだが、
この世界ではなぜか魔力でタイヤを回すのではなく、
魔力で馬の形をした人形をパカラパカラと動かしているのだ。
つまり、魔力駆動(馬)車である。
一見、なんとも非効率的な乗り物であるように見えるが、
荷車が常に浮遊しており、基本的にどのような悪路でも走行が可能なのだとか。
要するに、その国にはその国の法律やルールがあるように、
この世界にはこの世界に適した乗り物があるということだ。
本来なら、この摩訶不思議な乗り物を色々な角度から眺めたり、いじったり、
試しに動かしてみたりするような好奇心旺盛な俺だが、さすがに今は自重している。
ヘイフォーク村民の消滅。
蠢く明星の巣のアジトからなんとか脱出できた俺たちは、
やっとの想いでヘイフォーク村へと帰還したわけだが、
そこで俺たちを待っていたのは、無惨に焼き払われた家々や畑だった。
故郷を何者かに蹂躙され、愕然としていたイヴやヨハンをよそに、
俺とアルベリックはすぐさま村の調査に乗り出そうとして気づく、
ジョンやバーバラをはじめ、村には誰ひとりとして存在していなかったのだ。
それどころか毛髪や血痕といった人間が存在していた痕跡すら見つからず、
まるで集団で神隠しにでもあったかのように、人だけが消え去っていたのだ。
やがて俺たちはそんながらんどうなヘイフォーク村をあとにし、
一路、スラット領の中心都市であるスラット市に向けて出発していた。
「いやあ、こんなところでアルベリック様を乗せることになるたあ、
まさか夢にも思わなかったでさあ」
前で人形の手綱を握る中年くらいの男性御者が、おずおずと、
それでいてすこし興奮した様子で、俺の隣にいたアルベリックに話しかけた。
「スラット領の騎士を、それも団長様を乗せたなんて、娘が聞いたら喜びまさあ」
「いえ、こちらこそ幸運でした。村の近くで馬車を拾えるなんて」
アルベリックもアルベリックでかなり疲労がたまっているのに、
嫌な顔ひとつせず対応している。
「そ、そういえば、アルベリック様はヘイフォーク村へは何しに行ってたので?」
だいぶ突っ込んだ質問だ。
おそらくアルベリックの怪我が気になって仕方がないのだろう。
時折、荷車にいる俺たちをチラチラと振り返りながら、遠回しな質問を投げかけてくる。
「ちょっとした用事があったので……」
「用事ですかい?」
「ええ、まぁ……」
「たしかに最近、あっちこっちで物騒ですからねえ……」
「物騒ですか?」
ここですかさず、アルベリックの代わりに俺が訊き返す。
彼女への負担を減らしたいという気持ちもあるが、
何より俺も俺で、この世界の情報をすこしでも多く仕入れておきたかった。
「なんだ、知らないのかい坊ちゃん」
「あの……こう見えて、いちおう女です」
本当はいちいち訂正するのも面倒だが、
持ち主の名誉の為にもきちんとしなければならない。
「え? あ、ああ……そりゃ失礼したねえ……」
「いえ……」
……思わず条件反射で否定してしまったが、よくよく考えてみると、
いちおうイヴは女人禁制の騎士団に、仮とはいえ入団しているわけだから、
わざわざ訂正しなくてもよかったのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふとイヴと目が合ってしまった。
イヴはイヴで何か言いたそうな顔でじっと俺を見ていたが、
やがて、そのまま目を逸らしてしまった。
……なんだったんだろう。
「ほら、最近よく聞く……うごめく……なんちゃらの~……ってやつだよ」
俺の意識を呼び戻すように御者がそう切り出し――
「……え!?」
「おや、知らないのかい? うごめ……うごめくやつら!」
あんたこそだいぶうろ覚えじゃねえか。……なんてツッコミはさておき、
まさかここでその名前を聞くなんて思わなかった俺は、咄嗟に訊き返してしまう。
「い、いえ、知ってるも何も――」
横にいたアルベリックが静かに首を振る。
危ない。
そのまま口走りそうになったが、そりゃそうだ。
こんな情報、庶民においそれと漏らしていいはずがない。
だが……そうか、
こんな辺鄙な場所にいる御者でさえも知っているくらい、連中は有名だったのか。
「知ってるも何も……なんだい?」
「い、いえ……聞いた事も初めてで……」
「なんだ。俺ぁなにか知ってるんじゃないかって勘繰っちゃったよ」
御者はそう言うとカラカラと陽気に笑った。
それにしてもよくしゃべるな、この御者。
守秘義務とかもなさそうだし、不用意にあれこれと情報を与えるのはやめておこう。
まぁ、もらえる情報はもらっておくが……。
「えっと……それで、そのうごめくやつらがどうかしたんですか?」
「いやね、ヤツら、そこらじゅうで人間を攫ったり殺したりしてるって話じゃないか」
「……え、そ、それ、本当ですか?」
俺はまず、俺と同様に目を丸くしていたイヴを見て、次に眉を顰めていたヨハンを見た。
どうやらふたりとも、活動については知らなかったようだが、ただひとり、
アルベリックだけは意味ありげに俺に視線を向けていた。
「なんだい、本当に知らなかったのかい」
「え、ええ、初耳でした……ですが、何のために……?」
「さあねえ。そこがよくわかってないらしいんだよ」
さすがにそこまでは知らないか。
アルベリックも言わないよう俺にジェスチャーを飛ばしてきていたし、
一般人に流れる情報は制限しているのかもしれないな。
そしてつまり、それは同時に、アルベリックを含め騎士団連中は、
蠢く明星の巣の目的をある程度は把握しているともとれる。
やはりこれは――
「あまりこの件に巻き込みたくはなかったのですが……」
アルベリックが俺たちにしか聞こえないような声で囁く。
……やはりこれは、俺たちの身を案じたうえであえて隠していた情報なのだろう。
だが、俺たちはもうこの問題の渦中にいると言っても過言じゃない。
第一、ヨハンはともかく、イヴがいまさらこの件から手を引くとも思えない。
無論、イヴが手を引かないとなると、俺もここから抜けるわけにはいかなくなってくる。
「そのあたりについての詳しいことは、スラット市に着いてから改めてお話します」
俺たちが手を引かないことを察したのだろう。
アルベリックは、小さい声ではあるが力強くそう言った。
「それに、つい2、3日前にも地震があっただろう?」
俺たちのやり取りを知ってか知らずか、そう御者が続ける。
「地震……ですか?」
「おいおい嬢ちゃん、それも知らないのかい?
急に揺れたと思ったら、今度は昼みたいに空が明るくなったんだよ……」
「あ、ああ……」
直近で思い当たることはひとつしかない。
御者が言っているのは、おそらくラファヤ関連の出来事だろう。
たしかにあんなことが起きたらそれなりの騒ぎにはなるか。
「そ、そんなこともありましたね……」
「そうなんだよ。もしかするとよくない事の前兆なんじゃないかってね。
だから俺たち庶民はもう、不安で不安で……」
そのうえ領内トップの騎士がこんな満身創痍になっている場面に出くわしたら、
御者の言うとおり、いろいろと心配になるのも無理はないよな……。
「御者さん」
「は、はい……? どうかしたんですかい、アルベリック様?」
「どうかご安心ください」
「へ……?」
「まぁ、このような格好では説得力がないかもしれませんが……」
「い、いやあ、安心してないなんてことは……ねえよ?
そりゃあ、あのアルベリック様に限って、間違いなんてこたぁねぇとは思う。
……けどなあ、それでも、万が一ってこともあるかもしれねえだろう?」
「ええ、ですから現在、我々も総力を挙げ、それらの問題に対処しているところです。
そして、それを解決するにはどうしても市井の方々の協力が必要になってきます」
「きょ、協力……ですかい? 俺たちが?」
「はい。とても簡単な事です。……ですが、とても大事な事です」
「それは……?」
「不用意な噂や、不確かな情報を流布させ、民を不安に陥れないことです。
団に対していたずらに不安感や不信感を煽るという行為は、
やがて我々の行動を縛り、我々の活動を著しく制限させてしまいます。
それでは本当に事件の解決どころではなくなってしまう。
だからこそ、こんな状態の私が言えるべきことではありませんが――
我々を信じていてほしい。それだけなのです」
アルベリックが諭すようにそう言うと、御者はしばらく黙り込んでしまった。
しかし、やがて御者は意を決したようにアルベリックに向き直った。
「……わかりました。今日見た事は誰にも他言はしねえです。
だから、俺なんかが言うのも烏滸がましいけどよ、頼みましたよ、アルベリック様」
「ありがとうございます。騎士団長の名に懸けて、この問題を解決する誓います」
ずいぶんと人心の掌握が上手いんだな。
……なんて、汚い考えが一瞬頭をよぎってしまったが、
アルベリックの顔つきは、眼差しは、大真面目そのものだった。
これが騎士団長が騎士団長たる所以なのだろう。
そんなことを考えながら、俺たちを乗せた馬車は、
やがてスラット領一の歓楽街であるスラット市に差し掛かっていた。




