32話 【俺】とイヴの主張
「――う……ん……?」
ヨハンが身じろぎをしながら目を覚ます。
朝か。
などとツッコもうか迷ってしまうぐらい、自然な寝起きに見えてしまうが、
こいつ、ほんの数時間前までは剣を刺されて死んでたんだよな。
そして、その前には二度も頭を潰されているのに復活している。
もう何度も見た光景だが、改めてヤバイ能力だなと再認識させられる。
「アルベリック様! ヨハン……お兄ちゃんが起きましたよ!」
慣れねえな、様呼びとお兄ちゃん呼び。
俺はそんなことを考えながら先頭を歩いていたアルベリックに声を投げかけた。
彼女は歩みを止めると、小走りで俺たちのほうまで近寄って来る。
「お目覚めですか」
「ここは……?」
まだ完全には覚醒していないのか、ヨハンは周囲をキョロキョロと見回している。
「ここは教団員のアジトから村へ続く山道です」
アルベリックが答える。
「……そうか。すべて終わったんだな……?」
おそらく俺がイヴではないことは察しがついているのだろう。
ヨハンが名前は呼ばずに俺の顔を見て尋ねる。
「すべてか……」
ぶっちゃけ、まだ何も終わっちゃいない。
問題は山積みだし、色々と気になることもある。
さらに、ヨハンが死んでた間にも大変な出来事があったんだが――
「まぁ、とりあえず目の前の問題はな」
とだけ答えておくことにした。
あれこれと話をするのは村に着いてからでいい。
「そうか。……それと、これは僕の気のせいだと思いたいんだが……」
ヨハンはそう前置きをして、俺を睨みつけてくる。
「……なんだよ」
「おまえ、僕を引きずって運んでなかったか?」
「え?」
「なんか服がずぶ濡れだし、中が砂と泥にまみれてるしで気持ち悪いんだが……」
「引きずってたけど」
「おい」
「だってしょうがないじゃん。アルベリック様に背負わせるわけにはいかないし」
「だからって、他にも手段はあっただろう!
むしろこうやって引きずるほうが大変じゃないか!?」
「ひどい……! おにいちゃん、ボロボロの妹に背負わせる気なの……?」
「き、貴様……! それならせめて水たまりくらいは避けて通れただろ!」
「水たまり……?」
ここへ来る途中に水たまりなんてなかったような……。
「ああ、それは水たまりではなく、
双頭狼との戦闘でイヴ殿が使っていた水魔法の残りなんですよ」
アルベリックが代わりに答えてくれる。
「水魔法……? いや、それよりもいま双頭狼って……」
「あれ、知ってんのか?」
「騎士団でも手を焼いていたという魔物だろう」
「お、なんだ知ってんのか。じゃあたぶんそれだな」
「だが、なんでそんな魔物が……」
「まぁ、おま……ヨハンが死んでいた時に色々あったんだよ」
「そうか……だが、こうしておまえたちが無事でいるからには、勝てたんだよな?」
「まあな」
「だが、どうやって……あの魔物は目で追い切れないほどの速さで動くと聞いたが……」
「自滅を誘ったんですよ。ね、イヴ殿」
アルベリックはそう言って、なぜか得意げな顔で俺を見てくる。
「え、あ、ああ……」
「自滅?」
「はい。目で追えないほどの速度で動くのであれば、追わなければいい。
なのであえてこちらから攻撃は行わず、弱点を晒して攻撃を誘発し、自滅を誘う」
「まぁ、やりたいことは大体わかったが、実際はどうやったんだ?」
さあさあ、話してあげてくださいよとでも言いたげな顔でアルベリックが俺を見る。
「……それは簡単だ。とにかく洞窟内を水浸しにして滑りやすくさせ、
あとは襲い掛かってくるタイミングで地面を隆起させ坂を作った」
「坂? なんの為に?」
「決まってるだろ。自滅を誘うためだよ」
「いや、いまいち話が見えないんだが……」
「ヤツの弱点は鼻。けど、こっちから攻撃しようとすると、
その速さゆえ鼻を捉えることは難しい。……ここまではわかるか?」
「あ、ああ……」
「だから発想を逆転させた。俺たちがヤツの弱点を攻撃するのではなく、
ヤツがヤツ自身の弱点を攻撃するように仕向けた」
「……ああ、なるほど。いわば逆すべり台みたいなものか」
「よくわかったな。そう。向かってくる軌道がわかるのなら、そこに罠を仕掛ければいい。
で、その肝心の罠はふたつ。よく滑る床と、天井へ向けて伸びる坂だ」
「だが、タイミングは? いくら相手が魔物とはいえ、
わざわざ自分から坂へ突っ込むほど馬鹿じゃない。その程度の知能なら……」
ここでヨハンはちらりとアルベリックを見て、俺に視線を戻す。
「騎士団は手こずらなかっただろう」
「ヤツには攻撃に移る前の予備動作みたいなものがあるんだよ」
「予備動作?」
「目が紅く光る」
「目……?」
「最初はこれがわからなかったから、俺は死にかけた。
アルベリック様が咄嗟に助けてくれなかったら、今頃ひき肉にされてただろうな」
「なるほど……そうやっておまえたちは双頭狼を倒したのか……」
ようやく納得してくれたのか、ヨハンはひとりでにうんうんと何度も頷いた。
「これで服がビショビショの件も水に流してくれるか? お兄ちゃん?」
「ぐ……っ、おまえ……その呼び方をやめろ……!」
俺は不満げなヨハンを一旦無視し、アルベリックに向き直った。
「兄も復活しましたし、これからどうしましょうか」
「そうですね。どこかツラくなければ、予定通りこのまま戻りましょう」
正直、俺はもうどこでも一瞬で寝られるくらいの疲労は溜まっているのだが、
アルベリックがこうして弱みを見せてない以上、俺が弱音を吐いていいわけがない。
しょうがない。村までの辛抱だ。気合を入れて頑張るか。
――などと奮起した矢先、ヨハンが俺にチラチラと目配せをしてきた。
〝なんだこいつ〟と一瞬思ってしまったが、
よく見るとアルベリックからは見えないようにしている。
なるほど、アルベリックには聞かれたくない話題ってことか。
「……すみません、アルベリック様。すこし休憩を挟んでもよろしいでしょうか?」
俺がそう言うとアルベリックは何かを察したのか、ニコっと笑って、
〝わかりました〟と言い残し、すこし俺たちから離れたところへ移動した。
木にもたれかかり、物思いに耽る彼女を見ていると、
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになってくるが、これに関しては仕方がない。
生き死にの問題がかかってるからな。
「……で、なんだ。ヨハン」
「いや、おまえ、イヴと何があったんだ」
ヨハンはそう言うと、俺からすこし離れたところで俺を睨みつけている人魂を見た。
「怒られてる」
「……なんで」
「気に食わなかったんだろうな。俺の作戦が」
「作戦? ……双頭狼を倒した時のか?」
「いや――」
『ヘンリーさんの時のです!!』
俺の言葉を遮るように、今まで沈黙を貫いていたイヴが声を発す。
『アタルさんはヘンリーさんが私の命を奪わないと知って、それを逆手に取ったの』
「は? どういうことだ? ヘンリーって、あの……僕の頭を潰したやつだよな?」
『そう』
「……すまん。何を言っているのかいまいち理解できんのだが……つまりあれか?
おまえはヘンリーってやつが倒されたことにムカついているのか?」
『結果じゃなくて、私はアタルさんが立てた手段にムカついてるの!』
ヨハンが困惑したように俺の顔を見てくる。
そりゃ困るだろうな、いきなりこんなこと言われて。
敵だと思って……なんなら実際、自分の頭を潰したやつを、
なぜかイヴが擁護みたいなことしてるんだもんな。
俺はもうすぐ眉毛と眉毛がくっつきそうになっているヨハンに、
ヘンリーとの一部始終をかいつまんで話して聞かせた。
◆◇◆
「……それはなんというか……あれだな、複雑なんだな……」
ヨハンもヨハンで色々と複雑そうだ。
立場的にいままであまりイヴには強く当たれなかったのだろう。
とはいえ、俺だってその判断をくだすのに悩まなかったわけじゃない。
こんな俺にも良心の呵責というものはある。だから――
「だから、それは悪かったって。反省してる」
俺は再度イヴに向き直って謝った。
『でも、同じようなことがあればまたするんですよね』
「するよ?」
『ほら!!』
「あのなあ、あの場面でこうしなかったら、
アルベリックもヨハンも、最悪俺たちだってどうなってたかわかんねえんだぞ?」
『たとえそうであったとしても、
アタルさんの行為はいわば人質を盾に相手を脅すような行為です』
「それが外道の行いだって主張も理解できる。
けど命がかかる場面だとそんなことも言ってられないだろ。
俺は俺たちの命と誇りとを天秤にかけて、俺たちの命を選んだに過ぎない」
「ちょっと待ってくれ。またちょっとわからない事が出てきたんだが、
そもそもなんでヘンリーは、イヴを殺そうとはしなかったんだ?」
「それは……」
『それは、私がヘンリーさんの娘さん、サラさんに似ていたからです』




