29話 【俺】の取引
突然、今までフワついていた全身の感覚が鮮明に感じられるようになる。
それと同時にまた俺がイヴに〝憑依〟したのだと理解する。
そして気が付くと、俺は仰向けになって天井を見つめていた。
そのまま寝転がりながら呑気に状況整理しようとしたが、
突然、直前の出来事がフラッシュバックし、急いで上半身を起こした。
「ヘンリー殿!」
声を上げるアルベリック。
そして、そこからすこし離れた場所にいるヘンリーと、もうひとり。
ヘンリーの胸に深々と剣を突き立てているローブを着た男がいた。
そうだ。思い出した。
ヘンリーがあの時、イヴを殴り飛ばさなかったら、
あそこでああなっていたのはイヴのほうだっただろう。
「あーあ、殺しちゃったよ。……いや、心臓からはちょっとズレてんな、この感触だと」
男はそう言いながらぐりぐりと手元を動かし、
ヘンリーの胸から強引に剣を引き抜こうと試みるが――
「ぐ……ぬぉぉぉ……!」
剣は引き抜かれず、悪戯にヘンリーを苦しめ、傷を広げるだけだった。
「くっそ、抜けねー……いやあ、ちょっと張り切り過ぎちゃったかなー……。
……ま、いっか。せっかくだしそれ、ヘンリーさんにやるよ。冥途のみや――」
男は途中で話をやめると、何かを察したように突然大きく後方へ跳躍する。
それからほんの数瞬後、男の立っていた場所に影のようなものが現れ、
それがアルベリックの剣による残像だったのだと理解した。
「だったら……!」
俺はすぐさま右手のひらを前へ突き出し――
「火球!」
男の着地点に向けて火の玉を飛ばした。
玉は男に着弾すると炸裂し、黒煙と土煙を巻き上げる。
「ヘンリー殿!」
アルベリックが即座にヘンリーの元へ駆け寄る。
ヘンリーは立っていられなくなったのか、そのままぐらりと倒れ、
アルベリックがそれを背中で支え、器用にその場に仰向けに寝かせてみせた。
「いやあ、ごめんごめん。本当はそっちの女の子を刺そうとしたんだけどね……」
男は何事もなかったかのように煙の中から出てくると、俺を指さして続けた。
「ヘンリーさん、急に飛び出してきちゃ危ないじゃん。それじゃ止まれないよ」
男の口調からは反省の色はなく、それでいて言い訳をしているというよりも、
はじめからこうなることを予測していたようにも聞こえる。
「……おまえ、何モンだ」
とりあえず俺は立ち上がると、
即座に戦闘に入ってもいいように軽くひざを曲げ、
腰を落としてまっすぐ男の顔を見据えた。
フードを深くかぶっているせいで顔は口元までしか見えないが、
身長はかなり高く、ヘンリーやアルベリックたちと大差ない。
今すぐ俺たちになんらかの危害を加えてくるつもりはないみたいだが、
その身に纏っている異様な雰囲気が、俺にただ者ではないと告げてくる。
「いやあ、それにしても珍しい。魔法使えるんだね、君」
「俺は何モンだって訊いてんだけど」
「……こういうのってまずは自分から名乗るのが礼儀なんじゃない?」
「あ?」
「それにほら、こっちはいきなり攻撃されてるわけだしさ。ローブだって焦げちゃったし」
「おまえだってうしろからいきなり刺そうとしただろ」
俺がそう言うと、男はニヤリと口角を上げて続ける。
「……べつに誰でもいいっしょ。どうせ君たちはここで死ぬんだからさ」
「死ぬ……ってか? おまえが殺すんじゃねえのかよ」
まずは軽い揚げ足取りをぶつけてみる。
この時点で俺たちが注意すべき相手は最低でもあと二人いるのだが、
まずは肝心のそいつらがどこにいるのかを把握しておかなければならない。
だから、ここでそいつらの情報を引き出すことが出来ればいいのだが――
「なに、言葉遊びしたいの? べつに意味は変わんないよ?」
そんなに上手く事が運ぶことはなく、揚げ足取りが男にゆらりと躱される。
だったら次は――
「……おまえ、ヘンリーの仲間じゃなかったのかよ」
「そうだよ?」
「そのわりにはおまえ、この状況でケロッとしてるよな」
この男の素性だ。
ただ、馬鹿正直に名前やその役職を訊いても意味がない。
だからといって、こいつがただの教団員だとも思えない。
だからここは自身の仲間、
もしくは自分の立場よりも上であろうヘンリーを刺したという事実を突きつける。
仮に他にもこの場に仲間がいた場合、証拠の隠滅を図るか、
何かしらの対策を講じるのが必定。
だが、もしそれをやらないのであれば、組織からそれに対する罰が与えられない、
つまりこいつは、組織の中でそれなりの権限が与えられていて、
それなりの地位にいるということになる。
「そう見えるかい? こう見えてケッコー落ち込んでるんだよ? あちゃ~……って」
男はそう言って大袈裟に頭を抱えてみせた。
「でもさ、さっきも言ったじゃん。これは不可抗力。
君を刺そうとして、こうなった。それ以上でも以下でもないんだよね」
……ダメだな。
この男とは会話をしているようで、まったく出来ていない。
相手にされていないというのもあるが、余計なことを言うつもりもないって感じだ。
これ以上つついたとしても、出てくるのは嘘か方便だけだろう。
俺は男から情報を引き出すのを一旦諦め、再びヘンリーに視線を移した。
あいつは男が剣を振り下ろす直前、間違いなく身を挺してイヴをかばっていた。
正直、ヘンリーはヨハンやアルベリックの時とは違い、
なぜかイヴに対して殺意を持って攻撃していなかったのはわかっちゃいたが、
まさか命を張ってまでかばってくれるとは思ってもみなかった。
俺としても敵だったとはいえ、なんとか助けてやりたいが――
「ゴフ……!」
ヘンリーが尋常じゃないほどの血を口から吐き出す。
肺か、もしくは心臓の付近を刺されたのだろう。
どのみち、あの様子だと一分も経たずに絶命してしまいかねない。
だとすれば、ここはヨハンに頼るしかない。
俺はそう思い、今度はあいつの姿を探してみるが――
「クソ……またかよ……」
あの男が俺たちの後方から音もなく現れたとき、なんとなく嫌な予感はしていたが、
案の定というか、そこには人知れず首から血を流し、事切れているヨハンの姿があった。
「ああ、そいつなら俺が殺しておいたよ」
あっけらかんと、そしてさきほどの俺の質問に当てつけるように言う男。
やはり蠢く明星の巣には、人を殺すことに対しての葛藤や罪悪感はないようだ。
「けど、なんかそいつ見覚えあるっていうか……一回死んでなかったっけ?」
あえて何も答えない。
わざわざあいつに情報をくれてやるつもりはないってのもあるが、
ヨハンの事は不用意に言うべき事柄ではない。
「え、無視?」
「……アルベリックさん」
俺はアルベリックのほうを向き直ると、ゆっくりと首を横に振った。
それで俺の意図は伝わったのか、アルベリックは悔しそうに目を伏せ、
もう動かなくなってしまったヘンリーに軽く会釈をし、俺の近くまで移動してきた。
それを合図に俺は再び男に手のひらを向け、
アルベリックはさきほどと同じように、周囲に影の剣を出現させた。
「え? なに? やる気なの?」
「当たり前だ。おまえもその為に来たんだろうが」
「いやいや、さすがに両腕がないとはいえ、イチ領の騎士団長様と、
体術と魔法を使える謎の少女相手に戦おうなんて思わないよ」
「何を今さら……」
「俺はここには、ただやるべきことをやりにきただけ。
俺たちとしてもここでやることは終わったし、だから、そろそろ退散するわ」
「……は?」




