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24話 【私】と犯罪者更生の真実

 

「そ、それはおかしい……!」

「何故だ」

「なぜって、彼は今も……!」


 アルベリック様がこれ以上ないほどに取り乱しています。

 私としては急に色々な情報が出てきて、話についていくのがやっとなのですが――


「え、えっと、すみません、水を差すようで申し訳ないのですが、

 ちょっと話を整理させていただいてもよろしいでしょうか……?」

「あっ、す、すみません、イヴ殿……! つい、私が知りたい事ばかり……。

 たしかに騎士団の事情や、ヘンリー殿のことを知らなければ、

 わけがわからず混乱してしまうのも無理はないです。大変申し訳ありませんでした」

「い、いえ、私こそ勝手な事を言ってしまってすみません……」

「謝らないでください。イヴ殿の言うとおり、ちょうどいい機会かもしれません。

 ……ヘンリー殿もそれでよろしいですか?」

「無論だ。我が話すと言ったのだからな」


 よかった。

 イヤな顔とかされたらどうしようと思いましたが、

 おふたりとも私に付き合ってくれるようです。


「これまでの話を整理すると……えっと、まずは――」

「事の発端は、ヘンリー殿の娘さんであるサラ殿が殺害された事件です」

「そうでした。たしか世間にはその犯人の名前は公表されておらず、

 ヘンリーさんをはじめ、遺族とその関係者にしか教えられないという話でした。

 そしてヘンリーさんは、その犯人の名前がアランという男性であると……?」


 聞いていた部分のあらましを簡単にまとめ、

 私はアルベリック様に合っていたかどうかを確かめます。


「はい。あと、アラン殿はスラット領の騎士団に所属していました」

「騎士だった……って、それってつまり……」

「お察しのとおり、アラン殿はサラ殿の夫であり、ヘンリー殿の部下でもありました」

「彼奴が我が娘サラと出会ったのは、偶然団に我の昼飯を届けに来た時だ。

 サラは詳しくは語らなかったが、恐らく其処で男に一目惚れしたのだろう」


 サラさんのことを話している時のヘンリーさんは、

 なんというか、今まで見た事がないくらいに柔らかい表情をされていました。


 最初こそアタルさんの言うように時間稼ぎが目的でしたが、

 今はただ純粋に、なぜこの方があんなことをしたのかを知りたい。

 いつの間にか私はそう考えていました。


「それから暫くして、サラから紹介された男は我もよく知った(アラン)だった。

 我は反対した。危険極まりない騎士の嫁になどなるものではないと。

 しかし、サラは我以上に頑固で口も達者でな。ついぞ我は言い負かされ、折れたのだ。

 それからの二人の生活は万事順調に進んだ――かに思えた」

「アラン殿が、サラ殿を殺害したから……ですか」

「……そうだ」


 表情こそ変わってはいませんが、わずかにその声は震えていました。

 それが怒りなのか、悲しみなのかは、今の私には判断ができません。


「ですが、アラン殿は任務中に――」

「それは先刻も言った通り、ただの方便である」

「ウソ……ということですか? なぜ?」

「斯様な辞令が下されたのだ」

「辞令が下されたって、一体誰が……そもそもヘンリー殿は、

 領主であるアズモディアス様に次いで、この領内では二番目の権力者のはずです。

 アズモディアス様がそのような判断を下すとは考えにくいですし……まさか――」

「国家。……ひいてはこの世界が事実をそう捻じ曲げたのだ。

 〝アラン・ヨークという男は団務の折に殉職した〟

 その日、その(・・)嘘が世界の真実と成っ(・・・・・・・・・・)()のだ」

「そんな……」

「貴様は初めてだったか。

 いなくなることで周囲への影響が多い者ほど、そういった(・・・・・)処遇(・・)を採る傾向にある」

「それは……どういう……?」

「まだ気づかぬのか、たわけめ」

「た、たわ……!?」

「犯罪を行った者の名を公表しないとはいえ、本人が消えれば周囲に勘づかれる」

「な、なるほど……噂などが出た場合、やがて犯罪者が特定されかねない。

 アラン殿は貴族の出でしたし、本人が突然消えれば必ず周囲の噂にもなる」

「左様。その為の方便だ」

「では、それが……犯罪者更生プログラムの全貌……」

「否。続きはまだある」

「まだ……?」

「……事件はそういった形で収束し、

 やがて彼奴はその罪で刑務所に収監され、一生を塀の中で過ごす事が確定した。

 過日、我はとある団務の折、ナティーログ領を訪れていた。

 急遽入った予定だったため、宿は突然の来客に夕餉を用意することが出来ず、

 我は周辺にあった飲食店で食事を済ませようとし、其処で見たのだ」

「見たって……まさか……」

「見紛う筈もない。我が見たのは、何食わぬ顔で食事を摂っていた彼奴の姿だ」

「で、ですからそれは……! アラン殿は現在も服役中で、彼のはずが……!」


 そうでした。

 ここがさきほどまでの焦点でした。

 アランさんは現在も刑務所内にて服役中であるとアルベリック様は言っており、

 片やヘンリーさんはナティーログ領にてアランさんを殺害したと言っています。


 それはつまり、

 アルベリック様(この場合は公的機関)が嘘をついているか、

 ヘンリーさんが嘘をついているかの二択という事になってしまいます。


 ただ、もしヘンリーさんの言っているほうが本当だった場合、

 この世界の根底が覆るような、とんでもない事になってしまいます。


 なぜなら、裁かれて獄中にいるはずの人間が、

 じつは隣で普通に暮らしているかもしれないなんて……。

 だからこそアルベリック様もここまで取り乱していたのですね。


「アルベリックよ、何度言わせるつもりだ」

「……いえ、すみません、話を続けてください」

「呆気にとられた我はじっと彼奴の顔を見ていたように記憶している。

 そして、暫くしてそれに気が付いた彼奴は我にこう言ったのだ。

 〝もしかして、何か御用でしたか?〟とな」

「へ……?」

「それはどういう……?」


 私とアルベリック様がほぼ同時に声を上げます。


「我は咄嗟にそれが尋常ではない事を察し、あえて名や身分は明かさず、

 目の前にいる男に対して幾つか質問をした。……そして理解したのだ」

「理解したって……何をですか……?」


 私が質問します。

 そして、もうある程度の予測はついているのか、

 アルベリック様は黙ってヘンリーさんの顔を見ていました。


「なぜ犯罪者の再犯率がゼロなのかという理由だ」

「それは――」

「彼奴はアランという名も、事件以前の記憶も、その人格さえも変えられていたのだ」

「まさか、そこまでが……犯罪者更生プログラムということですか?」


 アルベリック様がまっすぐヘンリーさんの顔を見ながら質問しました。


「左様。彼奴に残っていたのは重大な犯罪を犯してしまったという罪悪感のみ。

 我が其処で出会った者はアランであり、アランではない者だった」

「そんな……」

「彼奴は日雇いの冒険者として、魔物を相手に身を粉にして人々のために働いていた。

 自身の犯した罪の罪状も、動機も、名も肩書も、そしてその妻の名も忘れたまま。

 我はその時、急に娘の存在が小さくなってゆくのを、消失してゆくのを感じた。

 娘を殺害した者は一部の者しか知らず、当の本人はその事さえも忘れている。

 であれば、何のために娘は死んだのだと。そして我は気が付くと――」

「アラン殿をその手にかけていた」


 アルベリック様がそう言うと、

 ヘンリーさんは否定も肯定もせず、ただ私たちの顔をまっすぐに見ていました。


『……けどよ、それっておかしくないか?』

「アタルさん……?」

『ヘンリーの言うとおり、犯罪者更生プログラムってのがあったとして、

 なんでヘンリーがやったことは――』

「た、たしかに……なんでヘンリーさんの殺人は世間に周知されたのでしょう」

「単純な話だ。我が彼奴を殺したのは繁盛していた店の中だった。

 一領の騎士団長が、愛想がよく(・・・・・)仕事に熱心で(・・・・・・)近所でも評判だった男(・・・・・・・・・・)を殺した。

 騒ぎが騒ぎを呼び、ほどなく我はナティーログ領の騎士に拘束された」

「つまり、とても世間に隠すことが出来るような状況ではなかった……」

「左様」

「……でも、ヘンリーさんの記憶はそのまま……なんですよね?」


 捕まって拘束されたのなら、

 ヘンリーさんもそのプログラムを受けて記憶を消されて人格を変えられる。

 けどヘンリーさんはその事件について、鮮明に覚えています。


「……逃げたんです、その人は」

「フン、自身の罪を償うならまだしも、有無を言わさぬうちに記憶を消され、

 これまでの一切を忘れて傀儡が如く生きていくなど、到底承服しかねる」

「でも逃げて、それからどうするつもりだったんです?」


 急に蠢く明星の巣に入りたくなった。

 ……なんてことは、今までのお話を聞く限り、ないように思えます。


「我が妻を、リディアを迎えに行くつもりだった。

 彼女に全てを話し、どこか人のいない場所でひっそりと暮らそうと思ったのだ」

「ですが……そうはしなかった。……ならなかった……!」


 アルベリック様がとてもツラそうにしています。


「……そうか。そうだな。貴様は知っていたな、既にリディアが死んでいたことに」

「し、死んだ……!? なんで……!?」

「我が捕まってから間もない頃だ。とある噂がスラット領を中心に流れていた」

「噂って……」

「我が娘夫婦を手にかけたという噂だ」

「な、なんでそんな……!」

「当時、スラット領民の間では、じつはヘンリー殿がサラ殿とアラン殿を殺害し、

 団長という権限を乱用し、事件を隠ぺいしたという根も葉もない噂が流れていたのです。

 それを真に受けた方々は標的を、まだスラット領にいたリディア殿に向けました」

「迫害は想像を絶するものであっただろう。

 元々体の弱かったリディアはその件で体調を悪くし、そのまま……。

 我が朽ち果てた家に戻った時、リディアはその広い居間で、

 誰に看取られるわけでもなく、独りで息絶えていた」


 何も……言えません。

 私も、アルベリック様も、一言も発さずにヘンリーさんの話に耳を傾けています。


「我が帰った時、既に迫害は止んでいた。

 おそらく誰かがリディアの遺体を目撃したからであろう。

 以降はまるで、民同士で互いにリディアの死の責任を押し付け合うようにしていた。

 我はその瞬間に……わからなくなってしまったのだ。

 我が今まで何のために腕を磨き、何のためにこの身を捧げてきたのかを。

 そして我はスラット領を離れることなく、この組織に拾われたのだ」


 誰も……何も言えませんでした。

 こんな状況で戦意も喪失したのでしょう。

 アルベリック様は既に構えも警戒も解いていました。


「過日、風の噂でリディアの死は病死ということになったと知った。

 ……改めて貴様らに問いたい。正義とは一体何処に在る。

 我か? 国か? 民衆か?」

「それは――」


 私なんかが答えられるはずがありません。

 それを察してか、ヘンリーさんが続けます。


「否、正義などというものは何処にも存在しない。

 しかし愚かなる民衆共はありもしない仮初の正義を振りかざし、

 いとも容易く他人をその鋭い(せいぎ)で、我先に一閃してゆく。

 決して自身の過ちは認めようとはせず、改めようともせず、

 ただ正義という美酒に酔い、他人の不幸を肴にまた正義(さけ)を呑む。

 まさに依存症。まさに病と呼ぶにほかならぬ。

 我が命を賭して護るべき対象が其れ(・・)であった時の絶望がわかるか。

 是を嘆かずして、我が娘も我が妻も報われまい。

 故に我はこの愚かしい欺瞞と苟且(こうしょ)という名の病巣を取り除くために此処に在る。

 是は神が傀儡に過ぎぬ我らの叛逆である」

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