22話 【私】への招待状
ドカッ! ドカッ! ドカッ!
アルベリック様とヘンリーさんの激しい攻撃の応酬。
しかし、速すぎて目で追い切れません。
音だけは聞こえてくるのですが、ためしにその音に目を向けて見ると――
ドカッ! ドカッ! ドカッ!
今度は違う方向から聞こえてくるのです。
「ど、どうすれば……!」
『イヴ、まずは目だ。目に力を集中させてみろ』
「め?」
『おまえも薄々気づいているかもしれねえが、
その力はおそらく、任意の身体部位の機能を向上させることが出来る』
「そうなんですか?」
『……と思う』
「えぇ……」
『まあ聞けって。
こういうのは〝腕力のみ強化可能〟って場合のほうが稀だからな。
それに、このアルベリックとヘンリーの応酬、目で追えてんのか?』
「い、いえ、全然……アタルさんはどうです?」
『俺は魔力を視る目があるからな。けど、それでもかろうじてだ』
「はえ~……」
魔力が視える目で見ているということは、
おふたりのどちらかが、もしくはふたりともが魔力を使っているということでしょうか。
『どのみち見えてねえんだったら、試してみる価値はあるだろ?』
「そ、そうですね、やってみます……!」
私は眉間に力を入れ、カッと目を大きく見開きます。
「ムムム……!」
しかし、あまり変化はありません。
そもそも目に力を集中させるとはどうするのでしょうか。
「どうですか! アタルさん!」
『うん、まぁ、魔力は感じるな……』
「おお……! じゃあ続けますね……!」
『いや、たぶん今出来ることといえば、まぶたでピーナッツ噛むくらいだろうな』
「ダメじゃないですか!」
『だめだな』
ずっと皺を寄せていたせいで、なんだか無駄に疲れた気がします。
『ちなみにだが、今までどうやって体の部位を強化してきたんだ?』
「えっと……改めて言語化しろと言われると難しいですね」
ずっと感覚でやっていたことなので……。
『そうだな……じゃあ、例えば、
さっきみたいに鉄の棒を曲げる時なんかは、頭ん中でどうイメージさせてたんだ?』
「力を……液体に見立てて、それを徐々に流し込んでいく感じ……でしょうか」
『なるほど。ちなみに眼球を動かす時って、目ぇ自体を動かしてるんじゃなくて、
その周りの筋肉でその動きやピントを調節してるって知ってたか?』
「え、知りませんでした……」
『なら、たぶんそこからだな』
「そこからって?」
『自分の体についてきちんと理解すること。それが、その能力を使うカギになる』
「おお、なんかそれっぽいですね……!」
『……といいよな』
「えぇ……またそれ……?」
『まま、とりあえずやってみようぜ。ここでうだうだやっててもしょうがねえし』
「それも……そうですね」
『いいか、目に力を集中させるんじゃなく、その周りだぞ』
「周り……」
私はまぶたを閉じ、意識を集中させます。
力を液体に見立てて、頭全体から顔へ、そして目の周りへ。
試しにその状態で眼球を上下左右に動かして、どう動作してるかを確認し、
その動かしている部分に力を流し込みます。
『……おお! いいぞ! イヴ! 目に魔力が集中してる!』
「本当ですか!?」
『ああ、今ならいけるかもしれねえ……! 試しに目を開けてみろ!』
「はい!」
私はアタルさんに言われたとおり、カッと勢いよくまぶたを持ち上げますが――
「お、おのののののののののののの……!」
『うおっ、汚ぇっ!?』
めちゃくちゃ気持ち悪い!
アルベリック様とヘンリーさんの姿がはっきり見えるようにはなりましたが、
視界が高速で揺れて、脳や胃が揺さぶられる感じに盛大に酔ってしまいました。
たしかに視認できるようにはなりましたが、これじゃあ実用性が――
「ううん……そうじゃない……」
体の部位を強化できるなら、今私が酔ってしまった原因である部位を強化して、
酔わなくすることだって出来るかもしれない。
「あの、アタルさん……! よ、酔い……!」
『ヨヨイ?』
「酔いを司る器官って……うぷ、どこですか……!?」
『え? そりゃ耳の中にある三半規管で平衡感覚を……』
「耳の中ですね?」
『お、おう……』
「ふぅ……ふぅ……」
私はまず息を整えると、アタルさんに言われたとおり耳の中に意識を集中させます。
サンハンキカンなるものはいまいちよくわかりませんが、
おそらく耳や鼓膜といった器官とはまた違った場所。
頭全体から側頭部、耳からその中へ――
『そこ! そこだ! ぐるぐるの……三半規管!』
「はい……!」
私はそこへ魔力を流し込むと、もう一度、目にも魔力を流し込みました。
「今度こそ……!」
まぶたを上げ、アルベリック様とヘンリーさんを見ます。
「……気持ち……悪くない! 気持ち悪くないです! アタルさん!」
『お、おう、そうか……』
「な、なんでそんな微妙な反応するんです」
『いや、その、今言うべきか迷ったんだが、口の周り拭いとけよ』
「あっ」
ごしごし。
これでなにもなかった。
なかったのです。
『……けどま、よく機転を利かせられたな。よくやったぞ、イヴ』
「えへへ、ありがとうございます! アタルさんならそうするかなって!」
『いや、俺でも三半規管まで強化しようとは思わなかったと思う。これはイヴの手柄だ』
「え~? そうでしょうか? ……そうかもしれませんね!」
『ああ、だが盛大に調子に乗るのはあとでだ。いまは――』
「ぬぅん!!」
「く……ッ!?」
アルベリック様の苦しそうな声。
見ると、ヘンリーさんが膝をついたアルベリック様に槍を振り下ろすところでした。
「フッ、腕はなくともさすがは現役の騎士団長といったところか。
貴様を殺した後は、じっくりと――」
「と、とおりゃああああああああああああああ!!」
私は気が付くと、無我夢中でヘンリーさんめがけ、突進していました。
脳裏には不意にあの日のあの光景が。
あんなこと、二度と起きてはなりません。絶対に。
「貴様……ッ!?」
「やあああああああああああああああああああ!!」
私は走りながら大きくジャンプすると、そのまま両膝を抱え込み、
思い切りヘンリーさんのお腹をめがけ、ドロップキックを繰り出しました。
「ぬぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉお……!?」
キックが命中し、ヘンリーさんはそのままキリモミのように飛んでいきます。
「……っと、とと……!」
私はバランスをとりながら着地をすると、
そのままアルベリック様のところまで駆け寄りました。
「さ、さすが、イヴ殿……! 見事な一撃でした!」
「いえ、そんなことより、お体は大丈夫ですか!?」
さきほどまでなかったはずの裂傷や擦り傷が目立ちます。
やはり両腕がない状態では、いくらアルベリック様といえど、
本気のヘンリーさん相手には分が悪かったようです。
「ええ……私は大丈夫なのですが……」
「アルベリック様が大丈夫なのだとしても、体がダメだったという場合もあります。
念のためにお兄ちゃんの治療を――」
「あ……その……とても言いにくいことなのですが……」
「え?」
アルベリック様の視線の先――
「申し訳ありません、イヴ殿……私が付いておきながら……ヨハン殿を……!」
そこには頭を潰されてピクピクと痙攣するお兄ちゃんの姿が――
「貴様……まさか、魔法だけでなく体術まで使えたとはな」
「ヘンリーさん……あなたがお兄ちゃんを……?」
ヘンリーさんは大きくひしゃげた鎧を脱ぎ捨て、
口からベッと勢いよく血の塊を吐き出します。
思っていたより重傷ですが、思っていたより大丈夫そうです。
「左様。其処な間者の能力が童とアルベリックを治療したのだろう。
いつどこでここに紛れ込んだかはわからぬが、まずは敵の補給路を断つ。
それが初歩の初歩、戦いの基本であろう」
『……おい、イヴ。気づいたか?』
「な、なにがです……?」
急にアタルさんが話しかけてきたので、私も小声で返します。
『元々アルベリックはヘンリーにやられたからここにいる。
だからアルベリックが今こうして動き回っているのを見て、
誰かがアルベリックを回復したのだと予想するのはわかる』
「え、ええ、それがなんです……?」
『じゃあなんでイヴも治療されたってわかったんだ?』
「……あ」
たしかにアタルさんの言うとおり、
ヘンリーさんはその情報をどこで知ったのでしょうか。
『どのみち、あいつはあの状態のヨハンを死んだと思ってる』
「え? じゃあ、やっぱりお兄ちゃんは……?」
『ああ。わずかだが、ヨハンの周りに魔力が集まってきてんだ。
原理は俺にもわかんねえが、あいつは頭を潰されていても死んじゃいない』
「そ、そう……なんですね……! よかった……!」
『だからここでヨハンが回復するまでの時間を稼ぐ必要がある。
この状況は要するに、命綱なしで足場の悪い高所を渡り切るようなもんだ。
アルベリックが万全な状態ならまだしも、さっきの戦いを見る限りそうじゃない。
つまりアルベリックもおまえもやられたら、そこで全部おしまいなんだ』
「そう……ですね……」
私もある程度まで戦えるようになったとはいえ、後がない状態で戦うのと、
お兄ちゃんの能力がある状態で戦うのとでは、気の持ちようが違います。
それはわかるのですが……やっぱりまだそこまで信用されてないんですね、私。
そこはちょっと悲しいというか、歯がゆくはありますが――
「ヘンリーさん!」
「なんだ」
「……アルベリック様はわかりますが、なぜ私も治療を受けたと?」
「報告にて聞いていたからだ」
「え?」
隠す気はなかったのか、思ってたよりすんなり白状してくれました。
「ほ、報告……ですか?」
「侵入者計三名。内二名を斬殺撲殺にて処理し、残り一名は……」
「い、いちめいは……?」
「猛毒を用いて毒殺したと聞いている」
「どく……さつ……!?」
あれって私の体の自由を奪う薬じゃ……なくて……殺す薬!?
じゃあもしかすると、運が悪ければ私はあのまま死んでたってことでしょうか。
ならなんで、わざわざ牢屋になんて――
「常人なら嗅いだだけで昏倒し、そのまま目覚めることなく死に至る猛毒。だが――」
「な、なんです……?」
「童であれば死ななかったのも不思議ではない」
「私が……?」
「左様。我も貴様ほどの者は見た事がない。
失われた魔法を使い、その歳に似合わぬ体術を使い、猛毒も効かぬ」
『たしかに事情を知らねえヤツから見ると、やべえ性能してるよな、イヴって』
「改めて名を訊こう。童よ、名乗るがよい」
「私はイヴ……イヴ・ウィリアムスです」
「イヴよ、我らと共に来るつもりはないか」
「……へ?」




