21話 【私】と騎士団長と元騎士団長
『わるい、うまく誘導できなかった。前方右の道から教団員がひとりくる』
「はい。……アルベリック様、前方右の道から――」
「承知……!」
私の視界がその教団員を捉えたと思ったら、
今度は今まで横にいたアルベリック様の姿が消え、
次の瞬間にドゴンという鈍い音が響きました。
音のほうを見ると、教団員の頭が壁にめり込んでいます。
稲妻のような鮮烈な膝蹴り。
両腕を失くしてもなお、アルベリック様の戦闘能力は凄まじいものでした。
並み居る教団員(そもそも敵を集めたのはアルベリック様ですが)を、
その逞しい脚で次々となぎ倒していきます。さすがは騎士団長様。
さきほどの情けな……意外なお姿も、もうすこしで私の記憶から消去できそうです。
「……それにしても、イヴ殿の索敵能力には舌を巻きます」
アルベリック様がまるで何事もなかったかのように、私に声をかけてくれます。
本人からしてみればこの程度、虫を追い払うようなものなのかもしれません。
「団にもそこまでの索敵能力を持った人はなかなかいませんよ。どこかで訓練を?」
「ええっと……訓練……ですか」
これは事前にアタルさんに教えてもらっているから、敵の位置がわかるだけで……。
でも、アタルさんのことをアルベリック様に言うわけにもいかないので……。
「わ、私、耳と鼻がいいので……!」
くだらない嘘をついてしまいます。心が痛い。
それにしてもさすがにこれは苦しいでしょうか。
アタルさんあたりなら普通に呆れられてしまいそうですが――
「なるほど。五感を十全に活用しているのですね」
おや、納得してくれました。
ということは、団には実際に耳や鼻で索敵する方がいるということでしょうか。
……あれ?
そもそもの話、私の力がアタルさんの言う通り、魔法みたいなものだとすれば、
耳や鼻に力を集めることで、本当に感覚が鋭くなって索敵能力に使えるのでは……?
「しかし、こうして実際にアルベリックさんの力を目の当たりにすると、
どうやって敵に捕まったのか疑問に思ってしまうな」
お兄ちゃんが感服するように言います。
ああ、ちなみにですが、なんとかアルベリック様の敬称問題は解決できました。
私はこれまでどおりアルベリック様。アルベリック様はイヴ殿。
本当は呼び捨てられたほうが、色々とやりやすいのですが、
そこはどうしてもと、結局アルベリック様はお譲りになられませんでした。
お兄ちゃんもさすがに呼び捨てだとまずいと思ったのか、今はさんを付けています。
お兄ちゃんらしいといえば、らしいですけどね。
「……それはたしかに、私も思っていました。
アルベリック様と同じくらい強い人がこの教団内にいる。とは考えにくいですし、
やっぱり、騙し討ちや不意討ちなどを?」
「……そうですね。言い訳に聞こえるかもしれませんが、
私自身、とある任務の後で疲労しておりまして、そこを狙われたと言いますか……」
「とある任務ですか?」
「はい。それについてお答えすることは出来かねますが……」
私たちには言えないような任務。
それは、私には心当たりがありました。
「あの、アルベリック様、その任務ってもしかして――」
「その言い方はまるで、
万全な状態であれば我に敗北することはなかった……とでも言いたげだな」
バチン!
突然、肌と肌が激しくぶつかるような音。
その音が聞こえたのとほぼ同時に、アルベリック様が私の隣に立っていました。
その頬はすこし赤みがかっており、さきほどまでいた場所を睨みつけています。
そしてアルベリック様の視線の先――
そこに立っていたのは……見間違えるはずもありません。
あの時、私を槍で刺し殺した、鎧の大男でした。
あの体格、あの声、あの兜、馬には乗っていませんが、間違いありません。
「なぜ今の一撃で私を仕留めなかったのですか、ヘンリー殿」
「なに、不意討ち騙し討ちは性に合わぬのでな」
ヘンリーと呼ばれた方は当てつけるように、ニヤリと不敵な笑みを浮かべます。
どうやらさきほどまでの会話を聞かれていたようです。
その時に攻撃を仕掛けてこなかったという事は、
こうして出てくる機会を窺っていたということでしょうか。
「気を付けてくださいイヴ殿、ヨハン殿。
あの方は先代のスラット領七国騎士団団長ヘンリー・フィッツロイ殿です」
「せんだいの……」
「だんちょう!?」
ヘンリーさんが、先代の騎士団長?
そんな方がなぜ蠢く明星の巣の教団員を率いて、私たちの村を襲おうとしたのでしょう。
「おふたりがご存じないのも無理はありません。
スラット領の団長は私が座に就かせていただくまで、10年間空位でした」
えっと、アルベリック様がスラット領の団長として就任されたのが、たしか5年前。
そこから10年、計15年前といえば、私はまだ生まれていませんし、
お兄ちゃんも2、3歳くらいですね。
まぁ、知識として知っときなよと言われれば、返す言葉もないのですが――
「貴様は……」
「へ?」
「貴様、よく見れば先日の童か」
ヘンリーさんが私の顔を興味深そうに見てきます。
「え、私の事を……?」
「無論だ。忘れる筈がなかろう……」
ヘンリーさんはそう言うと、兜を脱いで素顔を晒します。
年齢は50代後半くらいでしょうか。
立派な白い口髭に深い皺がたくさん入った顔。
そしてなにより生々しい火傷の痕が――
「どうだ。貴様の炉心溶融にやられたものだ」
ヘンリーさんのその言葉に、アルベリック様とアタルさんが驚きの声をあげます。
『へへ……ほら聞いたか、やっぱり炉心溶融使えてたんだって、俺!』
「ちょ、今はそれどころじゃないですって……!」
「炉心溶融!? ということはまさか、イヴ殿がラファヤ様と戦っていた……あの……?」
「いや……その……あれは私であって、私じゃないというか……」
『……おい、ちょっと待て。なんでアルベリックがラファヤとの一件を知ってるんだ』
「え? それはですね……」
いきなり質問攻めに遭ってしまいます。
幸いどれもわかることですし、ここはひとつずつ回答して――
「って、あれ?」
なんでアタルさんはその事を知らない……あ、そっか。
アタルさん、あのあと魔力の使い過ぎですぐ気絶したから、
アルベリック様があの場所にいたことは知らないんだっけ。
てっきりアズモディアス様と話し込んでたから、聞いてたものとばかり――
「フム、やはり正鵠を射ていたか。
只の童でないとは思っていたが……アルベリック、よもや貴様と通じていたとはな」
「何の話ですか」
アルベリック様は一旦視線をヘンリーさんに戻し、警戒しながら尋ねます。
「フン、この期に及んで嘯くか。貴様も変わったなアルベリックよ」
「ですから、一体何を……!」
「我らの動きに勘づいた貴様は、手下である童を地方の田舎騎士団に潜り込ませ、
我らが計画を阻止しようと画策していたのであろう」
「ええ!?」
「……童よ、なぜ貴様が驚く」
そりゃ驚きますよ。
いつの間に私がアルベリック様の部下にされて――
いえ、たしかに厳密に言えば、超間接的に部下ではありましたが、
そもそも連絡を取り合える仲じゃありませんし、そんなの身に覚えがありません。
第一、一体何でそのような話に……!?
『すまん、その件に関しては俺のほうに心当たりがある』
「ええ!?」
「……イヴ殿、なぜ急に大声を……」
「す、すみません……」
これは……かつてないほどに話がこじれています。
各人の思い込みと情報不足で場が混乱しまくっています。
なら、やはりこの場合における解決策といえば……!
スっと、私は意を決し手を挙げます。
これにはさすがに、その場にいた全員が反応してくれました。
「あ、あの、ここは一旦話し合いませんか。私たちの間にはなにか壮大な勘違いが――」
「フン、この期に及んで何を世迷言を……。
我の役割は貴様らをここで葬ること。これ以上話し合いの余地はない」
ヘンリーさんはそう言って、どこからか取り出した槍を構えました。
「……だそうです、イヴ殿。まずはあの方を無力化させなければ……!」
それに呼応するように、アルベリック様も戦闘態勢に入ります。
「ほ、本当に戦うしかないんですか……!? 今からでも話し合えば――」
『諦めろイヴ。俺も精一杯サポートしてやるから』
「アタルさんまで!?」
「お気をつけください、イヴ殿。ヘンリー殿はいままでの雑魚とは格が違います」
「そ、それは……わかりますけど……!」
「もはや貴様を童と侮りはせぬ。此度は最初から我の全力を以て相手をしよう」




