20話 【私】と狂乱のアルベリック
あれは、あの顔、体型はアルベリック様です。
さきほどまで一緒に行動していましたし、間違いありません。
ですが、なぜアルベリック様がこんな場所で、あんな……むごい……。
「腕がないだけ……じゃあないな。
かなりひどい拷問を受けた後だ。本当に生きているのが不思議なくらい」
「でも、どうしてこんな……誰が……」
「仲間割れ……かもしれないな」
お兄ちゃんが思いついたように言います。
「仲間割れ?」
「ああ、アルベリックと教団員の間で何か問題が起こった。
だからアルベリックを邪魔に思い、痛めつけて、始末しようとした……」
『だがそれだと、なんのために拷問したかわからなくねえか?』
アタルさんがもっともな疑問をぶつけます。
「連中の考えていることなんて、誰にもわかりはしないのさ。
ただ痛めつけたかった……それだけの理由でここまでやっていても不思議じゃあない」
『どうだろうな。……それにこの拷問の痕、何かが引っかかんだよなぁ……』
アタルさんはそう言うと、ひとりで考え込みました。
「……でもお兄ちゃん、相手はあのアルベリック様だよ?
仮にもスラットの騎士団長がそんなに簡単にやられちゃうかな……?」
「アタルの話だと、アルベリックは俺を殺した連中と一言二言話したあと、
そのまま別れてどこかへ行ったと言っていたな」
「うん、私もそう聞いてたけど……」
「だから連中は、わざと別れるふりをして、アルベリックを騙し討ちしたんだ。
虚を突かれたところに大勢でかかってこられたら、
それこそいくらスラットの騎士団長だとしても対処できないのではないか?」
「なるほどね……ならお兄ちゃん、アルベリック様を治せない?」
「はあ? いきなり何を言っているんだ、おまえは」
「だって、敵の敵なら……つまりは味方ってことじゃない?」
「あのだな……罠じゃあないにせよ、治したところでこいつの手綱は誰が握るんだ?」
「え? それは……」
「こいつを治したところで、僕もおまえも、また殺されて終いだと思うのだが?」
「うーん……それもそうかな……」
『……いや、治してくれないか、ヨハン』
「はあ? アタルまで何を言って――」
『今やっと合点がいった』
「なにかわかったんですか?」
『ああ、結論から先に言うぞ。おそらくそいつは本物のアルベリックだ』
「本物の……?」
「アルベリック様?」
またしても予想外の角度からアタルさんが言葉を発してきます。
『というのもだな、ずっと、アズモディアスのある言葉が俺の中で引っかかっていたんだ』
「ある言葉だと? なんだそれは?」
『ああ、ヨハンはその場にいなかったからわかんねえだろうけど、
アズモディアスはあの時、必要以上にアルベリックに対して突っかかっていた』
「あ、私もそれ覚えてます。おふたりは仲が悪いのかなって思ってました」
『俺もそう思ってたが、そうじゃないんだよ。
あの時アズモディアスはあの場にいた偽のアルベリックの正体を見破っていた』
「なるほど。誰かがアルベリック様の姿を真似ていたのなら、
アズモディアス様のあの態度にも説明が……でも、なぜそう言い切れるんです?」
『根拠として、まずはこの拷問痕だ。
酷く傷つけられ、腕まで切り落とされているのに、出血はほぼ止まっている』
「あ……!」
暗くてよくわかりませんが、たしかに体から出た血液は凝固しています。
『俺たちがこの洞窟へ入ってから、まだ一日も経過していない。
仮にここにいるのがあのアルベリックだったとすると、これは明らかにおかしい』
「そうですよね……」
『次に言葉だ』
「言葉……?」
『あの時、アズモディアスは俺に対して、たしかに言ってたんだよ。
〝このくらいは乗り切ってほしいっスね〟とかなんとかな』
「え、じゃあ、アズモディアス様の言っていた乗り切るというのは……!」
『十中八九、この状況についてだ。あいつはあの時点でこうなることを予想していた』
「な、なんという……!」
カチリと、アタルさんの推理があの時感じた違和感と符合していきます。
それならそうと、あの時言ってくださればよかったのに……!
……なんて思いましたが、
アズモディアス様は部下の夢魔さんたちに急かされている状態でした。
四の五の言っている暇などなく、最低限の言葉で伝えなければならなかった。
……とも思いかけましたが、
それでもきちんとアズモディアス様があの時、適切に処理してくだされば……。
……いえ、やっぱりここで他人のせいにしても意味はありませんね。
アズモディアス様にはずっと親切にしていただきました。
これ以上おんぶにだっこというのは――
「おい、ちょっと待て。偽だか本物だか知らんが、
おまえたちはさっきから、一体何を言っているんだ?」
お兄ちゃんの疑問も尤もです。
あの場にいなかったお兄ちゃんにとって、
今のこの状況は、私たち以上にワケが分からないでしょう。
『……いいかヨハン、俺たちがアルベリックだと思って接していたヤツは、
じつは何者かが化けていた姿だった。という可能性が非常に高くなったって話だ』
「ちょ、ちょっと待て、僕としてもこの問題に対して色々と言いたいことがある」
『なんだ』
「ま、待て、待ってくれ。
これ以上ないほどに混乱している。だから、すこし整理させてほしい……」
『言っとくが、時間はないぞ』
「ああ、もう! とりあえず、まずこのアルベリックらしきモノについてだ!
偽物だ本物だと論ずる前に、僕はこいつが本物だとは到底思えない!」
『理由は』
「理由って、僕らが知っているアルベリック……、
七国騎士団スラット領団長アルベリック・シャドウブレイドは正真正銘男だからだ」
「あ」
そうです。
お兄ちゃんの言う通り、アルベリック様は男性。
これは公式に発表されたものですので、そこに疑いの余地はありません。
「そもそもアタル、おまえも知っているだろう。
東雲紫乃という例外はあれど、七国騎士団は男社会だと。
仮にアルベリックが女性だとすれば、話題にならないはずがない」
『なら、本人に直接確認すればいいだろ』
「はあ?」
『たしかに本物のアルベリックかどうかはわからんが、
アズモディアスとそいつに何かしらの関係がある事はさっき俺が証明した。なら――』
「危険性は……ない……とでも言うつもりか!?」
「それなら……!」
私は鉄格子を握り、人ひとり通れる隙間を作ります。
「お、おい……! 僕はまだ助けると言ったわけじゃ……!」
「お願い! お兄ちゃん!」
「ぐっ……!? 言っておくが、さすがに腕を生やしたりは出来ないからな……!」
お兄ちゃんは文句を言いつつもアルベリック様の元へ行き、治療を始めました。
◇◆◇
「このたびは誠に……! 誠に……! 多大なるご迷惑の数々……!
このアルベリック・シャドウブレイド! なんとお詫び申し上げたら……!」
まさに平身低頭。
アルベリック様は正座をして、額を地面にこすり付けています。
ただ、やはり腕がないので、すごく痛々しいお姿ではあります。
しかし、それ以外の傷に関してはほぼ完治していると言って差し支えないでしょう。
さすがはお兄ちゃんですね。
「あ、頭をおあげください! 私たち相手にそんなに畏まらなくても……!」
「いえ、スラット領を任されている騎士団長の身でありながら、この体たらく……!
まさに唖然失笑、茫然自失、嘲笑必定、面目の次第もございません……!」
もう取り繕う意味もないから、ということもあるとは思いますが……、
アルベリック様って本当はこんな性格だったんだ。……嘲笑必定?
それにしても、知ってる人が見たら、似てないどころの騒ぎじゃないですね。
「とりあえず、あなたが本物のアルベリックということでいいんだな?」
お兄ちゃんが歯に衣着せぬ物言いで、アルベリック様に尋ねます。
「はい。ただ、まさか私の偽物……ニセベリックがそのようなことを……!」
ニセベリックって。
「しかし驚いたな……まさかあのアルベリックがじつは女性だったとは……」
「そ、そのことにつきましては……! 私ごときが申せる立場ではないのですが……!
どうか……! どうかご内密に……! ご容赦をば……!」
アルベリック様がまた何度も頭を下げて懇願されます。
どうやら性別を偽っていたのは、何かとんでもない理由があるようです。
けど……なぜでしょう。
凛々しく雄々しい男性だと思っていた方が、じつは凛々しく雄々しい女性だったなんて。
そんな身分も何もかもが上の女性が、今はこうして私たちに平身低頭している……。
なんだかこの状況、私、どきどきしてしまいます。
……あ、ダメですね、いけません。
そんな邪なことを考えている場合じゃないです。
「あ、安心してください! 私たちに言いふらす気はないので……!」
「ありがとうございます……!」
三度にわたり、アルベリック様が頭を下げられます。
もうここまでくると、慇懃を通り越して怖いです。
私がそんなアルベリック様を怖がっていると、
隣で見ていたアタルさんとお兄ちゃんが、短く頷いて合図を送ってきました。
そろそろ本題に入れということでしょう。
「あの、アルベリック様、すこしお尋ねしたいことが……よろしいでしょうか?」
「はい! もちろ……いいえ!」
「へ?」
「いいえイヴ様、私に様などという敬称は不要です!
是非ともアルベリックと呼び捨ててやってください!」
『なんかこのやりとり、前にもあったような気が……』
アタルさんが白い目で呟きます。
「いえ、さすがにそれは……仮にも上司の上司、雲の上の方ですし……」
「では是非とも、駄犬と」
「だけん……?」
「アオーン!」
洞窟内にアルベリック様の嬌声がこだまします。
それと同時に少し辺りが騒がしくなってきました。
ふと横を見ると、アタルさんもお兄ちゃんも一様に頭を抱えています。
「ム? 敵の気配……! イヴ様、ヨハン様、早くここから脱出しましょう!」
だめだこりゃ。
なんだか、この人に憧れていた私がバカみたいじゃないですか。
『ま、急ぎで訊いておきたい事もねえんだし、今は戦力アップしたことを喜ぼうぜ』
私とお兄ちゃんは無理やり頷くと、先行するアルベリック様の後をついていきました。
それにしても、さすがはアルベリック様。
外へ出られる道順は覚えているのか、すいすい進んでいきます。
まさか、適当に進んでいる……なんてことはないと思いますが。




