18話 【私】のプリズンブレイク
『……ヴ……お……い……き……』
……なんでしょう。
声。
声のようなものが聞こえます。
その声に対し耳を澄まそうとしますが、体を、意識を、思うように掌握できません。
まるでふわふわと体が雲の上を漂っているような感覚です。
それでいて頭の中がすべてメレンゲにでもなってしまったかのような、
すべてがどうでもよく、なにもやる気が起きない状態。
うららかな日差しの中、ベッドのうえで微睡んでいる時よりももっと――
『ヴス! オキロ!』
「だ、だれが……ヴスやぬ~ん……!」
誰かに、比較的ストレート気味に中傷されたところで、私の意識は覚醒します。
まっくら。ひんやり。
その暗闇に目が慣れてくると、今度は知らない天井が見えてきました。
おそらく家じゃありません……というか、屋内ですらない。
けれど、空が見えるというわけでもなく、そこにあるのは土。
『おお、よかった。……呂律は回ってないが、大丈夫そうだな』
ひょっこりと私の視界に姿を現したのはアタルさんでした。
相変わらず綺麗な金色で、ゆらゆら揺れて炎みたいです。
『体は動かせるか? 俺が誰だかわかるか?』
「わ、わかりまひゅ……」
『よし、死んでないな』
おそらくアタルさんの中では、死ななければ大丈夫という認識なのでしょう。
実際、舌がうまく回らないのと、体がすこぶるダルいだけなのですが……。
『おっと、動かなくていい』
上体を起こそうとして、アタルさんに止められます。
『おまえに必要そうな情報は大体俺が持ってる』
「そうなんれふか?」
『ああ、ずっと見てたからな。隣で』
「なるほろ」
『まずおまえの状況について説明するが……』
「れふめい」
『ひとことで言うと絶体絶命だ』
「れったいれふめい」
『……うぜえな。俺の言葉をいちいち復唱すんな。つか、その状態楽しんでるだろ』
「そ、そんなこと……! ないれふよ……!」
『おい、いま一瞬流暢に喋れてなかったか?』
「ふがふが」
『……まあいい。ここからはおふざけはナシだ。
それと、いちおう訊いておくが、気を失わされる前後のことは覚えているか?』
私は仰向けに寝転がりながら、首を左右に振ります。
それと、無駄話をしていたおかげでしょうか。
すこし口の中の感覚が戻ってきた気がします。
『そうか。じゃあひとつひとつ整理していくが、
まずおまえは何か薬のようなものを嗅がされ、強制的に眠らされた。
俺自身、薬だなんだっていうのは専門外だが、
おまえの症状を見る限り、おそらく催眠剤の類だろう。それもかなり強めの』
「そんなに強めだったんですか?」
『気絶するまでほぼ一瞬だったからな。気道を塞がれて5秒も経たずに脱力してた』
「あ、だから私は何も覚えてなかったんですね……」
『犯人は……もう言っちまうが、あのアルベリックだ』
「そう……ですよね……」
そこに驚きはありません。
なんとなく察しはついているといいますか……、
私が気絶する直前に聞こえてきた声、あれはたしかにアルベリック様のものでした。
『……で、そのアルベリックについてだが、
他のふたりと一言二言話したあと、すぐにどこかへ行った』
「他のふたり?」
『ひとりはヨハンの頭を叩き潰したやつ、もうひとりがノーマンを縦に割ったやつだ』
「あ、そ、そう……ですよね。やっぱり、ふたりは……」
『……あまり、ショックは受けないんだな』
「……そう見えますか?」
『まぁ、前回と比べてだが』
「今は……あまり考えないようにしているので」
さすがに完全に考えなくするのは不可能です。
ふと、ふたりのことがよぎるだけで胸が張り裂けそうで、視界が滲んできます。
お兄ちゃんもそうでしたが、私は団長にもとてもお世話になっていました。
私を見習い騎士(仮)として雇ってくれたり、時々稽古をつけてくれたり、
あんな事があったあとでも、やっぱり私が団長を団長として見ていたのは、
いままでの積み重ねがあってこそでした。
感謝こそすれ、あの人を恨む気持ちは少しもありません。
だからこそ、すごく、すごく、心底悔しい。
私がもっとしっかり、ちゃんとしていれば、最悪の結果は避けられたんじゃないか。
私が騎士にさえなろうとしなければ、こんなことは起こらなかったんじゃないか。
気を抜いてしまえば、そんなことばかり考えてしまいます。
けど、今はそういう場面じゃないんです。
ここでくよくよしていると、
私だけじゃなくアタルさんにまで危険な目に遭わせてしまいます。
第一に優先すべきは、ここから生きて脱出すること。
嘆くのは後でいい。
『……そうか。じゃあ話を続けるぞ』
「はい」
『以上のことから、俺はアルベリックが蠢く明星の巣のメンバー……、
もしくはそれと何らかの協力関係にあると考えている』
「そう……なりますよね。私としては未だに信じられませんが……」
ですが、考えようによっては、これは好機と捉えてもいいかもしれません。
あのアルベリック様がここにいて、私たちを逃がさないようにしているのなら、
万が一にもここから脱出することが叶わなくなりますが――
『おまえ、いま〝アルベリック様がいなくてラッキー〟とか考えなかったか?』
「ぎ、ギクッ!? そそそ、そんなことは……!!」
『気持ちはわかる。どの程度の実力がヤツにあるのか俺はまだわからん。
……が、俺が思うに、他の教団員もかなり手ごわいぞ』
「そう……なんですか?」
『前に多くの教団員を蹴散らしたことのある俺だが、
あの場にアルベリックといたふたりに関しては、かなり強いと見た』
「なんでですか?」
『わからねえか? あの腕力はなまじ鍛えただけじゃ、ああは人間を壊せない。
あれは間違いなく、おまえと同じように肉体操作にある程度魔力を使っている』
ポン、ポン、ポン、と三拍子ほどの思考の空白ののち、
急にアタルさんに何を言われているのかわからなくなります。
「私が……魔力?」
『……は? そこ?』
「へ? あの、私って……魔法使えたんですか!?」
『いや、あれは魔法っていうか……じゃあ逆に訊くが、なんの疑問もなく、
腕力だけで、あのジャバウォックとかいう魔物を仕留めてたって思ってたのか?』
「え、はい……前から普通に出来てましたし」
『周りからイヴちゃん変だね。とか言われたことはなかったのか?』
「イヴちゃんはたくましいね。とは言われることはあります」
『どうなってんだおまえの周り――て、そうか、根回しが済んでたってことか……』
「根回し?」
『いや、気にしなくていい。こっちの話だ』
「でも、たしかによく考えてみると、あの時は普段よりも調子が良かったような……」
『それは知らんが……おまえはたしかにあの時、肉体を魔力で強化して戦っていた』
「はへー……」
まさか一部の人たちしか使えない魔法を、この私が使えていたなんて。
「……あれ? アタルさんって魔力は見えなかったはずじゃ……?
なんで私がジャバウォックを倒した時、魔力を使ったってわかったんです?」
『ああ、それな。じつは見えるんだよ人魂だと』
「……そうなの?」
『そうなの。見えるの。気づいたのはつい最近だけど』
「えー……っと……なんでですか?」
『それは俺にもわからん』
「ソデスヨネ」
……なんというか、自分の特技というか、誇れるものがひとつ無くなってしまった。
そんな感じです。
『なんかだいぶ脱線したが、話を戻すぞ』
「ア、ハイ」
『ここにはそのふたり以外にも教団員が多数いる。
そいつらが全員、例のふたりと同じか、それ以上の強さかはわからない』
「逆に弱いという可能性は……?」
『考えるだけ無駄だ。舐めてかかって返り討ちってのは、一番嫌なパターンだからな』
「じゃあ……一体どうすれば? 迂闊に動くことさえ出来ないんですよね?」
『そう、ここでついに俺の出番ってワケだな』
「あっ! もしかしてここにきてアタルさんの隠された真の力が――」
『火を噴かない。……俺がたてた作戦はこうだ。
まずイヴ、おまえの体が動けるようになるまで回復するのを待ち、
牢にハメてある格子を腕力で捻じ曲げ、脱出する』
「はい。……牢!? 牢なんですか、ここ?」
『そうか。おまえのいまの体勢的に、天井しか見えないんだったな』
「茶色いです」
『ここは山の中だ』
「山中」
『天然の洞窟というか、茶色い箇所は全部岩だな。おまえは山中の洞窟にある、
人が3人ほど入れる大きさのくぼみに、鉄の棒をはめた牢屋のような空間にいる』
「ややこしいですね」
『だな。説明するのはダルいが、起きて見りゃ一発だ』
「それで……私がその鉄の棒を捻じ曲げたら……?」
『物質を通り抜けられる俺が先行し、念話で通話しながらおまえを出口まで誘導する』
「な、なるほど!」
「何が、なるほどなんだ?」
ドグン!
急に声をかけられ、心臓が大きく跳ねます。
……え、でも、まさか、この声って――
「イヴ、助けに来たぞ」
「ヨハン……お兄ちゃん……?」




