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17話 【私】の学科試験と実技試験

 

「ごう……かく……合格……!?」


 アルベリック様の言葉を聞き、そういえば試験をしていたことを思い出しました。


「え、じゃあ、もしかしてこれって……」

「フン、なるほどな。最初から僕たちを試していたってわけですか」

「急場とはいえ、このような乱暴な方法をとってしまい、大変申し訳ありません」


 アルベリック様はそう言うと、私たちにゆっくりと頭を下げました。


「ということは、仮に僕たちがノーマン団長を殺そうとしたら……」

「はい。僭越ながら止めに入らせていただきました」

「最初から茶番だったというわけですか。どなたも本当に演技が上手でらっしゃる」


 お兄ちゃんはそう吐き捨ててはいますが……演技?


 さきほどまでのアルベリック様やノーマン団長のあの一連の出来事は、

 本当に演技だったのでしょうか。

 それにたとえ演技でなくても事実は――


「ですが、さすがはイヴさん。よく勉強してらっしゃいますね」

「へ?」

「〝人間は群れで暮らす生き物であり、尊重すべきは個ではなく全〟

 よくぞ、この場面で教え(・・)覚えて(・・・)いてくれました」

「神の……主の教え」

『しゅのおしえ? なんだそれは』


 今までずっと静かだったアタルさんが、初めて口を開きます。

 とはいえ、アタルさんのように念話を使えるわけではないので、

 目をぱちぱちさせて合図を送ります。

 〝あ・と・で・お・し・え・ま・す〟


『〝尊重すべきは個ではなく全〟か。

 ……この場合〝個〟というのはイヴのことで、

 話の流れからするに、復讐や私刑を意味するものだと仮定すると……』


 ダメです。私の合図に気が付いていません。

 いえ、私の合図に気づいたうえで、改めて自分で考えているのでしょう。


『〝全〟はその全体……人間の社会を指していて……、

 つまり、復讐や死刑を課して本人がすっきりするくらいなら、

 罰という名目で、その犯人を社会全体の為に有意義に使おう……ということか?

 つまりこの世界の司法には人の命を奪うような法律は存在しない……』


 こわっ。

 あれだけのヒントでよく答えにたどり着きましたね、この人。


 たしかにアタルさんの言う通り、この世界には死刑という制度は存在しません。

 どのような罪を犯そうとも、人が人の命を奪ってはならない。


 つまり〝主の教え〟とは、罪を犯した人を裁くための(ころし)を否定し、

 その人間をどう赦し、どう人間社会に活かすかという更生に重きを置いた考え方です。


 全にして個、個にして全。

 それがやがて巡り巡って、人の社会を良くする。

 アルベリック様の言っていたことはこういう事ですね。


『おいイヴ、あってたら何か合図をくれ』

「はぁ……」


 そういうことを話してる場合じゃないのにな。

 けれど、アタルさんの好奇心には本当に頭が下がります。


 〝あ・っ・て・ま・す・す・ご・い・で・す・ね〟

 私は再度アタルさんへまばたきをして、合図を送りました。


『……なるほど。死刑という名にイヴが疑問を持たないという事は、

 死刑という制度自体は言葉として、または何らかの形として、

 この世界に存在しているのか……だとしたらなぜ……』


 ブツブツと、またアタルさんはひとりの世界へと入ってしまいました。

 本当にあれこれと考えるのがお好きな方です。

 だからこそ、魔法というものに縁が(・・・・・・・・・・)ある(・・)のかもしれませんね。


「……あれ?」


 そういえば、さっきからお兄ちゃんが私のほうをチラチラ見て――って、ううん。

 その視線を追ってみると、先にいるのは私ではなく……これは……アタルさん?

 いやいや、そんなわけないですよね。

 天使(ラファヤ)様も、魔王(アズモディアス)様も、騎士団長(アルベリック)様でも見ることが出来なかったのに、

 なんでよりによってお兄ちゃんが――


「では、このまま実技試験へと移らせていただきます」

「じつ……」

「ぎ……?」


 私とお兄ちゃんは口をそろえてそう言います。


「さすがにこの程度で見習いを採るつもりはありませんよ」


 アルベリック様はすこし落胆したような、呆れたような口調で言います。


「た、たしかに……これで騎士になれるのなら、誰でもなれる……か」

「そうです、ヨハンさん。さきほどまではいわば学科試験。

 そして騎士を志す以上ご存知かもしれませんが、

 騎士には戦闘能力……つまり、早い話が腕っぷしも必要となってくるのです」

「だからこその実技試験というわけですか」

「そのとおりです」

「まさか、今度こそノーマン団長を倒せとでも言うつもりですか?」

「いえいえ、まだ騎士を志しているだけの人にそのような酷なことは言いません」

「ではなんですか? 動物か……それとも魔物が相手とか」

「いえ、残念ながらそのどちらも違います。

 今回おふたりの実技試験の相手は〝(うごめ)明星(あけぼし)()〟です」



 ◇◆◇



『代わるか?』

「いえ……」

『そうは言ってもな……おまえ、顔がどどめ色だぞ』

「気乗りはしませんが、これも試験なので……」

『まぁ気持ちはわからなくはないが、もっと上手く立ち回らねえといつか折れるぞ』

「ソデスカ……」


 私たちは今、山道を進んでいます。

 目的地は教団〝(うごめ)明星(あけぼし)()〟の巣。

 なんと昨日の今日で、アルベリック様はそのアジトを突き止めたようなのです。


 そうです。

 実技試験として、これから行われるのはその教団員たちの掃討作戦。

 掃討作戦だなんて強い言葉を使ってはいますが、何も教団員を殺したりはしません。

 全員生け捕りにするとのことらしいです。


 ですがさすがに私とヨハンお兄ちゃんだけだと無理なので、

 アルベリック様とノーマン団長もついて来てくれています。


 試験の内容は死なないこと。

 それをクリアすることで、晴れて騎士団の正式な見習い騎士候補を名乗る事が出来る。


 ……のですが、やはりというかなんというか、気が進みません。

 騎士になるにはそんな甘ったれた感情は捨てなければいけないのですが、

 私はまだまだ、その境地に至ることはできないようです。

 今もこうして歩いているだけで――


「うっ……」


 軽く胃酸が込み上げてきます。

 アタルさんと出会った頃のように泣きじゃくったり、

 所構わず吐瀉物をまき散らすようなことは無くなりましたが、

 はたしてそれが成長なのかどうなのか。


 アタルさんは諸々を察して交代することを提案してくれますが、

 さすがに何度も言いましたが、この試験は私が騎士になるための試験ですので、

 そんなことをしても何も意味がないのです。


 なので、私もこれを乗り越えることで、また一歩、憧れのシノさんに近づけると信じ、

 いろいろな意味で歯を食いしばりながら、この緩やかな傾斜の山道を登っています。


 隊列は不慮な教団員との遭遇や想定外の事故に配慮して、

 アルベリック様が先頭の一列縦隊を組んでいます。

 その次が私で、後ろがお兄ちゃん、そして殿はノーマン団長が務めてくれています。


 正直、アルベリック様が直々に戦ってくださるのですから、

 私としては戦闘の面では何の心配もしていません。


 七国(セプテム)騎士団(アドヴェンテス)団長のお歴々とは、それほどまでに人間離れしている集団でして、

 これを語ってしまうと、私はもう本当に止まれなくなってしまうので、

 今回は説明を自重させていただきますが、とにかく、私が言いたいのは、

 あの七国(セプテム)騎士団(アドヴェンテス)団長のひとりであらせられるアルベリック様と、

 こうして肩を並べて(実際には前後ですが)いられるというのは、

 それだけで一般の団員なら昇天してしまいかねないほどの栄誉なのです。


 ですので、この栄誉ある時間をいつまでも満喫していたいと思う反面、

 本音を言うと、このまま教団員を視界に収めることなく、

 無事に試験が終わってほしいとも思っています。


 ……が、そこはいちおう試験なので、

 こうして目や耳や鼻を使って、私なりに左右を警戒したりしてます。


『ブタかおまえは』


 風情も配慮も繊細さもない人魂が何か言っていますね。

 聞こえません。聞こえません。

 勝手に下品な例えツッコミでもしててください。


「とてもいい警戒の仕方ですよ、イヴさん」


 それみたことでしょう。

 誰かさんとは違い、アルベリック様は振り返って褒めてくださります。


「あ、ありがとうございます! 目も耳も鼻もいいほうなので、お任せください!」

「こちらこそありがとうございます。私としても大変心強いですよ」


 嗚呼、言葉が出ません。

 感無量といってもいいでしょう。

 アルベリック様に褒められるなんて。


「警戒する、気を張り続けるという行為はとても大事な事です。

 敵はいつ、どこから襲い掛かってくるかわかりませんからね。

 何事もまずは警戒、そして全てを疑ってかかる事が肝心ですよ」

「はい! しかと刻みます!」


 アルベリック様はフッと笑ってくださると、突然、その場で動きを止めました。


「……おっと、もうすぐですね」


 その一言で急にその場の空気がパリッと張りつめます。

 アルベリック様は口に人差し指を当て、その場にいる皆に静かにするよう促します。

 私からはまだ何も見えませんが、どうやらアジトはこの近くにあるみたいです。


 それにしてもさすがですね。

 教団員さんたちも、この位置から索敵されたらどうしようもないのではないでしょうか。


「皆さん気を付けてください。ここから先は特に慎重にいきましょう」


 アルベリック様がそう仰ると、皆が静かに頷きました。


「足音などの物音は極力消して、ゆっくり……です」

『おいおい、あんまりはしゃぐなよ?』

「……はぁ」


 まったくこの人は。

 おそらく私の緊張をほぐそうと、こうして軽口を叩いてくれているのはわかります。

 けど、ここから先は一瞬でもその言葉に気を取られれば、命取りになりかねません。


 アタルさんもわかってはいると思いますが、

 この際はっきり注意しておいたほうがいいかもしれません。


 私は振り返り、

 目を疑いました。

 一瞬にして頭の中が疑問符で埋め尽くされます。


 何が……なにが――


「オキテイルノデショウ?」


 そこにいたはずの、

 ヨハンお兄ちゃんの首から上、

 がなくなって、

 噴水みたいに血を出しています。


 赤い蛇の紋様。

 黒いローブ。

 顔が見えないほど深くかぶったフード。


 見間違えるはずもありません。

 蠢く明星の巣の教団員です。


 なぜ。

 なんで。

 どうして。

 いつから。


 そんなどうでもいい疑問を叩き潰すように、

 何度も、何度も、何度も、何度も、

 教団員はその大きな金槌でヨハンお兄ちゃんの頭を殴りつけます。


 もうすでに頭は体にめり込んでいるのに、

 それでも金槌を振り下ろすことを止めません。


 一方、茫然自失な私とは対照的に、

 ノーマン団長はすぐさま腰の剣を抜いて応戦しようとしますが、

 今度は別の信徒に、背後から体を縦にまっぷたつにされました。


『イヴ!! 後ろだ!! 逃げろォ!!』


 アタルさんの必死な声。

 しかし私の足は鉛のようにピクリとも動きません。


 そして、そんな私に追い打ちをかけるように、

 耳元で誰かが囁きかけてきます。


「不合格だ。全てを疑えと言っただろう」


 その言葉が、

 この日私が聞いた最後の言葉でした。


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