16話 【私】とお兄ちゃんと団長と
「ここにいるノーマン団長を殺してください」
「……え?」
理解が追い付きません。……追いつかせたくありません。
なぜアルベリック様はそのようなことを仰っているのでしょうか。
たしかにこのような試験は前代未聞というか、前例はシノさんしかいなかった為、
どのような試験を行うかは存じ上げていなかったのですが――
「人を殺すこと……それが試験とでも言うつもりか」
お兄ちゃんがアルベリック様に尋ねます。
声色こそ落ち着いてはいますが、その表情は動揺を隠しきれていません。
〝現役の騎士を倒せ〟という試験内容ならまだわかります。
騎士という職業にはそれぞれ、いろいろな役割がありますが、
こと戦闘に関しては、必ずある一定の水準を満たしていなければなりません。
〝騎士の本懐は弱きを助けること〟
その騎士が弱ければ、民草を守ることなど到底出来ません。
でもこれは――
「そ、そんな……! 話が違う!」
突然、顔面蒼白のノーマン団長がアルベリック様に掴みかかります。
「俺はただ、イヴの試験の手伝いをすればいいと……! だから――」
言いかけて、今度はノーマン団長の体が宙に浮き、
勢いよく背中から地面にたたきつけられました。
ノーマン団長はその衝撃でうまく息ができなくなったのか、
カヒュッ! カヒュッ!
と小さく痙攣するように呼吸しはじめました。
「これがその試験です」
これまでにないほどの冷たい目で、地面に転がっている団長を見るアルベリック様。
まるで人を人だと思っていないような、とても冷たい目。
「……わざと僕たちを合格しないようにするつもりか?」
「いえ、私は至って真面目ですよ、ヨハンさん」
「では、スラット領を取り纏めている騎士団長様は、至極真面目に自身の部下を、
文字通り切り捨てろというくだらない試験を、見習い騎士候補に課していると?」
「はい」
「チッ……お話にならない」
お兄ちゃんがそう吐き捨てると――
「ふむ、そうですね。ではこうしましょうか」
今度はアルベリック様から切り出しました。
「私は何も、この場でこの男を殺せと言っているわけではありません。
周囲の目が気になるようでしたら、ここから離れた場所へ移動しても構いません。
それに腐ってはいても、彼はれっきとした騎士学校の卒業生です。
強いと感じたのなら、私が手か足を折り、ハンデをつけさせても構いません。
それくらいのことは優遇させていただ――」
「そんなことを言ってるんじゃない! ……悪いが、僕もイヴも人を殺すつもりはない」
お兄ちゃんがそう言うと、今度はアルベリック様が私の顔を見ます。
私はゆっくりと首を横に振りました。
当たり前です。不可能です。
ノーマン団長を殺せだなんて試験、受けられるわけがありません。
「そうですか。困りましたね。……なら、動機を差し上げましょう」
「動機……だと?」
「はい。ノーマンという男を殺す動機ですよ」
「ば、馬鹿言うな。いくら動機があったところで僕らが人を殺すわけがない」
「ところでヨハンさん、聞くところによるとあなたはここ数日、村を不在にしていたとか」
「それがどうしたんだ」
「あなたが不在だった間、この村で何が起こっていたかご存知ですか?」
「いや……」
「あ、アルベリック様……?」
「じつは、この村の外れでは激しい戦闘が繰り広げられていました。
報告では何人もそこで命を落としたと聞いています」
「いのち……だと?」
「じつはそこにいるイヴさんも、その戦闘に参加していたのですよ。
……騎士見習いのひとりとして」
「う、嘘だろ……?」
お兄ちゃんがあからさまに取り乱しながら、私の顔を見ます。
「き、聞いてないぞ……! 騎士は半ば遊びみたいなもんだからって……!
イヴ! おまえ大丈夫だったのか!?」
私は両肩を強く掴まれ、前後に激しく揺らされます。
「だ、大丈夫だって、お兄ちゃん……! ほら、元気だか――」
「いえ、おそらくあの場にアズモディアス様がいなければ、危なかったことでしょう」
「アズモディアス様が? ということは――」
「はい。あの御方がイヴさんを死の淵からお救いになられたのです」
「なんでそんなことが……」
「この者が……」
アルベリック様が今度はノーマン団長の胸ぐらを掴み、無理やりその場に立たせます。
団長の目にはもう反抗の意志というか、そういったものが一切見られません。
「その戦いの指揮を執っていた者が、真っ先に逃げ出したからです」
「なん……」
「そ、それは仕方がなかったんです! あんな状きょ――うっ!?」
絶対に克服した。もう大丈夫。乗り越えた。
そう自分に言い聞かせていたあの出来事、あの場面がフラッシュバックします。
突然襲ってきた耐え難い吐き気。
でも、そんなことをすればお兄ちゃんを余計に心配させてしまう。
私はそれを無理やり呑み込み、続けました。
「……誰であれ、逃げ出したくなります!」
そう啖呵を切りつつも、私があの時逃げた団長を、
すこしも恨まなかったかと問われれば嘘になります。
正直、あの時の団長の背中は今も忘れられません。
それはたぶん失意の中、あの場で死んでいった皆も――
でも、だからって、それで逃げた人を殺していい理由にはならない。
立場が違ったら私だってどうしていたか――
「〝戦闘時下における撤退指示を受けた場合、その場の指揮官は、
須らく部下の生存に注力しつつ、最後尾にて殿を務めなければならない〟」
「……え?」
「団則諸法度の第8条です。ご存じありませんでしたか?」
「えっと……」
「……とはいえ、ここ数年は今回のように主だった戦闘は行われていなかったため、
イヴさんがご存じないのも無理はありませんが……」
「おい、ちょっと待て。つまりそいつは、団長という立場でありながら、
イヴ含め、団全員を見殺しにしたってことか?」
「はい。じつはまだ公式に発表はできませんが、近々そういった御触れが出るかと」
アルベリック様がそう言うと、
今度はお兄ちゃんが忌々しそうにノーマン団長を睨みつけます。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん……!?」
「村に帰った時から気にはなっていたんだ。なにか村が騒がしいと。
だが……そうか、そういうことだったのか……」
「そして……気になりませんか?
なぜ彼が今の今まで、この村に帰ってこなかったのか」
「まさか……」
「ええ、そのまさかです、ヨハンさん。
私は、この村の周囲で野宿していたこの男を見たとき、この試験を思いつきました。
この男は団員を見殺しにした挙句、村や団に何の報告もせず、何の責任も取らず、
村の外からただ戦々恐々とその成行きを見守っていたのです。
おそらく中央から御触れが出たのを見計らって村へと戻り、
哀れな被害者として村民たちの同情を買うつもりだったのでしょう。
なので……イヴさんが村にお戻りになられた時は、さぞ驚かれたことでしょう」
ザッザッザ……。
お兄ちゃんが突然、無言でノーマン団長に向かって歩いていきます。
私はその間に割って入るように、体をねじ込みました。
「な、何するつもり……? だめだって……!」
「……団の中にはクリストフのおっさんもいたんだ。
あの人は結婚したばかりで、奥さんのローレンスさんの腹の中には子供だっていた」
「それは……」
「イーサンも、いい年して独身だったけど、よく俺に野菜の育て方を教えてくれた」
「でも、だからって……!」
「そしてなによりイヴが、何かひとつでもボタンが掛け違っていたら、
この場には居なかったなんて言われたら……! 僕は……!」
「お兄ちゃん!!」
「……心配するな。殺しはしない。この場であいつをつるし上げるだけだ」
「つるし上げるって……」
「それはヨハンさん、あなたの仕事ではないはずです」
「……だが、あんたは僕たちにその男を殺せと言ったんだ。
なら、その処遇をどうするかも僕たちの自由なはずだろう」
「いえ、残念ながらそうはいきません。私が許可したのは殺しまでです。
それ以外の権限をあなたがたに与えた覚えはありませんよ」
「じゃあアルベリックさんがその権限とやらを持ってる……とでも言いたいのか?」
「その通りです。あなたがたがここでこの男を殺す殺さない如何に関わらず、
この男の所属先、つまり所有権はスラット領騎士団にあるので悪しからず」
お兄ちゃんはそう言いくるめられてしまうと、
不服そうではありますが、ノーマン団長から距離をとってくれました。
「それに……イヴさん、あなたはよかったのですか?」
「私……ですか?」
「あなたはこの男の軽率な判断で無茶な任務に参加させられた結果、大勢の仲間を失い、
さらにあなた自身も見殺しにされかけました。……いえ、実際にそうなっていた。
この男を殺したいほど憎んでいたって不思議ではありません。それでも――」
「それでも、私の答えは変わりません」
「そうですか。……なら、他の方はどうでしょう?」
「え?」
「さきほどヨハンさんが仰っていたご遺族は?
その方々に対する贖罪は、責任の所在は、気持ちの行き場はどうすればいい。
自分の親しい隣人を、友人を、恋人を、肉親を、
虫ケラのように殺された人たちの気持ちは、どうすれば救済される?
それに死んでいった彼らは騎士でなければ戦士でもないただの民だ。守るべき対象だ。
今回の事は言ってしまえば未然に防げたものだ。人災と言っていい。
敵の能力を見極められることが出来れば、即座に撤退出来た。
それが難しかったとしても、自分を犠牲にすれば何人かは確実に助かったはずだ。
ノーマンの傲慢さと楽観さ、そして迂闊さが多くの村人を殺したのだ」
「それは……」
「そしてイヴさん、あなたこそが唯一ここで、ノーマンに復讐できる権利を持っている」
「そんな……! 私は復讐なんてするつもりは……!
それに、復讐なんてしても虚しいだけです!」
「……またその言葉か」
「へ?」
「復讐に倫理観を持ち出すな。元々人間は清くもなければ正しくもない。
殺人。そこに在るのは善悪ではなく、ただのルールだ。
それなら気持ちに整理をつけるためにも、自分の過去と決別する為にも、
新しい人生のスタートを切る為にも、復讐というプロセスは必要なものだ。違うか」
「違う……と思います……」
「ほう、どう違うんだ」
「……すみません。あまり上手には言えませんが、
少なくとも今ここで、私がノーマン団長に出来ることなんてありません。
たとえ復讐をすることで私がすっきりできたとしても、
やっぱりそれはただの自己満足というか、一時的なものだと思うのです。
それに、本当に団長のやったことが罪なのだとすれば、
その処遇は私ではなく、団が決めるべきだと思います」
「……なるほど。イヴさんがすっきりするというのは否定しないんですね」
「それは単なる揚げ足取りでは?」
「……フッ、そうですねヨハンさん。イヴさん、申し訳ありませんでした」
「え? あ、いえ……」
「万が一イヴさんがこの男をここで殺したとしても、残るのはモヤモヤのみでしょう」
「アルベリックさん、あなたはさっきから一体何が言いたいんだ?
どうも試験を抜きにして、個人的な感情をぶつけてるようにしか見えないのだが」
「失礼しました。では私の言いたい事を率直に、包み隠さず言わせていただきます」
アルベリック様は咳ばらいをひとつすると、
改めて私たちに向き合いました。
そして、いつの間にかその手はノーマン団長から離れています。
「イヴさん、ヨハンさん、あなたがたは合格です」




