15話 【私】の殺人試験
どうもお久しぶりです。
おはようございます、イヴです。
今は私が私になっています。
え、わかりにくいですか?
じゃあ……えっと、つまりですね、アタルさんが人魂になっている状態のことです。
というのも、今朝になって改めてもう一度体当たりを試みたのですが、
見事、私の体へと戻ることに成功したのです。
どうして急に成功できたのかは、アタルさんにもわからないそうです。
なぜ急に自分の体に戻ろうと思ったかについてですが、
もちろん自分の体なので、というのがひとつと、もうひとつは、
ついにアルベリック様が試験をしてくれることが決定したからです。
さすがに他人からはわからないとはいえ、
アタルさんに試験を受けさせるわけにはいきませんからね。
人魂でいたとき特有のふわふわした感覚がまだすこし抜けきっていませんが、
精一杯、私なりに頑張ってみようかなと、この機会をものにしてやろうかなと、
そう思った次第です。
それで、そのアタルさんですが、なぜか今朝からあまり元気がないように見えます。
口数が少ないのと、なんだかよそよそしい……というより、
気を遣われているような気が、しないでもない……気がします。
もしかして、お母さんとの一件で、
〝じつはご自身が男性であることが私にバレて、気まずいと思っている〟
……なんてことは、あの無神け……おおらかなアタルさんに限ってないとは思いますが、
すこし気になります。
……ああ、いえ、この場合の気になるというのは、
アタルさんの元気がないことに対してであって、
べつにアタルさんが男だから嫌だな、というわけではありません。
よくよく考えてみると、そういった素振りや口調はありましたし。
声もよく聞くと私の声をすこし低くした感じですし、
なにより人魂状態でいる時と私の体を使っている時とで、一緒ですしね。
まぁ、アタルさんのほうは私のことをずっと男だと思っていたみたいですけど。
……はい。
これに関してもべつに気にしてはいません。
だって髪も短くして、男装までしてましたしね。
実際、団に入るときは私が女だって団長も気づいてませんでしたし。
気づかなくてもしょうがないですよ。それが目的だったんですから。
むしろ、上手く騙せてヤッターですよ。
だから私は全然、これっぽっちも気にしてませんし、悲しくもないです。
「……で、そのアルベリックってのはいつ来るんだ」
腕を組み、偉そうに柵にもたれかかっているのはヨハンお兄ちゃん。
正確に言うと私の幼なじみで、今は私の家の隣に住んでいます。
はい、今はです。
というのも、ほんの少し前までは私たちの家で一緒に暮らしていました。
ヨハンお兄ちゃんは、物心つく前からご両親がいなかったみたいで、
それをお父さんとお母さんが代わりに引き取ったという感じですね。
歳は私よりも5つ上で、実際に私が生まれる前から家にいたので、
私にとっては幼なじみというよりは、本当のお兄ちゃんって感じです。
一見、ぶっきらぼうで無愛想な印象を受けますが、
本当はぶっきらぼうで無愛想で、さらに口まで悪いです。
「ちょっとお兄ちゃん、ちゃんと〝様〟つけなきゃでしょ」
「どうでもいいだろそんなこと。……で、いつだ?」
「わかんない。私も今朝、アルベリック様が試験するって手紙で知ったからね」
「フン、騎士団長様自ら、直々に行う試験……か」
なんでしょう、やっぱり鼻につきますね。この兄は。
「……ていうか、なんでお兄ちゃんそのこと知ってるのさ」
「そのこととは?」
「私が試験受けることだよ。そもそもなんで私が騎士目指してるのも知ってるのさ」
「そんなの、誰でもわかるだろ。おじさんもおばさんも、あえて言ってなかっただけだ」
「も、黙認されてたって……こと……?」
「アホか。急にバカみたいに髪短く切ってきたら誰でも気づくだろ」
「うぅ……バカみたいな短髪ってなんだよぉ……」
今朝、アルベリック様からのお手紙を受け取ったのはじつはお母さんで、
これはもう隠しきれないなと思って、意を決してふたりに打ち明けたのですが、
ふたりともそんなに驚いてくれませんでした。
そのままアルベリック様の件も快諾してくれましたし、
やっぱりお兄ちゃんの言うとおり、ふたりは前々から気づいていたのでしょうか。
てっきり猛反対されるのかと思ってましたが、結局ただの取り越し苦労というか、
いままでずっと一人で抱え込んでいたのがバカみたいですね。
こんなことならきちんとお話すればよかったと、今ではちょっと後悔してます。
「ていうか、お兄ちゃんもアルベリック様に何か用があるの?」
「まあな」
会話終了。
終わっちゃいましたよ。
どうやらその用件について教えてくれる気はないみたいです。
「……そういえば、お父さんから町でおつかいかなにか頼まれてなかったっけ?」
「それはとっくに終わってる」
「そうなの?」
「ああ」
「ふぅん、ちなみにおつかいがなんだったかって訊いていい?」
「ダメ」
「ちぇ……」
お兄ちゃんとの会話は最近いつもこんな感じです。
自分が訊きたい事だけ訊いてきたら、それで終わり。
私が話しかけても回答は最低限。
昔はもっと面倒見が良かったというか、
よく話してくれたり、遊んでくれたりしたんですけどね。
まったく、いつからこうなってしまったのでしょう。
反抗期でしょうか。嘆かわしいです。
「――おや、すみません」
「あっ」
「どうやら、ずいぶんお待たせしてしまったみたいですね」
アルベリック様の声が聞こえ、振り返るとそこには――
「団……長……?」
そこにいたのはアルベリック様ともうひとり。
いつも見慣れたノーマン団長の姿がありました。
「ぶ、無事……だったんですか……!」
私は嬉しさのあまり、そのまま団長の元へ駆け寄ります。
見たところ、多少着ているものが汚れていたり傷が入っていたりしていますが、
団長自身は無事なように見えます。
しいて言うなら、すこしやつれているくらいでしょうか。
「よかった……」
よかった、本当に。
私以外にも生き残っている人がいたんだ。
「あ、ああ……わるかったな……」
「い、いえ、そんな……! それであのっ、団長、は、今までどこにいたんですか?」
「それは……」
「あ、もしかして他の皆も……!」
私はすぐにノーマン団長の後ろを見ますが、特に誰もいませんでした。
「い、いや、俺一人だけだ……」
「そう……ですか……で、でも! 生きているだけで、嬉しいです!」
「そ、そうか……」
ノーマン団長はそう言って、私から目を伏せて視線を逸らしてしまいました。
「それで……イヴさん」
「は、はい! アルベリック様!」
アルベリック様に呼ばれ、私はピンと姿勢を正し、見様見真似で敬礼します。
「……おや? そういえば、昨日に比べてどこか……雰囲気が変わりましたか?」
「え!?」
昨日……ということは、アタルさんと比べてでしょうか。
どうしましょう。
この場合、素の私で押し通すべきでしょうか、
それともアタルさんみたいな感じで話したほうがいいのでしょうか。
とにかくアズモディアス様は仰っていました。
アタルさんが異世界の人だというのは、伏せておいたほうがいいと。
「そうですね、なんとなくイヴさんの目の色が――」
「い、いいや!? 俺は至って元気だぜい!」
「……え?」
「寝起きだから頭がボーっとしてるのは許してほしいぜい!
なんせ今日は待ちに待った試験当日なんだからぜい!」
「はあ、そうですか……」
「だけど、俺は俺の力を精一杯、見せつけるつもりだぜい! 乞うご期待!」
「……まぁ、そこまで気を張らなくても大丈夫ですよ」
「おう! ぜい!」
どうでしょう。
私はすぐさま隣にいるアタルさんを見ます。
うまく演じ切れていたでしょうか。
私としては、なかなかの再現率を誇っていたのではないかと思うのですが。
『おまえに俺がどういうふうに見られてたか、なんとなくわかった気がする』
なんだか含みのあるような言い方をされたうえ、ため息までつかれてしまいました。
とりあえず、力業ではありましたが、
アルベリック様が違和感をもっていないのであれば問題は……ないと信じたいです。
「それで、イヴさん。そちらの方は……?」
アルベリック様がそう言って見てらしたのはヨハンお兄ちゃん。
そういえばお兄ちゃん、アルベリック様になにか用があるって言ってたけど、
結局なんだったんだろう。
「えっと、あれは私のあに……幼なじみの、ヨハン・フォン・ウン――」
「アルベリック様」
お兄ちゃんはアルベリック様の名を呼ぶと、腕組みを解き、私の隣に並びます。
「……僕も、その試験とやらを受けさせてはくれませんか?」
「へ?」
「え?」
その予想外すぎる言葉に、
私もアルベリック様も間の抜けたような声を出してしまいます。
あれ? お兄ちゃんって騎士目指してたっけ?
お父さんと同じように、最近自分の畑を持ったばかりじゃなかったっけ?
あれあれ?
「お、お兄ちゃん! こんな時にまで冗談はやめようよ!
本当は他に目的とかあるんでしょ?」
「イヴの知っている僕は、こんな冗談を言うような人間だったか?」
「そりゃ……言わない……けどさ……」
相変わらず直接的ではなくねちっこい言い回しで攻めてきますね、この兄は。
「聞くところによると、騎士見習いになれるのは20歳までという話じゃないですか。
だからこの際、僕も騎士ってのがどういうものなのか知っておこうと思って」
「な……なん……!?」
なんという理由でしょう。
興味本位で騎士の試験を受ける?
それがどこまで騎士という職業を侮辱しているか理解しているのでしょうか、この兄。
しかし、どういうわけかアルベリック様は即座にその提案を却下せず、
なぜか悩んでいるような素振りを見せています。
そして――
「よろしい」
「……は?」
「では、こうしましょう。
今から私の出す試験にイヴさんかヨハンさん、そのどちらかが合格すれば、
合格したほうを私が責任をもって騎士学校へ推薦いたしましょう」
「でええええええええええええええええええええ!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまいます。
意味が分かりません。
いえ、たしかに試験内容は知らされていませんでしたし、
どのようなものが来るかはまるで見当がつきませんでしたが、まさかのまさか。
お兄ちゃんがライバルになるなんて、夢にも思いませんでした。
完全にアルベリック様の思いつきですし、
ここは抗議……しても仕方ないでしょうから――
「ムムム……!!」
精一杯の抗議の視線をお兄ちゃんに向けます。
〝私は真剣なので茶化さないで〟という意味合いも含めて、睨みつけます。
「フン……」
プイッとそっぽを向かれてしまいました。
ダメです。
全く効きません。
こうなったら相手が誰でも、頑張って試験に合格するしかありません。
大丈夫、競争倍率がすこし上がっただけ。
落ち着いてやれば、騎士になりたいという情熱があるほうが勝つに決まっています。
「では、試験内容についてですが――」
この時私は、アルベリック様が故意で答えを溜められていたのか、
それとも私がその試験内容を認識したくなかったのかはわかりませんが、
まるで永遠に流れない時の中に閉じ込められたようでした。
「今からここにいるノーマン団長を殺してください」




