14話 【俺】が知るイヴの正体
深夜。
俺はウィリアムス家全員が寝静まったのを確認し、
村にある川の畔までひとりで来ていた。
ちなみにイヴだが、あいつは今自分の部屋でぐっすり眠っている。
人魂の状態で、はたして眠る必要があるかは疑問だが、約2日ぶりの自分の部屋だ。
つい気を抜いて……ということもあるのだろう。
時間帯的な事もあり、既に畔の周囲に人気はなく、
さらにすこし外れた場所ということで、民家もここからは見えない。
目的は魔法の練習……というよりは動作確認と言ったほうが正しい。
アズモディアスが言うには、
この世界の魔法と俺の教わった魔法は似て非なるものらしい。
だから最低限、今の俺は何ができて、何ができないのかを把握しておきたいと考えた。
ラファヤ戦のような無様な真似を晒すのはもう二度とごめんだし、
あんなことを繰り返していれば、それこそ命が幾つあっても足りない。
「さて……んっ……」
俺は両手の指を組み、それを頭の上まで持っていって思い切り伸びをした。
同時に鼻から空気を取り込み、肺の中の空気と入れ替える。
「……うし、まずは最下級の火球からいくか」
俺は水晶玉サイズの火の玉を指先に生成すると、
そのまま指を軽く振り、火の玉を水面に投げ入れた。
火の玉は水と接触すると、
ジュッと、軽く水分が蒸発するような音を立ててそのまま消えた。
「これはさすがに問題なく出せる……か。
とはいえ、この程度の魔法でよくあの天使を騙せたな……」
思い出しても肝が冷えるが、その点は幸運だったと言うほかないだろう。
仮にラファヤがあの場面で様子見でも決め込んでいたら、
俺もイヴも、この場にはいなかっただろう。
「じゃあ次は――」
俺は水平に右手を伸ばし、左手で右手首を掴んで唱えた。
「火大玉」
呼吸が苦しくなるほどの熱気に包まれるが、それも一瞬。
またたく間に右手のひらに熱気が収束していき、
やがて、あの時ラファヤへ向けたものと同等の大きさの火の玉が生成された。
「これも使えたのかよ……」
ちなみにだが、これと火球との差異は特にない。
どちらかというと火球を気合で大きくするよりも、
最初からこちらを使っていたほうが、消費する魔力量が少なくなっていたというだけ。
「イェソド級の魔法まで使えるんだったら、次はホド級か。
どの魔法にするかな……って、その前にこの玉は消しておいたほうが――」
「こんばんは」
「どわあ!?」
急に何者かに声をかけられ、間違って手のひらから玉が発射される。
ドゴーン!
爆発音と共に巨大な水柱が起こり、川の水が雨のようにあたりに降り注いだ。
俺はびしょ濡れになりながらゆっくりと振り返り、その声の主を見た。
「……お父さん」
そこで俺と同じように水に濡れていたのは、イヴの父親のジョン。
特徴のある声だったので、驚きはしたもののすぐにわかっていた。
だが、なぜか違和感を感じてしまう。
第一印象は恰幅の良い陽気な初老のおっさんって感じだったのだが――
「あれ、今、こんばんはって……?」
深夜に家を抜け出し、川で魔法を撃っている娘に対して言う言葉がそれ?
なんとも他人行儀じゃないか?
普通は〝早く寝なさい〟とか〝何やってるんだこんな時間に〟とかって叱るだろ。
とはいえ、それを俺のほうから切り出すのもさすがに変だよな。
寝ぼけてる……てのはないとは思うが、ただの聞き間違いかもしれないし。
それに今は隣にイヴがいない。下手に会話してボロを出すのはまずい。
「ええっと……ごめんね、お父さん。なんだか寝付けなくて……。
それで昼間手に入れたもので遊んでたら急に爆発しちゃって……びっくりしたな……」
びっくりしたとか言っておいて真顔だったらさすがに変だよな。
俺は目と口を大きく開けてそれっぽい表情を作ってみせた。
「………………わあ」
なんて茶番だ。
今はこの沈黙がなによりも苦痛である。
この場にイヴがいたらちゃんとツッコんでくれたに違いない。
「ああ、申し訳ございません。
ワタクシの前ではそのように気を回していただかなくても結構ですよ」
「……へ?」
「イヴ様のように振舞わなくても問題ありません。
ワタクシはアタル様の敵ではございませんので。
ここへはすこし、お話をさせて頂きたく参った次第でございます」
急に処理しきれないほどの疑問が脳内を埋め尽くし、頭が真っ白になる。
「え、ああ……えっと……」
……まずい。
完全に面食らってしまっていた。
気の利いた言葉がなにも浮かばない。
とりあえずベタに――
「なぜ、俺の名前を?」
この期に及んで〝アタルって誰ですか?〟などと惚けるのはなしだ。
なぜかはわからんが、ジョンはこの体の持ち主をイヴではなくアタルだと断定している。
彼の狙いは一切わからないし、その予想もつかないが、
この時点で彼の心象を下げるような行為は、やらないでおいたほうが賢明だろう。
「アタルと、そうご自分で仰っていましたので」
「自分で……?」
「はい。お気付きにはなられなかったのでしょうか?」
「まぁ……」
自分で自分の名前を呼んだ覚えはないのだが……。
けれど、実際ジョンはこうして俺の名を呼んでいる。
もちろん当てずっぽうなわけがない。
ジョンが聞いたと言うのならば、事実そうなのだろうし、
これに関しては時間稼ぎみたいな質問だから、そこまで深く切り込むつもりはない。
「では……なぜ、俺と話し合いをしようと?」
訊きたいのは、この疑問だ。
というのも、俺を俺だと認識しているのであれば、
まず気になるのは俺の名前なんかより、自分の娘のことではないだろうか。
ジョンは話し合いと言っているが〝娘の体を返せ〟と言ってくる気配もない。
それとも娘の安否より優先すべき事柄があるのか。
もしそうだとすると――
「ぶっちゃけた話、言葉は悪いですが、俺にはどうもジョンさんが正気だとは思えません」
「と申しますと?」
「自分の娘の中に入っている異物に対して、
なんでそんなに必要以上に慇懃で、冷静でいられるんですか」
体を乗っ取った張本人の俺が言うべきではないのかもしれないが、
ついヒートアップして余計なことまで口走ってしまう。
「……なるほど。やはりアタル様はワタクシどもが思った通りの御方のようです」
「は?」
いろいろと話が見えないうえに、そもそも会話が噛み合っていない。
なんなんだ、こいつは。何が言いたいんだ。
「そうですね。まずはそのあたりの誤解から解く必要があるでしょう」
「誤解?」
「ええ、じつは見えているのです。人魂の形をしたイヴ様のことを」
「人魂って……マジかよ……なんで……」
今まで俺ら以外の誰にも見えなかったのに、どういうことだ?
もしかして、家族というか、血縁者には見えるとかか?
「大マジにございます。
ワタクシどもは人魂であらせられるイヴ様とアタル様との関係を見て、
僭越ながら、誠に勝手にではございますが、ある判断を下させていただきました」
「その判断って……?」
「〝この方はイヴ様にとっての敵ではない〟と」
「じ、じゃあもしかして、ジョンさんはイヴがこの場にいないのを承知で……?」
「お察しの通りでございます」
「そう……だったんですね……俺はてっきり……」
「ワタクシどもがイヴ様を蔑ろにしていると」
「はい……なんか、勝手に早とちりして暴走して……本当に申し訳ない……」
「いえ、お気になさらず。
それほどまでにアタル様はイヴ様のことを考えてくださっているという証拠。
ワタクシどもの目に狂いはなかったということです」
なんか恥ずかしいな。なんだこれ。
「それで、俺に話というのは?」
「はい。アタル様にお頼み申し上げたい事柄がございまして……」
「頼みごと……ですか? 俺に?」
「左様でございます。ですがこれは、イヴ様の――」
「ちょ、ちょっと待ってください」
たまらず俺はジョンの言葉を遮ってしまう。
「はい。いかがなさいましたか」
「あの、話の腰を折ってすみません。ずっと気になってたんですけど、
なんでさっきから自分の娘に対して〝様〟なんて敬称をつけているんですか」
昼間、銭湯に入ったあとも、そのあと家で飯を食っていた時も、
ジョンは俺のことを呼び捨てにしていたはずだ。
それがなぜこんなにも畏まっているのだろうか。
「それは、イヴ様がワタクシどもの実子……ではないからでございます」
「イヴが……ジョンさんたちの子どもじゃ……ない?」
「左様でございます」
「ちょっと待ってください。イヴはそのことについては……」
「ええ、有難いことに今もイヴ様は、
ワタクシとバーバラのことを本当の親のように慕っていただいております」
なるほど、だからこそこの会話をイヴに聞かれたくないってことか。
「じゃあ、イヴの本当の家族は……」
「はい。その事についてですが――
まずはこうしてワタクシとの対話に応じていただいたことに、
そして、イヴ様をお守りして頂いたことに感謝を……」
ジョンはそう言うと、まるで執事のように恭しく俺にお辞儀をしてみせた。
その所作でなんとなくだが察してしまった。
イヴとジョンとの本当の関係を。
「ジョンさん、あなたは――」
「さて、それではイヴ様の御家族についてですが、ワタクシが今から話すことをどうか、
アタル様の心の中だけに留めておいていただきたいのです」
「他言無用ってやつですか」
「はい」
「それは……イヴにも?」
ジョンは何も言わず、ただ頷いてみせた。
現状、俺はまだ疑問を一個一個消化するだけで精一杯なのだが――
どうだろうな。
俺の意見だと、仮にも家族間でそのような、
周りを巻き込んでまでの秘密は持つべきではないと思っている。
だが、その一方で、どのような事情があろうとも、
それを赤の他人がどうこう言うのも筋違いだと思っている。
実際、そんな秘密なんてあってもなくても、現在のウィリアムス家の関係は良好だ。
少なくとも俺はそう感じ取っていた。
けど、それと同時に俺は既にイヴのことを赤の他人とは思っていない。
だから――
「すみません、その約束は出来かねます」
ジョンはとくに表情は崩さず、じっと俺の顔を見つめている。
その隠し事とやらが、イヴのことを想ってのことだというのもわかる。
だが、実際にそれがジョンの独り善がりで、傍から見た場合、
まったくべつの印象を……例えば、
イヴにとって隠しておく事が良くなかったと俺が判断した場合、
そうなった時、俺ははたしてイヴにそのことを黙っていられるのか?
答えはノーだ。
いくら口止めされたとしても、俺は約束を破ってしまうだろう。
それに――
「差し出がましいようですが、それを判断するのは俺でもジョンさんでもなく、
イヴ本人だと思います。あいつは、あなたが思っているほどガキじゃありません。
まだその秘密がなんなのかは俺には想像もできないですけど、
今のあいつには自分で悩んだり、考えたりする権利が、力があると思います」
「イヴ様ももう子どもではない……ですか……」
ここで初めてジョンが寂しそうにそうつぶやいた。
ジョンもバーバラもイヴを大事にしていることはわかる。
だが、同時にそれはイヴを信頼していないのと同義だと思える。
あいつは自分の死と仲間の死という、途轍もないものを乗り越えてきた。
この表現が適切かどうかはわからんが、あいつはもう十分過ぎるほどに大人だ。
だから、どのような事実があったとしても、
あいつはそれを乗り越えられるし、俺もそう信じている。
たとえ乗り越えるのが厳しかったとしても、俺が支えてやる。
それが、イヴを生き返らせた俺の責任だ。
「たしかにアタル様の仰る通り、イヴ様ももう子どもではないのかもしれません。
今ならここ2日の間に、イヴ様がどのようなことを経験してこられたのか、
なんとなくわかる気がします」
「すごかったですよ……マジで……」
俺はもう思い出したくもないけどな。
それはイヴも同じだろう。
「……承知致しました。伝えるか否かについては、アタル様の判断にお任せします」
「任せてください。きっちり責任をもって導いてやりますよ」
「〝イヴ様を騎士にしてほしい〟」
ジョンが今までにないほどまっすぐ俺の目を見て言う。
「騎士……ですか?」
「はい」
「それは……なんというか……」
「イヴ様の目標と同じ……で、ございますか?」
さすがにそりゃ知ってるよな。
本人は両親には隠してるふうに言ってはいたが。
だが、改めてジョンから俺に頼むという事は、
イヴの願いを叶えさせてあげたいから……ということだけじゃなさそうだ。
「ですが、イヴ様は騎士にならなくてはいけない御方なのです」
「それはどういう……?」
「はい。それにつきましてはまずイヴ様の、ゴルドーガ家について話さなければなりません」




