13話 【俺】と小休止と小羞恥
『ほんと、ありがとうございました、アタルさん。
あの場にいたのに私、ほんと何も出来なくて……』
「気にすんな。イヴにとってはそんくらいショックだったってことだろ」
『はい……じつは、解雇を告げられた時は、頭が真っ白で……』
「……まぁ、俺としては腹貫かれることや、
脚切り落とされることよりショックだったってことのほうがショックだったけどな」
『あ、あはは……精進します……』
事の顛末――
イヴの団での進退の件についてだが、拍子抜けするほどのものだった。
結果から言うと、アルベリックはあっさり俺の要求を飲んでくれた。
あいつは仮とはいえ、イヴの名前を団の名簿から消去することはしないと言った。
もちろん無条件ではない。
後日、何かしらのテストのようなものをクリアしたら、そこで晴れて、
〝七国騎士団スラット領ヘイフォーク村詰め所団員(仮)〟として本採用となる。
ちなみにそのテストとやらについてだが、アルベリックが考えてくるらしい。
適当だな。とも思ったが、そもそも前例が一件しかない以上、
このような場当たり的な対応になってしまうのも、仕方のない事かもしれない。
俺としてはきちんと騎士団として取り立ててやってほしいと思ったのだが、
イヴが言うにはそれはそれ、これはこれらしい。
イヴとしてはなるべく正規の手順を踏んで騎士になりたいのだとか。
「だけどなぁ……」
ついその場のノリでイヴの騎士団(仮)の残留を手助けしてしまったが、
この選択は、はたして正しかったのだろうか。
たしかにイヴがそれを望んでいるとはいえ、危険なことには変わりない。
あの教団の件だってそうだ。
このまま団に所属していれば、またあんな危険な目に遭うかもしれない。
むしろ本当にイヴのことを思うのであれば、俺はあそこで何も口を挟まず、
この件をなかったことにしたほうがよかったのではないか。……と考えてしまう。
『あの、アタルさん……』
イヴが遠慮がちに声をかけてくる。
こう見えて敏いやつだ。
おそらく俺の葛藤もわかっているのだろう。
「なんだ、腹でも減ったか」
『も、もう! 茶化さないでください!
……私、騎士になるって決めたので、責任なら、その、感じなくていいですからね』
まぁ、言いたいことはわかる。
こいつはこいつなりに俺に気を遣ってくれているんだろうけど――
「イヴ、おまえそういうところは年相応なのな」
『な、なんですか、急に……』
「もっと気楽に構えろ。割り切ってけ。
俺がおまえを利用しているように、おまえも俺を利用する。それでいいだろ」
『え!? アタルさん、私を利用してたんですか?』
「なんだ、気づかなかったのか?」
『ぜ、全然……気がつきませんでした……』
「……おう、いいか、この際教えといてやる。
賢い大人ってのは、相手が利用されていると気づかれずに利用し、
さらに感謝までされる人間なんだよ。今の俺と、おまえみたいにな」
俺がそう言うとイヴはそのまま黙り込んでしまった。
引け目を感じさせない為とはいえ、すこし脅かし過ぎてしまっただろうか。
というかぶっちゃけ、他にも言い方があったかもしれない。
まあでも、こういうのって誰が教えてくれるわけでもないし、
遅かれ早かれ、そのうち誰でも嫌というほど身に染みてわかるもんだし、
それなら今のうちから覚えておくだけでも教育になる……と思いたい。うん。
とにかく今はイヴに、
〝私を何に利用していたんですか!〟と詰められた時の言い訳でも考えておくか。
『……よかった』
「は?」
『私、きちんとアタルさんのお役に立ててたんですね』
その笑顔を見て、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
イヴはべつに引け目を感じていたというわけではなく、
どうにかして俺に恩を返そうと、役に立とうと考えていたのだ。
なんなんだ、この惨めな気持ちは。
上手く言いくるめてやろうと思ったら、
思ってもみなかった方向から返り討ちにされてしまった。
こいつ、もしかするとかなりの大物なのかもしれないぞ。
『ちなみに、私がどういうふうにアタルさんの役に立ってたか聞いてもいいですか?』
「それは……また考えとくわ」
『え? なんなんですか、それ』
◆◇◆
『アタルさん……!』
「う……ぐっ……」
甘かった。
そう、何もかもが甘かったんだ俺は。
あの時、俺はたしかに知り過ぎていた。
馬鹿丸出しで、初の異世界に舞い上がり、自身の好奇心を満たそうとした結果がこれだ。
たしかに、よくよく考えてみるとおかしな点はいくつもあった。疑問もあった。
だが、せめて手さえ出さなければ、こうはならなかった。
最悪のケースは未然に防げ――
「いや……、そうじゃない……!」
俺がこの世界に転生してから、イヴの体に乗り移ってから、
遅かれ早かれ、こうなることは決まっていたんだ。
けど、だからって、予めそう決定づけられていたとしても、簡単に諦められるわけがない。
そんなことをしてしまえば、今までのことがすべて水泡に帰してしまう。
運命を受け入れるか、抗うか。
諦めるか、誇り高く死ぬか。
その二択なら俺は、最後の最期まで後者を選ぶ。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
『いや、〝うおー〟じゃなくて、はやくお風呂入ってくださいってば!』
「俺は……死んでも、女湯には入らん!」
『だからって、お風呂屋さんの前で大声あげないでください!
恥ずかしいじゃないですか! 小さな村だから知り合いしかいないんですよ!?』
「ならもう風呂入るの止めない?」
『ダメですよ! 血とか汗とか泥とか油でベットベトのギットギトなんですから!
ていうか、気持ち悪くないんですか?』
「我慢できる」
『しないでください! ……もう! なら私に体返してくださいよ!』
「フン、それが出来るならやってるさ」
『なんで誇らしげなんですか……』
俺は今、村にひとつしかない銭湯にて究極の二択を迫られていた。
風呂に入るか、死ぬかだ。
御覧の通り、イヴは俺のまま裸になるのを屁とも思っていない。
最初は、
〝なんなんだ、この痴女は。この歳から性癖拗らせすぎだろ〟
なんて考えていたが、どうやらこの女、どういうわけか俺の事を女だと思ってやがる。
俺も俺ならイヴもイヴだ。
実体がないとはいえ、なぜ俺のようなダンディな声帯を持つ素敵な青年をつかまえて、
こともあろうに女と勘違いしているのだ。
まったくもって理解不能である。
……理解不能であるからこそ考えた。
そして、俺なりに結論を出してみた。
現在、イヴの体を借りて、イヴの体を通して、この世界に存在している俺だが、
当然、他人と会話するに際し、俺が使用している声帯はイヴのものであり、
生前の俺のものではない。
つまり俺が――
「イヴ、聞いてくれ。
じつは俺が元いた世界には、不特定多数と同じ湯に浸かる文化はないんだ」
と言えばイヴの声で外部に出力されるのだ。
ここまでは特に何も問題はないだろう。
魂は俺のものだが、声は……体はイヴのものなのだから。
だが、問題は――
『慣れてくださいアタルさん。公衆浴場はこの領の文化です』
この念話である。
厳密に言うと魂側からの会話は念話とは違うのだが、この際それは無視する。
要するに、さきほどイヴが発した念話はイヴの声で聞こえているのだ。
だったら、俺の念話はイヴにはどう聞こえているのか?
答えは簡単だ。
おそらく俺が念話で使用している声も、
イヴの声で出力されていると考えるのが自然だ。
ならなぜ、イヴは自分の声を他人の声だと錯覚しているのかだが、
自分の声というものは自分が聞いている声と、
他人が聞いている声とで全くの別物なのだ。
さらに俺とイヴは話し方や抑揚の付け方までまるっきり違う。
だからイヴは俺の声のことを他人の声であると錯覚しているのだろう。
話がすこし横道に逸れたが、とどのつまり、
〝イヴは少女の皮をかぶったおっさんを裸に剥き、
あまつさえ女湯へ投入しようとしているのである〟
さらに質が悪いのは、彼女には一切の自覚症状がないということ。
もしこの後、何かの拍子でこの真実が明るみに出たらどうなる?
最悪、イヴ・ウィリアムスという少女は死を選ぶだろう。
騎士を志すほどの高潔な精神を持つなら、潔く自身に刃を突き立てるであろう。
……とは思わないが、一生モノのトラウマとして、黒歴史として、
彼女の心に深く刻み込まれることは、もはや明々白々である。
そして俺は! 今まさに! 彼女を救うべく!
銭湯の前で腕を組んで仁王立ちしているのだ!
「……勘弁してくれ、どこの世界に見ず知らずの他人の裸を拝み倒す文化があるんだ」
『ちょ、それなんか小馬鹿にしてませんか!? 私たちの文化!』
「そう聞こえなかったのなら俺の言い方が悪かったんだろうな」
『あのですね、いいですか、昔々、この国では疫病が流行っていて――』
「聞かんでもわかる。要するに国民総不潔だったから、病気が流行ったんだろ。
だから格安で利用できる入浴施設を政府が設けたんだ」
『……ですね』
「だが、それでなぜ多人数と一緒に入らなければならん!
個々人で勝手に済ますことだって出来ただろ!」
『それは……ていうか! そんなこと言っても、今さらどうにもなりませんよ!』
「なるし!」
『はぁ……もうやめましょうよ、こんな言い合い。あるものはある。ないものはない。
割り切れって言ってたのはアタルさんじゃなかったですか?』
「ぐぬぬ……!」
やばい負けそうだ。
こうなったら聞こえないふりでもしてみるか。
「ほらほら、イヴちゃん。何してるの入り口で」
そう言って建物の中から出てきたのはイヴの母親バーバラ。
一見、姉かと見紛うほど若く綺麗だが、イヴの歳ならこの若さもあり得……るのだろうか。
とにかく、相当な若さでイヴを出産したのは間違いない。
片や、今この場には居ないが、父親ジョンのほうはというと、
白髪や白髭が混じった既に初老近くの恰幅の良い男性だった。
色々と複雑な家庭事情がありそうだと感じたのは、
おそらく俺がこの世界の人間ではないからだろう。
しかし、その愛情は本物だ。
イヴのご両親はイヴのことをとても心配していた。
俺が姿を見せると、ふたりともすぐに駆け寄ってきて泣きながら抱擁してくれた。
普段、他人に物理的に近寄られることにひどく抵抗を覚える俺だが、
なぜかこの時だけは、そういった感情が一切表に出ることはなかった。
本当に良いご両親なのだろう。
もちろんあれこれと尋ねられたが、肝心な箇所は覚えていないとぼかしておいた。
騎士団長もああ言っていたことだし、たとえ肉親とはいえ――
「さっさと入るわよー」
「ちょ、うわわわわわわわわわ……!?」
俺は母親に腕を掴まれ、ずりずりと禁足地の中へ引きずられていった。
あれよあれよという間に着ているものを脱がされていき、
気が付いたらすっぽんぽんになって、浴室で丹念に上から下まで体を洗われていた。
「あれ、イヴちゃん見ない間に結構成長した?」
「アッーーー!!」
それからの俺の記憶は定かではない。
中で何が起きて、何が起きなかったのか、それを詳細に記録することを俺の魂は拒んだ。
ただひとつだけ、誓いというかこの時俺は俺自身に枷を掛けた。
今後一切、イヴに男であることは伏せておこう、と。




