12話 【俺】と異世界転生者
――あああああああああああああああああ!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!
雄叫びをあげながら、砂煙を巻き上げながらやってきたのは、人ではない何かの集合体。
本来なら俺はそれに対し恐怖したり、身構えたりするのだろうが、
今の俺にはそういった警戒心は微塵もない。
なぜならそれらがマヌケに見えたからだ。
グレー、ブラック、オフホワイトのスウェットを着た青肌の集団だったからだ。
……あれ、よく考えたら怖いなこの状況。
「おー! みんなー!」
さきほどまでアルベリックにガンを飛ばしていたアズモディアスが気安い声をあげる。
あの外見と服装からなんとなくわかってはいたが、やはりこの魔王の知り合いだったか。
集団は俺たちの真ん前まで止まると、肩で息をしながら涙目を浮かべていた。
「あの、アズモディアスさん……これは……?」
なるべく関わり合いになりたくはないが、処理しないことには先へ進めない。
そう考えた俺は渋々アズモディアスに尋ねようとするが――
「はあ……はあ……はあ……アズモディアス様ァッ!」
アルベリックと同じくらい厳つい青肌の男が、涙ながらに魔王に詰め寄った。
「ファー君、どうしたの?」
「〝どうしたの?〟じゃあありませんぞ! アズモディアス様! 探しましたぞ!」
「わはは、わざわざおつかれっスな」
「いきなり仕事場から消えたと思ったら……! 貴女という御方は!!」
どうやらファー君がアズモディアスを糾弾しているように見えるが……仕事?
魔王という立場を考えるに……公務的なことだろうか?
だが今回の、天使との一件についてはどう考えても緊急性の高い案件だったはずだ。
アズモディアスの落ち度はあまりないように思えるが……。
「〆切り、今日までなんですよ!?」
しめきり?
「あれ? そだったスか? 明日だった気も……」
アズモディアスがわざとらしくトボけた瞬間、
今まで沈黙を貫いていた集団のあちこちから声が上がり始めた。
「またかよ!」
「あんたって悪魔は……!」
「学習しねえなあ!」
「この悪魔でなし!」
「ゴミ魔王!」
「クズ魔王!」
「ヘタレ魔王!」
「万年サボり魔王!」
「シンプルにくたばれ!」
「複雑に生き抜け!」
「地獄へ帰れ!」
「むしろ一緒に帰ろう!」
青肌のスウェット集団が堰を切ったように次々とアズモディアスを非難していく。
「よよよ……イヴちゃん……あたし、いじめられてるっス……ケテスタ」
アズモディアスが半べそをかきながら俺にしな垂れかかってくる。
「あ! あの魔王、よりによって未成年に助け求めやがった!」
「許せねえ!」
「恥を知れ、恥を!」
未成年か否かはこの場合関係ないとは思うが……正直うざい。
俺としてはいち早くこの茶番を終わらせたいが、
周りの圧力がそれを許さないと言っている。……気がする。
「ええっと……アズモディアスさん? こちらの方々とはどういったご関係で……」
「この子たちはアシスタントっスよ」
「アシスタント? 何の?」
「漫画の」
「マ!?」
一瞬頭がフリーズする。
まさか異世界に来てまでその単語を耳にするとは思っていなかった。
「ま、漫画……描いてんの……ですか?」
「描いてるっスよ」
「趣味で?」
「仕事で」
「し、職業……魔王じゃなかったっけ? 領主とか、なんかそんなん……」
「魔王は肩書き。領主はお飾り。しかしてその本職は……エロ漫画家なんス」
「エッッッッッッッ!?」
再度頭がフリーズする。……よりにもよって成人向けって。
青肌たちの言っていた未成年うんぬんって、こういうことだったのか。
アシスタントたちに詰められていたエロ漫画家が未成年へ助けを求めたら、
そりゃアシスタントたちも微妙な顔になるか。
「……おや、あたし色を司るって言ってなかったっけ?」
「カラーって意味じゃなかったのかよ!」
そもそもそういう意味だとしても、わざわざ魔王が漫画描いてるなんて発想でないだろ。
「うん? ……ちょっと待てよ」
フリーズしていた頭が、解凍したショックで動き出す。
今まで頭の片隅にあった小さな違和感が、カチカチとパズルのように収まっていく。
「エロ漫画に、アシスタントに、チートに、野暮ったいスウェット……」
もしかして、かなり浸透してないか?
異世界の文化が。
それはつまり、この世界には俺の他にも転生者はいる。
そしておそらくそいつは、俺と同じ世界から来たやつだ。
「あ、ちょ、コラ! 何するんスか!」
アズモディアスが珍しく慌てたような声をあげる。
視線を戻すと、アシスタントたちに大玉送りの玉のように抱えあげられていた。
「まだイヴちゃんに言うことがあるんスって!」
「またそんなこと言って! 逃げる気じゃないでしょうね!」
ファー君と呼ばれていた青肌が答える。
「あと5分!」
「5分は長い!」
「じゃあ1分!」
アズモディアスがそう食い下がると、連中はピタッと口をつぐんだ。
彼女はそれを確認すると、その体勢のまま視線だけを俺に寄こしてきた。
「イヴちゃん、もっといろいろ知りたいなら東雲紫乃を尋ねるっス」
「いろいろって……」
それに東雲って、誰だ?
『シッッッッッッッ!?』
今度は今まで静かだったイヴのほうから奇声があがる。
俺にはピンと来ない名前だが、イヴには心当たりがあるようだ。
それにしても〝しののめ〟か。
日本人みたいな名前だけど、まさかそいつが――
「それと……」
再びアズモディアスに視線を戻すが、彼女は俺のほうではなく、
この事態を静観していたアルベリックを見ていた。
「……ま、いっか」
「は?」
「しのちいに会うなら、このくらいは乗り切ってほしいっスね」
「乗り切る?」
何を?
いや、これは俺ではなくアルベリックに言っているのか?
「本当はまだまだたくさん話したい事とかあるんスけど……、
それはまた次会った時のお楽しみってことで」
結局、アズモディアスは言いたい事だけ言ってしまうと、
俺の返事も聞かず、そのままアシスタントたちに連れていかれてしまった。
魔王としてこれ以上ないくらい情けない運ばれ方なのに、
なぜかその表情が清々しく見えるのは気のせいだろうか。
とはいえ、実際アズモディアスにはかなり世話になった。
あいつの言う通り、またどこかで会う機会があったら、
その時は菓子折りのひとつでも持って挨拶にいこう。
段々と遠くなっていく地鳴りと砂煙をそんな事を考えながら見送っていると、
驚いたようにアルベリックが話しかけてきた。
「まさかイヴさんが東雲様とも知り合いだったとは……」
アルベリックまでその東雲のことについて知っているのか。
そう考えてみると、そいつは結構な有名人なのだろう。
だが、当たり前だが俺は知り合いという訳じゃない。
イヴも、さっきのあの反応を見る限り――
『んんんんんんんんんんんんんんん!!』
頭を必死に横に振る人魂。
思った通り、ただこいつが一方的に知っているだけみたいだな。
「いえ、知り合いというわけでは……」
「おや、そうでしたか。それは失礼いたしました。
アズモディアス様の口ぶりですと、てっきり知り合いなのかと」
このままアルベリックに東雲について訊いてみたいが、
かなりの有名人みたいだし、逆に俺から訊けば変に思われるかもしれない。
しょうがない。
〝東雲〟のことについてはイヴに後で訊いてみるか。
じゃあまずはアルベリックを見送ってから、その後はイヴの家に――
「ああ、そうだ、イヴさん。帰られる前にひとつよろしいでしょうか?」
「え? ああ、はい。どうぞ」
急にどうしたのだろう。
「アズモディアス様との会話で思い出したのですが、
失礼ですが、イヴさんの名前をこちらの団の名簿にて確認させていただきました」
「名簿って……」
それがどうかしたのだろうか。
仮だったとはいえ、いちおう騎士という肩書で活動していたのだから、
名簿にイヴの名前があっても変ではないはずだ。
わざわざこうやって話すようなことでもないだろうに。
なんて思っていると、隣のイヴが青い顔をしてガクガクと震え出した。
「その反応、どうやらご存じではなかったようですね」
「え?」
「騎士という称号を名乗れるのは原則として男性のみ。
つまり騎士団という集団において基本的に女性は禁制なのです」
「はあ」
それに関してもとくべつ変な話じゃない。
単に性差の問題だけでなく、この世界の価値観の問題も孕んでいるのだから。
部外者というか新参の俺がそれに対して、どうこう口を挟むべきじゃない。
だが、なんなんだ、この違和感は。
何か重大な問題を見落としているというのだろうか。
「……うん? 女人禁制って、もしかして――」
直感。
それを感じた瞬間、全身からブワッと嫌な汗が噴き出す。
むしろ、なぜ今まで気がつかなかったのか。
俺は体にぴったりとフィットしていた鎧を脱ぎ、インナーの上から胸を触った。
「ある」
下を確かめるまでもなく、ある。
そしてこの大きさは誤差の範囲という域から遥かに逸脱している。
いや待て。待ってくれ。言いたいことはわかる。
だが、俺にもイヴを男だと勘違いしてしまった理由はきちんとあるのだ。
外見の無頓着さ加減、短い髪型。
騎士見習いという肩書きや、年の割に肝が据わっていたり、結構筋力があったりと、
男と見紛う点や、男と勘違いしてしまいかねない点はいくつもある。
まぁ、たしかに肌が白過ぎたり、妙に顔が整っているなとは思っていた。
しかしそれは――
「あの……失礼、一体何を?」
アルベリックが困惑したような表情を浮かべている。
そりゃそうだ。
急に何か思い立ったように、少女が自分の胸を揉みしだいているのだからな。
いや、うだうだ言い訳を考えるよりも、今はイヴに謝るのが先だ。
『すまん! イヴ!
これは不可抗力……ではないのかもしれないし、
女だったのが意外だったから……というわけでもないんだが……』
わからん。この場合どう謝るのが正解なのか。
これ以上迂闊な発言は出来ないし、現時点で既になんか二重で失礼だし、
いっそのこと死ぬほど詰ってくれれば、幾分か気は楽になるのだが――
『あわ……あわわわわ……』
見るとイヴが目を白黒させ、これ以上ないほどに狼狽えていた。
まるでさっきまでの俺の失言や失態などは見えてなかったように。
そういえば、イヴの夢って騎士になることじゃなかったか。
「ではイヴさん、こちらのほうでこの登録を抹消させていただきますが構いませんね」
……なるほどな。
テンパり過ぎて、他のことに気を回せなかったのか。
ここは俺の罪滅ぼしもかねて、なんとかならないか交渉してみよう。
「アルベリック様、私から申し上げるのも筋違いだとは思いますが、
登録抹消についてですが、どうかご容赦願えませんか?」
「それは……イヴさんがこれからも騎士を続けたいと?」
「はい。それに、さきほどアルベリック様は仰いました。
〝原則として、基本的に、女性が団に所属することは不可能〟だと」
「……たしかに、騎士団で唯一の女性である東雲という例外はありますが……」
これは――
苦し紛れというか、言葉尻を捕らえるつもりで放った言葉から思わぬ情報が釣れた。
〝東雲紫乃は女性であり騎士である〟
つまり、イヴも東雲と同じようなことをすれば、
たとえ性別が女であっても団に取り合ってもらえるということ。
なら次に考えるべきは、彼女のなにが例外だったのかだが――
これに関しては、大体予想は出来ている。
東雲紫乃という和名と思しき名前、そしてアズモディアスが残した言葉。
これらを統合して考えると、彼女は十中八九俺と同じ異世界転生者ということになる。
ならここでアルベリックに俺が異世界から来たことを告げれば――
「……いやいや」
よく考えろ。アズモディアスもみだりに身分を明かすなと言っていた。
それに〝もっといろいろ知りたいなら東雲紫乃を尋ねるっス〟というあの言葉、
アズモディアスは俺が東雲に対して何について訊くかを言わなかった。
ただ時間がなかったから簡潔に伝えた結果、そういう言い回しになった。
……という可能性もあるが、俺は、
あの魔王がそれだけの理由で曖昧な物言いになったとは思えない。
あれはあえて伝えなかった可能性のほうが高いと思う。
なぜなら、あの場所にはアルベリックをはじめ、他にもたくさんの青肌がいたからだ。
俺の正体を隠すためだったのか、
そもそも転生者の存在自体を隠そうとしていたのかはわからない。
だが、アズモディアスはあえてあの場で転生者について言及しなかった。
ならば俺はそれをサインと捉える。
要するに、東雲は周囲には転生者と認知されずに騎士になったということだ。
そして彼女には転生者以外に何か、騎士たらしめんとする例外があった。
「……うでっぷし」
アルベリックの反応を確かめながら、ぼそりと呟く俺。
正直、その例外が何なのかはわからない。
だが、やはり騎士に必要とされていることで、
一般的に女性が男性に劣るものといえば、もうそれ以外には考えられない。
「はい?」
「確かめてくれませんか、私のうでっぷしがその辺の騎士に劣るかどうかを」




