11話 【俺】と七国騎士団団長 ①
『あ、見えてきましたよ! アタルさん! あそこがヘイフォーク村です!』
緩やかな峠を登り終えた俺たちの眼下に、ようやく村が見えてきた。
陽が昇り始めた頃から行動を開始してから、森の中を体感時間で約2時間ほど。
辺りは俺の気分とは裏腹に、すっかり明るくなっていた。
『イヴ……おまえ、相当な低血圧だろ……』
『え? あ、あはは……すみません、わかりますか? 朝弱いんですよね、私』
『笑い事じゃねえよ……朝からこんな歩かされて……地獄だったわマジで……』
『アズモディアス様でも治せなかったんですかね、私の寝起きの悪さ』
『いや、治癒魔法で体質は改善しないだろ』
『そうなんですね。ならその点、この体も案外悪くないかもしれません。疲れませんし』
『なら一生そのまま過ごしてみるか?』
『えっと……勘弁してください……』
「そういえばアタルくん、イヴちゃんに体返さなかったんスね」
今度は隣を歩いていたアズモディアスが話しかけてくる。
こうして並んでみてわかったことだが、案外この魔王、背が低い。
角を除けば、頭のてっぺんがイヴの肩までしかない。
今もこうして俺を見上げながら話している。
おそらくその無駄に立派な角が成長を阻害していたのだろう。
おかげで昨晩ほどの威圧感というか、圧迫感のようなものを感じない。
それにしても、
上下グレーのスウェットに便所サンダルの組み合わせは何度見ても慣れんな。
「そもそもどうやって入れ替わったかわかってないので……」
「そうなんスか? でも実際、何度か入れ替われたんスよね?」
「はい。一度目はイヴが目を覚ましたとき自然に、
二度目は人魂の状態で思い切り体にぶつかってみたら入れ替わっていました」
「じゃあ、もう一度ぶつかってみたらどうスか?」
「それが、じつは昨晩何度か試してみたのですが……」
「ダメだったと」
「そうですね。……アズモディアスさんはこのことについて何か……」
「いやあ、悪いけどあたしじゃ力になれねっス」
「そうですか……」
まぁ、天使も魔王も人魂が見えていなかった時点で望み薄だったんだがな。
この問題に関しては俺とイヴでなんとかするしかないだろう。
俺だって、いつまでもイヴの体を借りておくわけにはいかない。
「ほら、それよりもどスか、アタルくん」
「なにがです?」
「ヘイフォーク村といえば、肥沃な土地と綺麗な川が作る農作物で有名なんスよ」
「へぇ……」
「なんスか、その気の抜けた返事は。アタルくんの世界と比べてどうスか?」
アズモディアスに言われ、改めてヘイフォーク村を見る。
陽光を照らし返す薄緑色の草原に、深緑の木々のグラデーション。
そこら中に点在する藁葺き屋根の木造建築には配置の一貫性はなく、
何軒かで固まっていたりポツンと一軒家があったり様々である。
農村というからには穀倉地帯というか、
辺り一面の金色の麦畑なんかを想像していたが、
自給自足とプラスアルファ困らない程度の規模の畑しか見えない。
とはいえ、家庭菜園と呼ぶには上等すぎるくらいだろう。
そして何より目を引くのが、アズモディアスも言っていた川だ。
川幅は広く、畔には数えられるほどだが風車もある。
長さは地平の先まで続いており、それが村の中心を横断するように東西に延びている。
目を凝らせば農作業をしている大人の姿や、川遊びをしている子どもの姿も確認できる。
村には、特にこれといって異常は見受けられない。
一言で言えば長閑な村。
ただ――
「ようやく、異世界へ来たんだなと」
今までもたしかに現実離れしていたし、異世界みを感じていなかったわけじゃない。
けど、そもそも実感を持つ間もなかったというか、息つく暇すらなかった。
戦いに次ぐ戦い。
その果てに育まれる戦友との友情。
みたいなのも、もちろん嫌いじゃない。むしろ好きだ。
けど、それはあくまで第三者側の視点から見たり読んだりするのが好きなだけで、
決して当事者になりたいわけではないのだ。
つまり何が言いたいのかと言うと、
今、この瞬間、ようやく異世界へ来たのだという実感が湧いてきたことに、
俺は猛烈に感動しているということが言いたいのだ。
「え~、なんスかその感想」
心打ち震えている俺を他所にアズモディアスは楽しそうに笑った。
「……それにしても、アズモディアスさんの部下という方はいらっしゃらないですね」
「たしかに。わざわざあたしが来てんスから、即挨拶に来てもいいもんなんスけど……」
魔王の部下というからには、やはり同じく魔族だったりするのだろう。
だが、いくら村を見渡してみても、それっぽい者は見当たらない。
『ここからすこし離れたところに騎士団詰め所があるんですよ』
『じゃあ、アズモディアスの部下もそこにいるかもって?』
『わかりません。……それに、もしあの状況から誰か生き残っていたのなら……』
イヴはその先は言わずに黙り込んでしまった。
そうだよな。
生存確認込みで、イヴは早く村へ帰ってきたかったはずなんだ。
ただ、やはりこの村の現状を見る限りそれも絶望的に思える。
もし誰かあの中のひとりでも戻っていたのなら、
村民というか、村の雰囲気がこんなにも安穏としているわけがない。
まずその可能性は限りなく低いだろう。
とはいえ、ここで俺がそのことをイヴに言ったとしても、
それはいたずらにあいつの不安を煽るだけだ。
年齢の割に多少大人びて見える時もあるが、肉体的にも精神的にもイヴはまだガキ。
ただでさえあんな凄惨な光景を見てしまったんだ。
いつあいつの心が壊れてしまってもおかしくはない。
俺もそこんところは、細心の注意を払うべきだな。
それに、何も生き残っている可能性が完全にゼロというわけでもない。
『……ま、そうかもな。イヴ、とりあえずそこまで案内頼めるか?』
『はい! ついてきてください!』
◆◇◆
〝七国騎士団スラット領ヘイフォーク村詰め所〟
村の家々が点在している川辺から少し離れた場所。
長ったらしい看板を掲げている割に、
肝心の建物は村の家屋と変わったところはなく、庭がそこそこ広いくらい。
イヴはそこで日夜、家の手伝いをする傍ら鍛錬に励んでいるらしい。
ちなみに村にいる騎士はノーマンという中年の男がひとりだけ。
そもそも、イヴのなりたがっている騎士というのは気軽に名乗れる職業ではなく、
国の定められた機関で然るべき課程を修めた人間にのみ名乗る事が出来るのだとか。
有り体に言えばエリートである。
そして今、俺たちの目の前にいる男こそが――
「アルベリック・シャドウブレイドと申します。以後お見知りおきを」
〝アズモディアス様の部下にして、数ある騎士の中でもトップオブザトップ!
この世界にたった7人しかいない 七国騎士団団長のひとりなんです!〟
と、イヴが多少興奮した様子で嬉々として語っていた。
ちなみにその外見は、アズモディアスの部下という割に普通の人間のように見える。
……うまく擬態しているのだろうか。
とはいえ、顔だけ見ればただの女顔のイケメンだ。
切れ長の目に三白眼、黒髪のセンターパートにアイドル顔負けの爽やかな笑顔。
さきほどまで村の女性たちに取り囲まれていたのもわかる。
だが、ひとたび顔から視線を下げると、
その甘いマスクとは不釣り合いなほどの屈強な体が主張してくる。
身長は目測ではあるが2mほど。
そして白く清潔感のある、ダブルボタンの軍服の下から自慢の筋肉が主張している。
肩や二の腕の筋肉は顔と同じくらいデカく、
太ももやふくらはぎも形がわかるほどパツンパツンになっている。
『アタルさん! 挨拶! 挨拶!』
「……はっ!?」
イヴの声で我に返る。
どうやら凄まじい鍛錬の成果に見惚れてしまっていたようだ。
なんというか、生物としての敗北を感じる。
「す、すみません。イヴ・ウィリアムスと申します」
「イヴさん。いいお名前ですね」
「あ、ありがとうございます」
アルベリックはそう言って右手を差し出してきた。
しかしその手には黒い革の手袋がはめられている。
アルベリックの態度を見るに、特に俺を軽んじている様子はない。
おそらくこの世界では握手をするとき、手袋を外す文化はないのだろう。
俺はその大きな手をしっかりと握り、握手に応じた。
「イヴさんはこちらの詰め所の見習い騎士……ということでよろしかったでしょうか?」
「はい。そうです」
「では私がここにいる理由ですが、イヴさんにはもう察しがついているのでは?」
いきなり本題か。色々と省いてきたな。
それほどまでに事態は急を要しているのがわかる。
「近くの森での一件ですね」
「はい。……その件については、この度はなんと謝罪を申し上げたら……」
「いえ、アルベリック様の責任では……」
イヴをはじめ、この村の人の心境を考えたら色々と複雑だとは思う。
だが、長閑な村の郊外でこんな事態が起こるなんて、誰にも予測は出来ないだろう。
たとえ責任があったとしても、悪いのはあの一団だ。
「あの、この村の様子を見るに、アルベリック様はまだ……?」
「はい。今回のことについては、まだ村民の誰にも伝えてはおりません」
「それはやはり混乱するからですか?」
「そうですね。それと、まだ不確定な情報が多すぎます。
事実確認をしっかりととったうえで、改めて正式な形でお知らせしようかと」
「そうですか……」
そりゃそうだ。
ありのままの事実を突きつけたところで、村人たちはただ混乱するだけ。
それに理由もわからずに肉親が殺されたとなれば、感情のはけ口もわからなくなる。
アルベリックの考えは理にかなっている。
けど、やっぱりちょっとモヤモヤする。
すくなくとも男たちが村を出て一日、さらに音沙汰すらないのに、
誰もそのことについて気に留めている様子はない。
アルベリックはそのへんの事情を含めて、
何か村人たちが安心するような事を言ったのだろうか。
『アタルさん、アズモディアス様のこと、言わなくていいんですか?』
「ん? ……ああ、そうだったな。あの、アルベリック様」
「なんですか?」
「アズモディアス様のことですが……」
「アズモディアス様……が、ここにいらっしゃるのですか?」
「え? ああ、はい……」
どういうことだ?
アズモディアスの話だと、あの森へはアルベリックと一緒に来ていたと言ってたよな。
けど、今の反応はまるで知らなかったとでも言いたげだ。
「もしかして、アズモディアス様は俺の治療を終えたら、
元々そのまま帰るおつもりだったのでしょうか?」
「……そうですね。まさか村にまでおいでになるとは思っていませんでした」
なるほど、そういうことね。
あの魔王、部下からの信頼はあまりないと見える。
「よっぽどイヴさんのことを気に入られたのでしょうね」
「ま、まぁ……いろいろと……」
曖昧な返事をする俺。
たしかに異世界人であることにあの魔王は食いついていたけど、
さすがにこの人にまで打ち明ける必要はないよな。
アズモディアスも異世界人であることはあまり言うなって言ってたし。
「それより、アズモディアス様についてですが、今は村を見回っています」
「村を?」
「はい。村の視察……もとい新鮮な野菜の調達とおっしゃっていました」
「ははは……あの方らしい……」
アルベリックが乾いた笑みを浮かべる。
どうやら部下は部下でそれなりの気苦労はありそうだ。
まぁ、あんなのが上司だなんてあまり考えたくないしな。
「……さて、では私はもうこの辺で」
「あれ? もういいんですか?」
まだ色々と訊かれると思っていたが、もう十分ということだろうか。
まぁ、昨日からこの村に居たとアズモディアスから聞いていたし、
目ぼしい情報は粗方手に入れているのかもしれない。
「はい。とりあえずイヴさんの……生存者の確認ができたので、
これからまた中央に戻り、今回の件の報告と新たな騎士の手配を――」
「お? アルじゃないスか!」
アルベリックの言葉を遮るようにして能天気な声が響く。
振り返ると、そこには両腕いっぱいに野菜を抱えたアズモディアスが立っていた。
俺が軽く会釈をすると、彼女はそのままとたとたと小走りで近づいてきた。
「イヴちゃんも、もうアルと会えたんスね」
「はい。アズモディアスさんも、いい買い物ができたみたいで」
「やっぱこの村の野菜はどれもいいっスね。じゃあ、ほい」
アズモディアスはそう言うと持っていた野菜を全て俺に渡してきた。
「え? これ……?」
「これ食って寝たらもう大丈夫っスよ」
「は、はぁ……」
一瞬面食らってしまったが、彼女は彼女で俺のことを考えてくれていたらしい。
ナスにトマトにきゅうり……どれもこれも色つやのいい野菜である。
異世界だからといって、この辺りは特に差異はなさそうだ。
「ありがとうございます、アズモディアスさん」
「だからいいんスよ、お礼なんて。あたしがしたいからしてるだけっス。
……で、ふたりはどこまで話したんスか?」
「新しいことは特に……それと、アルベリック様はこれから帰られるのだとか」
「あれ? そう?」
アズモディアスがアルベリックに視線をやると、彼はぎこちなく笑ってみせた。
やっぱり、ふたりの仲はあまりよくないようだ。
まぁ、普段どんなことを喋ってるかとか想像できないからな、このふたり。
ただ――
「じー……」
アズモディアスが必要以上にアルベリックの顔を見てる気がする。
というより分厚い眼鏡のせいでいまいちわからんが、なんか睨みつけてないか?
仲がよくないとはいえ、ここで喧嘩とかマジでやめてほしいんだが……。
「あの、なにか……」
たまらずアルベリックのほうから切り出す。
「なんていうかキミさあ――」
ドドドドドドドドド……!!
「な、なんだ……!?」
突然、地鳴りのような音が鳴り響く。
地震かと思ったのも束の間、俺たちがやって来た森とは逆のほう――
何かが大挙して、押し寄せてきた。




