9話 【俺】と魔王の出会い ①
前回のあらすじ。
気絶から目を覚ますと俺の目の前に魔王様がいました。
どうやら俺はまた別の世界へと転生してしまったのかもしれない。
「いいや? キミはべつに転生なんてしてないっスよ?」
「……あの、勝手に俺の思考を読むのはやめてもらっても……」
「え~? あはは、いやだなあ。他人の思考なんて読めるわけないじゃないっスか」
どう考えても当てずっぽうで言い当てられる範疇を逸脱している気がするが――
まあいい。ここはあえて深追いはしないでおこう。
「それで……あの、ここは……?」
俺がいる場所は、端的に言うとクレーター……みたいな場所。
まるで隕石でも降って出来たかのような、大きな穴の中心に俺はいた。
「言ったはずっスよ。キミは転生してないって」
「……ええっと、つまり場所は移動していない……?」
「うんうん、脳は正常に働いてるみたいっスね」
なんか癪に障る言い方だな。
「まあまあ、そんなにイライラしないで」
「い、いえ……! 決してそのようなことは……!」
今のは完全に俺の表情に出ていたな。
とはいえ、やはりこの穴は魔力暴走が起きた跡ということになるのだろう。
「こっちはきちんと治ってるかどうかも確認しなきゃなんないスからね」
「な、治る?」
そう言われ、俺は違和感に気づく。
いや、正確に言うと違和感を感じなくなっていると言うべきか。
感じてしかるべきものが感じられないでいる。
あの耐え難い痛みや、全身を包んでいた倦怠感がきれいさっぱり感じなくなっている。
そしてなによりも脚だ。
ラファヤに切り落とされたはずの脚が何事もなかったようにくっついている。
試しに切られたほうの足の指を曲げたり伸ばしたりしてみるが――
「どんな感じっスか?」
突然、魔王がその青く細長い指を俺の足指に絡めてくる。
「ちょ?!」
思った以上にその手がひんやりとしていた為、
俺は反射的に足を引っ込めようとするが、がっしりと掴まれていて動かせない。
「ちゃんと感覚あるっスか? 問題なく動かせるっスか?」
魔王はそう言いながら丁寧に指の間をこすったり、つま先をなぞったりしてくる。
「と、特に問題はない……です……けど、なんか触り方いやらしくないですか!?」
「なに変に意識してんスか」
「いやだって……」
こそばゆいのかなんなのか、
魔王が指を動かすたびにぞくぞくと電気みたいな快感が背筋を走る。
「これはれっきとした医療行為っスよ」
「医療行為……て、やっぱりこの脚は魔王様が……?」
「探すの苦労したんスよ~キミの脚」
そんな脱げた靴みたいに言われても……というか、
なぜわざわざ魔王が俺のことを治療したんだ?
天使と戦っていたから仲間……とでも思われたとかか?
……いや、違うな。とにかく今は――
「ありがとうございました」
「ん? なにが?」
「おれ……私のことを助けてくれたんですよね?」
「ああ、そんなの気にしなくていいっスよ」
「え?」
「困ってる人がいたら助ける! ……それが魔王としての責務っスからね」
およそ魔王の口から出たとは思えない言葉に、思わず訊き返しそうになるが、
ふとイヴが悪魔を様付けで呼んでいたことが思い起こされる。
もしかするとこの世界において悪魔や魔王という存在は、
俺が抱いているような邪悪なイメージではないのではないか。
というか今さらだが、イヴはどこだ?
俺が起きたらいの一番に声をかけてきそうだが――
「それに、あたしに様なんてつけなくていっスよ。あと敬語も。
もっと親しみを込めて、あっちゃんとか、もっさんでいいっス」
「いや、さすがにそれは……」
いくらなんでも見ず知らずの魔王に対してそれはハードルが高すぎる。
「あの……それで、魔王様――」
「魔王様じゃなくてえ?」
「アズモディアス……さん」
「うーん……ま、及第点」
「アズモディアスさんは、ここらへんでその……人魂みたいなものを見ませんでしたか?」
望み薄ではあるが、いちおう訊いてみる。
天使には見えていなかったが、魔王なら見えていてもおかしくない。
「ヒトダマ……見てないっスけど」
「本当ですか?」
「ウソついてどうするんスか」
「まぁ……そうですよね……」
参ったな。
魔王にも天使にも見えないという事は、普通の人間なんてもってのほかだろう。
そんなものをノーヒントで見つけなければならないのか……。
「その人魂がどうかしたんスか?」
「あー……えっと……」
まあ、そう返されるのが自然な流れだよな。
〝ヒトダマ〟について説明するとなると、
それに際し、まずはこれまでの経緯についても話さなければならない。
デメリットとしては、今のこの関係性が敵対に変わるかもしれないということ。
ラファヤのように急に襲われたりすることは……今のところなさそうだが、
それを話したことで急に襲い掛かってくる可能性だってある。
メリットはイヴを探すにあたって、
何かしらの役に立つ情報が得られる……かもしれないということ。
天使やら魔王やら、この世界にはまだまだ俺の知らない謎が多すぎる。
あえて俺の素性を詳らかにし、現在置かれている状況を共有することによって、
何かクリティカルな助言を得られるかもしれない。
問題は、どちらもその可能性があるというだけ。
いや、そもそもこの友好(?)的な関係性を崩す可能性がある分、
話すことに対するデメリットのほうが明らかに大きい。
だが――
「あの、アズモディアスさん」
「うん? なんスか、急に真面目な顔になっちゃって」
「すこし長くなるかもしれませんが、私……俺の話を聞いてくれませんか」
イヴを探し出せる可能性が僅かでもあるのなら、俺はそれに賭ける。
アズモディアスはゆっくりと頷くと、俺はこれまでの経緯を包み隠さず話した。
◆◇◆
「なるほどねえ……ヨシフジアタル……異世界人……」
アズモディアスは俺の話を聞き終えると、何度も咀嚼するように頷いてみせた。
「あ、ちなみにスけどそれ、あんまり他の人、特に天使には言わないほうがいいっスよ」
「へ?」
「まず間違いなく殺されるっスから」
「こ、ころ……っ!?」
「長く生きてると、たまにその場のノリで一生を棒に振る人間とか見るんスけど、
アタルくんがまさしくそれっスね。気を付けたほうがいいっスよ」
「……返す言葉もありません」
「ま、そっちのほうが好感もてるのは確かスけどね。あたしは好きっスよ」
これは……もしかして、あれか?
いま励まされてるのか? 俺は?
「そ、それより、この世界の天使ってそんなに過激派なんですか?」
「おや? あのアホ天使から理由について聞かされてないんスか?」
「アホ天使って……ラファヤのことですよね?」
「そ。緑のアホ天使」
「コレという明確な理由については、とくに話してもらってないような……」
「そりゃ災難だったっスね。ま、簡単にいうと炉心溶融を使えるからっス」
「炉心溶融……それは聞きました。
とにかく人間がそれを使えること自体がおかしいんだって……」
「そう。ご存じの通り魔法にはランクがあって、炉心溶融は最上位の魔法なんスよ。
で、なんでそれを使えるからって殺されなきゃならんのかって話なんスけど、
そもそもこの世界はなんというか、絶妙なバランスで成り立ってんスよね」
「バランス……ですか」
「神、天使、人、悪魔――
今から少し前、あたしら悪魔と天使で戦争があったのはもう聞いたっスよね?」
「まぁ、ぼんやりと」
「その時、色々あって結局あたしら負けちゃったんスよ。
ま、あと一歩、いいところまではいったんスけどね」
「はぁ……」
「もちろん、負けたほうは勝ったほうの要求を呑まなきゃいけない。
で、その要求ってのが人の上に立つことだったんスけど……」
「それってつまり、天使が、悪魔に人間の管理統制をしろって命令したんですか?!」
「あはは、びびるっスよね」
「ずいぶん軽ぃな!?」
でも、なるほど。これで色々と腑に落ちた。
だからイヴは悪魔に対しても敬称をつけたり、
アズモディアスも人を助けることが魔王の責務とか言っていたのか。
「そス。けどまぁ、そこらへんは話の本筋とはあんまり関係ないんで、
あとは自分で調べるなり、誰かに訊くなりしてほしいっス」
「お、おす……」
正直めちゃくちゃ気にはなるが、たしかに今は寄り道している場合じゃないか。
「とにかく、そのせいもあって、あたしら魔王の牙はすっかり抜けちゃって」
「だから現状、この世界では天使たちが幅を利かせている……と」
「いや、じつはそうじゃなくって、あの戦争から現在に至るまで、
天使たちは人間たちどころか、あたしらの前にも滅多に姿を現さなくなったんス」
「え?」
「なぜかは知らないし、理由とかももうどうでもいいんスけど、
あいつら、マジで必要最低限の時しか現れないんスよ」
「……なぜ?」
「だから、あたしにもわかんないんスて」
アズモディアスはそう言って肩を竦めてみせた。
とぼけている様子や嘘をついている様子もない。
本当にこの魔王はわかっていないうえに、どうでもいいと思っている。
「じゃあつまり、その必要最低限の時っていうのは……」
「そ。今回みたいに、異世界からやってきた転生者を殺す時って意味っス」
「でも、なんでわざわざ殺す必要が?」
「さっきあたしが、この世界はバランスが~みたいな話をしたっスよね?」
「はい」
「転生者ってのは基本無害というか、普通の人間と変わらないのが多いんスけど、
たまにアタルくんみたいにすごく強い、いわゆる〝チート級〟の転生者が出るんス」
「あ」
「すっかり牙の抜けた悪魔に、滅多に姿を現さない天使――
そんな世界に異常な力を持った転生者が現れたら……どうなると思うっス?」
「今の、この世界の力関係が……バランスが……崩壊する……?」
「そういうこと。つまり天使たちが転生者を……とりわけ、
異常な力を持つ者をいきなり殺そうとするのは、そういう理由があるんス」
なんてこった。
つまり、めちゃくちゃ乱暴に要約すると、この世界は
〝チート持ち異世界転生者絶対殺す防衛機構〟が働いている世界だということだ。
なんて世界に飛ばされてんだ、俺は。
そんで、なんでまだ生きてんだ、俺は。
「……あれ? でも、それだとなんでアズモディアスさんは俺を殺さないんですか?」
「脅威を感じないから」
「あっ……」
虫けら以下だと思われてるってことね。
「で、でも俺、天使倒したんですよね?」
「いや?」
「ん?」
「だから、べつに倒せてねっスけど」
「う、うそ……だろ……でも、それじゃあなんでここにいないんですか!」
「あのアホ天使ならもう帰ったっス」
「か、帰ったあ!? なんで!?」
「徒歩で」
「手段訊いてねえし! てか歩いて帰ったのかよ! 飛べよ! せめて!」
「ま、脅威認定外れたってことっスよ。よかったじゃないスか、殺されずに済んで」
たしかに喜ばしいことではある。
喜ばしいことではある……が、すこぶる複雑である。
「ていうか、魔力暴走は起きたんですよね。あれの威力って相当だと思うんですけど……」
「あれで天使殺せるならあたしらだって苦労してねっスよ」
アズモディアスはそう言ってケタケタと笑った。
そしてこの時、この場所を以て、
俺の自信と自尊心は、ぽっきりと情けない音を立てて折れてしまった。
……まあいい。
改めて俺はカスだと理解したところで、問題はイヴだ。
面白い話や興味深い話は聞けたが、結局そこに関する有用な話は聞けなかった。
「あ、ちなみにその行方不明のイヴって人魂……というか、その体の持ち主の件スけど、
ふつうに念話で通信してみたらどうスか?」
「……忘れてた」




