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プロローグ イヴ ※残酷描写注意


 はじめまして。

 こんにちは。

 私の名前はイヴ・ウィリアムスです。


 スラット領の南部、

 ヘイフォークという小さな農村に住んでいる農家の娘です。

 歳は今年で13になります。


 ヘイフォーク村は温暖な気候と肥沃な大地に恵まれていて、

 さらに近くにはフォークランド川という綺麗な川が流れています。

 まさに農業をするにはうってつけの土地。

 ウチを含め、農家の人たちはこの川の水を引いて作物を育てています。


 もちろん農村ということもあり、

 村に住んでいるほとんどの方が農家です。

 私もよく畑を耕したり、種を蒔いたり、収穫を手伝ったりしています。


 ちなみに私の家では、主にチェズを栽培しています。

 チェズというのは、

 紫だったり緑だったり白かったりして、夏頃によく採れる野菜です。

 形も楕円形だったり、細長かったり、くねくねと曲がっていたりします。

 食感はぶにぶにしていて、食べると変な臭いがして、えぐみがあって――

 あれはたぶん人の食べる物ではありません。


 はい。

 私は、私の実家が作っているチェズが……いえ、

 私の実家に限らず、この世全てのチェズが大嫌いです。


 たまに遠方から、チェズを買い付けに商人や料理人の方が来たりしますが、

 口は悪いですがけど、正気を疑ってしまいますね。

 あんな野菜(チェズ)のどこがいいのやら。

 

 お母さんは、

「そのうち美味しく感じる日が来るわよ」

 と笑って言いますが、私はたぶん一生嫌いなままだと思います。


 突然ですが、

 そんなチェズ嫌いな私にも夢があります。


 それは騎士になること。

 それも七国(セプテム)騎士団(アドヴェンテス)のひとりである東雲紫乃(シノノメシノ)さんのような、

 強くて、かっこよくて、綺麗で、立派な騎士様です。


 なので、その為に私のいる国、

〝セプトプリンシパル同盟国〟の中央にある、

 国立士官学校へ入学しなければいけないのですが、

 学校に入学するには由緒正しい家柄と、

 潤沢な資産を持っている名家でないと入学することは出来ません。


 ですが、私の家にはその両方がありません。

 チェズはあります。

 あ、いえ、チェズしかありませんでした。

 この有り余るチェズを献上し、

 学校への入学を認めてくれればいいのですが、世の中そう甘くはないのです。


 これが、私がチェズが嫌いなもうひとつの理由です。


 ……すみません。

 完全に八つ当たりですね。

 でも、いいんです。

 さきほど入学する為の条件をふたつ挙げましたが、

 じつはもうひとつだけあるんです。


 それは、

 なにか実績を作ること。


 由緒正しい家柄でなくても、

 お金がなくても、

 チェズしかなくても、

 何か良い行いや、凄い才能を持っていれば、

 特例として入学を認めてくれるらしいのです。


 実際、去年はそれでひとり入学したみたいです。

 なんでも、たまたま地方騎士団に見学に来ていた七国騎士団のひとり、

 ヴァレリアン・シルバーウイング様が、

 その少年の剣技に惚れ込んだとかなんとか。


 というわけで、

 それを聞いた私も早速、両親には内緒で村の騎士団の入団試験を受けました。

 女性は原則募集していないという事なので髪を短くし、

 手拭いで胸をきつく縛って受けました。


 結果は……なんと合格です。

 年齢制限もギリギリでしたが、大丈夫でした。

 同世代の子たちと比べて、すこし身長が高かったのがよかったのでしょうか?


 ともかく、

 晴れて騎士見習いとなった私に待っていたのは、無でした。


 なんにもありません。

 ノーマン団長でさえ、暇なときは畑を耕したりしています。


 そうです。

 ヘイフォーク村では滅多に犯罪なんて起きませんし、

 害獣や悪い魔物も現れないのです。

 たまに騎士団に来る依頼は逃げだした家畜の捜索や、

 体調が優れないおじいちゃん、おばあちゃんの畑の手伝いくらい。

 いままでとなにも変わりません。


 もう村を出るしかないのかな……。

 なんて考えていた時、ようやく事件と呼べる出来事が起きました。


(うごめ)明星(あけぼし)()


 最近、良くない噂をよく聞く新生教団の名前です。

 巷では、カルト教団なんて呼ばれてたりするみたいです。

 その教団の教徒たちが、

 村はずれで妙な事をしていると騎士団に報告があったのです。


 私たちの役目は、

 その教徒たちに対して注意喚起をし、

 それでも聞き入れなかった場合、拘束して中央へ移送する。

 という任務です。


 初めての騎士らしい任務に私は心が躍りました。

 でも、団長をはじめ他の皆さんはどこか乗り気ではなさそうです。

 団長は億劫そうな団員さんたちを集め、早速問題の解決にあたりました。

 しかし――


「どうして……こうなった……のでしょう……」


 はい。

 現実逃避、おしまいです。 


 私はぽつりと誰にも聞こえない声で呟きました。


 いえ、正確には、

『誰にも聞こえない』ではなく『誰にも届かない』でした。

 なぜなら私の声は――


「う、うわああああああああああああああああああああああああ!!」

「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああ!?」

「た、助け――」


 他の人の絶叫や、命乞いによって掻き消されたからです。

 私の目に映るのは、殺戮、殺戮、殺戮……。


 赤い蛇の紋様の入った黒いローブを着た集団が、

 剣や槍や斧、様々な武器を振るい、命乞いしたり、

 逃げ惑う団員さんたちを次々と殺していっているのです。


 斬殺、刺殺、殴殺、爆殺、撲殺、圧殺、射殺、焼殺、絞殺……。


 場所はヘイフォーク村のはずれ。

 草木が生い茂る森の中なのに、

 漂う臭いは鉄や脂のすえた臭いや焦げた肉の臭い。

 噴き出した血液が、まるで霧のように赤く辺りに漂います。


 ……ちょっとすみません。


「うっ……おえぇぇぇ……っ」


 私は地面に手をつくと、

 その場に胃の中身をぶちまけてしまいました。

 すみません。

 汚くて、すみません。


 鼻で息を吸ってしまったため、

 形容しがたい嫌な臭いにたまらずもどして(・・・・)しまいました。


 さて、

 私はただ、その光景を前に立ち尽くすことしかできませんでした。

 団長は既にこの場から逃げだしており、

 烏合の衆と成り果てた私たちは、なす術もなく、

 ただ一方的に殺されていたのです。


「ヌゥ……?」


 そんな私の耳に、突然野太い男の人の声が。

 見ると、硬そうな鎧に身を包み、手には私の身長ほどある槍を持ち、

 大きくて黒い馬に跨った方が私を見下ろしていました。


「……何故貴様は戦場にて立ち尽くしておるのだ」

「え……あ……え……」

「殺らねば、殺られる。戦場の鉄則であろう」


 私は驚いて、怖くて、逃げ出したくて、

 でも、何もすることが出来ません。

 体は自然に震えています。

 歯の奥がカチカチと何度も鳴っています。


「よもや貴様……童か」


 男の人はそう言うと、

 頭を抱えて首を振ります。


「嘆かわしい。斯様な(わらし)をも戦禍へと引きずり込むとは……」


 何を言ってるのかちょっとわかりませんが、

 もしかしたら、話せば見逃してくれるかもしれません。


 私はなんとかして立ち上がると、男性の説得を試みました。


「あ……あ……え……あ……う……」


 変ですね。

 言葉がうまく出てきません。


「許せ名も知らぬ童よ。せめて痛みを感じる暇すら与えさせぬ」


 その瞬間、

 体がほんのすこし、前後に揺れます。

 そこで私の意識はなくなりました。


 そして、どうやらここで私の、

 イヴ・ウィリアムスの物語は終わりのようです。


 嗚呼、こんなことになるなら、

 せめて一目でいいから憧れのシノさんと――

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