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ライラックの魔法  作者: ことう
第一章 一年生一学期編
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『精霊の加護』



 編入試験をクリアした莉羅は、入学式から二日が経った頃、三十人のクラスメイトとともに、ガルデニアの授業に臨んだ。


「――はじめまして。ヴェルトクラスの呪文学を担当します、アイザックでーす」


 藍色の瞳を眠たそうに擦りながら、栗色の髪を持つ青年が挨拶をする。


 莉羅から見てもイケメンな彼は、クラス中――莉羅とシャーロットは除く――の女子の視線を釘付けにしていた。


「呪文学では、主に生活魔法や基礎魔法の習得と、その応用を行います。授業もテストもそんなに難しくはないので、まあ気楽にやってくださーい」


 間延びした口調でそう言うと、アイザックはふわ、とあくびをした。それすら様になるのだから、莉羅はつくづくイケメンってずるいよな、と思う。


「じゃあ説明はこのくらいにしといて、教科書の三ページを開いてねー」


 早々に敬語を外したアイザックに言われるがまま、莉羅は先日配られた魔法書を開いた。そこには蝋燭に火をつける魔術師の絵が描かれていて、タイトルに『基礎魔法の定着』とあった。


「今日は初回だし、君たちは編入してきているからね。合格ラインは甘めにしておくよ」


 ガルデニアの授業では、毎回ボーダーラインが設定されている。それを超えられないと、その日の放課後に居残り授業をしなければならないのだ。


「そうだね……一人で十五本の蝋燭に火をつけられたら、合格にしよう」

「なあんだ。楽勝じゃん」


 莉羅の隣に座っていた少年が鼻で笑った。他のクラスメイトも、余裕綽々な表情を浮かべている。


 しかし、反対側に座るシャーロットの顔は険しかった。


「どうしたの、シャーロット」


 小声で尋ねると、シャーロットはアイザックから目を離さないまま答えた。


「いや……あの先生の魔力量がおかしいから、なんでだろうなって思って」

「おかしい?」


 莉羅が聞き返した時、アイザックが「手本を見せるね」と、魔法で目の前の長机にいくつもの蝋燭を出した。


「こうやって――同時に、ね」


 そう呟いたアイザックが、杖を軽く振った瞬間。

 一列に並べられた十五本の蝋燭に、ほとんど同時に火が灯った。


「えっ!?」


 教室のあちこちから驚きの声があがる。莉羅の隣にいた少年も、呆気にとられたような表情で蝋燭を見ていた。


「普通の学校だったら、蝋燭に一本ずつ灯していっても合格にしていたよ。でも、ここはガルデニア魔法学校だ」


 アイザックは気だるげな目で、戸惑っている生徒たちを見回した。


「この学校に入れた君たちなら、これくらい出来て当然だよね?」

「……」


 なるほどな、と莉羅は納得した。


 先ほどアイザックが使用した魔法は、通常蝋燭一本だけを対象とするもの。二本以上を対象とする場合、膨大な魔力と、高い魔法の技術が必要になる魔法だ。


 莉羅もリアムとの修行で何回か使ったことがあるが、かなりセンスのいる魔法だった。


 二本ですら大変なのに、十五本というまさに無理難題をあっさりとクリアした彼は、シャーロットの言う通り魔力量が他とは桁違いなのだろう。


 無自覚の天才。アイザックは、絶対に教師になってはいけない魔術師だった。


「頑張ってね、魔術師の卵たち。居残り減点になりたくなかったら、全力で取り組むこと」

「……はい」


 クラスメイトの沈んだ声を聞きながら、莉羅は全然気楽に出来ないな、と思った。


 ちなみに、莉羅は授業終了の三分前になんとか合格出来たが、クラスの半分以上は居残りになってしまった。



 ◆



「――魔法実技で行うのは、主に魔法道具を使った戦闘訓練と攻撃魔法の会得、そして基本的な体力の育成だ」


 だだっ広い森の中でそう説明するのは、魔法実技――いわゆる体育だ――を担当している男性教師、オーウェンだ。


 短髪に快活な性格という、いかにも体育会系な設定の彼は、一昨年まで王宮騎士団に在籍していたそうだ。それを聞いた時、莉羅は怒らせたら駄目なタイプの人だ、と用心することにした。


「魔術師には高度な魔法技術も必要だが、倒れにくい強靭な身体も必要だ。運動が苦手な生徒は、諦めて赤点回避に徹するように!」

「ひえ……」


 カインが身を縮めた。彼は防御魔法の精度はメンバー随一なのに、体力面では最下位レベルだ。アレスが「情けないなー」とカインの背中を叩いた。


「まずは体力づくりから始めるぞ。ということで、今からこの森を一周してもらう!」

「えっ!?」


 森に生徒たちの叫び声が響く。莉羅はこのやりとりに既視感を覚えながら、「俺も一緒に走るからな!」と謎の宣言をしているオーウェンを見つめた。


「ほら、急げ! 時間はもうないぞ!」

「はーい……」


 莉羅を含むヴェルトクラスの生徒は、重たい足取りでオーウェンが指定した場所に並んだ。



 ◆



「……疲れた……」


 どさ、と莉羅は地面に倒れこんだ。遠くで授業の終わりを知らせるチャイムが鳴っているが、莉羅は無視して仰向けに寝転がる。


「大丈夫? リラ。歩くの手伝おうか」


 目の前に広がる青い空を眺めていると、視界の端からシャーロットが現れた。同じ距離を走ったはずなのに、彼女は全く息を切らしていない。


「……疲れてないの?」


 そう尋ねると、シャーロットは薄く微笑みながら「まあね」とうなずいた。


「運動は得意だから」

「……そっか」


 莉羅は編入試験の時のシャーロットを思い出して、「さすがだね」と称賛の言葉を投げかけた。


「よく頑張ったな! だがこれでへばっていては、これからの授業が大変だぞ。もっと難しくなるからな」


 少し離れたところで、オーウェンが腰に手をあててそう言った。彼もシャーロットと同様、全く疲れていなさそうな涼しい表情を浮かべている。


「筋トレは毎日しとけよー」

「……」


 疲労で返事すらしなくなったクラスメイトを横目に、莉羅は筋肉痛やばそうだな、とため息をついた。



 ◆



 その他にも、魔法書や文学作品について習う『魔法文学』や、薬草の基礎知識などを学ぶ『魔法薬学』、魔法生物の飼育を行う『魔法生物学』など、合計八科目を莉羅たちは勉強することになった。


 その中に、歴史に相当する『魔法史』、道徳にあたる『魔法倫理学』、そして化学に似た『魔法化学』があったものの、やはり日本とは内容が違っていて、莉羅はとりあえず頑張るしかないな、と教科書の山を見上げながら思った。



 ◆



「――全クラス合同実習?」


 入学式からおよそ二週間が経ったころ、莉羅たち新入生の間では、来月末に行われる特別実習の話題で持ちきりだった。


 授業の合間の休み時間にて、莉羅が首を傾げると、シャーロットが「そう、合同実習」とうなずく。


「これが結構難しいらしいんだよね。編入試験の時のグループで挑むんだけど、進学組の人たちともぶつかるから……」

「進学組?」


 再び莉羅は首を傾げた。シャーロットは呆れた様子で「そう、進学組」と先ほどと同じような言葉を繰り返す。


「私たちって編入してきてるでしょ。だから、中等部からそのまま入学してきた人たちのことを進学組って言うんだよ」

「あ、そっか」


 莉羅には馴染みのないものだが、ガルデニア魔法学校は、いわゆる『中高一貫校』というシステムを起用している。外から入学希望者を募るとともに、内部からも進学出来るようになっているのだ。


「私たちより三年も早く魔法の勉強をしているからね。ちょっと手強いかもしれない」

「ええ……」


 シャーロットでさえそう思うのだ。果たして、莉羅にとってどのくらいの脅威となるのだろうか。


「特にやばいのは、ノワールクラスの『シェイド』だね」


 莉羅がげんなりと肩を落としていると、シャーロットが人差し指を突き立てながらそう断言した。


「シェイド……人の名前?」

「うん。噂でしか聞いたことないんだけど、あの人は多分、一年生の中で一番強いと思う」


 だって、と声量を落として、シャーロットは言った。


「――あの人、一年生の中で唯一『精霊の加護』を持っているから」



 ◆



「……」


 莉羅はページをめくる手を止めて、一度大きなため息をついた。何か分かるかも、と思って来てみたが、あてが外れてしまったようだ。


 シャーロットと合同実習の話をした後、莉羅は学校の北側にあるだだっ広い図書室へやって来ていた。


 知りたかったのは、最後にシャーロットが言っていた『精霊の加護』のこと。ここではスマホが使えないため、莉羅は本で調べみることにしたのだ。


 しかし、手応えはあまりよくなかった。基礎知識なのか、はたまた機密事項なのかは分からないが、どれだけ本を漁っても、それらしい情報は見つけられない。


 今見ているものにも『精霊の加護』という単語は載っておらず、魔法界に伝わる神話の解説が長々とされているだけだった。


 莉羅は本を閉じると、木材を組み合わせて出来た奇妙な構造の天井を見上げた。


「……」


 どのくらいそうしていただろうか。


 不意に近づいてくる足音に気がついた莉羅は、頭を下げて音のする方向へ目を向けた。


「――こんにちは。何か調べるものでもあったの?」

「……エテルノ」


 足音の主――エテルノは、さらさらな髪を揺らして「奇遇だね」とうなずいた。



 ◆



「『精霊の加護』? それなら、まず見るべき本棚が違うよ」

「……え」


 莉羅は目を丸くした。エテルノはちら、と莉羅の顔を見ると、「こっち」と近くにあった階段を上り始める。


 やがてある本棚の前で立ち止まると、莉羅を振り返って言った。


「『精霊の加護』については、神話じゃなくて魔法書コーナーの本を見るといいよ」

「……詳しいね」

「まあ、それなりには」


 エテルノはそう濁すと、目の前にそびえたつ本棚から本を一冊抜き取り、ぱらぱら、とページをめくっていった。


「この本だと……あ、ほら」


 そう言って見せてくれたページには、二人の人物が向かい合っている絵が描かれていた。彼らはお互いに手を伸ばしており、彼らを繋ぐように中央が光っている。


「右が人間で、左が精霊族だよ。これは精霊族が人間に魔法を与えている場面だね」

「……神話なの?」


 莉羅の問いかけに、エテルノは絵を眺めながら首を横に振った。


「いや、これは実話だよ。この世界には神様の使者である精霊族がいて、彼らが人間に魔法という『祝福』を与えたんだ」


 ――精霊族とは、魔力の根源である精霊やエテルノのようなエルフ、それに妖精を含めた三つの種族の総称だ。


 魔法そのものとも言える彼らは、人間よりはるかに高い魔力を持ち、独自の魔法である『精霊魔法』を編み出した。


 そして――ずっとずっと昔に、この世界の人間たちへ、ささやかな『祝福』をもたらしたらしい。


 それを聞いた莉羅は、エテルノにこれまで通りに接してもいいのかな、と焦ったが、エテルノ本人に「俺はそんなに偉くないから」と言われた。


「だから、別に敬語じゃなくていいよ」

「あ、はい」


 じゃあいいか、とうなずく。莉羅は結構引き下がるのが早い性格だった。


「……教えてくれてありがとう。後は一人で調べるので」


 莉羅はそう言って軽く頭を下げると、本を受け取ろうと、エテルノに向かって手を伸ばした。


 しかし、エテルノはそれをよしとしなかった。後ろに一歩下がって、閉じた本を両手で抱え込んだのだ。


「あのー……」

「――ねえ」


 莉羅の言葉を遮るように、エテルノが声をあげる。


 そして、鋭い瞳で莉羅を見上げると、なんの感情もこもっていない声音で尋ねた。


「――莉羅は、いつ魔法界に来たの」


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