魔法学校編入試験Ⅴ
引き続き魔物を倒して回っていた莉羅たちは、先頭を歩いていたアレスの「待て」という言葉に足を止めた。
「どうしたの?」
「――人がいる」
アレスが近くの草むらに隠れながら言う。莉羅が顔を上げると、前方に二つのグループが対面しているのが見えた。
「……だから何度も言ってるだろ。宝石は渡さねえって」
「そんなこと言っちゃっていいのかあ? このジェイデン様に逆らうのはご法度だぜ」
「知らねえよそんなの……」
どうやら言い争っているようだ。会話の内容からして、片方のグループがもう片方のグループから宝石を奪おうとしているらしい。
たしかにルール上、他のグループから宝石を奪取することは禁じられていない。これも合法と言える行為だ。
「いい加減にしてくれ。俺たちも早く魔物を倒したいんだ」
「お前らの宝石を全て渡してくれたら解放してやる、ってさっきから言ってるだろう。頭悪いなお前」
いかにも貴族っぽい服装の少年――ジェイデンが、煽るようにそう言った。彼の後ろにいる人たちも馬鹿にするかのように笑っている。彼らも貴族出身なのだろう、服装がジェイデンとそっくりだった。
「どうする? このまま行くか、一旦戻るか」
シャーロットが小声で問いかけてきた。
きっと戻るのが正解なのだろうけれど、莉羅はこのまま見捨てるのはちょっと可哀想だな、と思っていた。
もし自分が彼らと同じ立場にいたら、きっと誰かに助けてほしいと思うから。
「いや、行こう。あいつらの宝石を全て手に入れる」
莉羅が口を開いた瞬間、意外にもエテルノが決断を下した。それだけではなく宝石も手に入れる、と。
案の定、アレスが困惑した様子でエテルノに言った。
「宝石も……って、本気かお前」
「当たり前でしょ。一度に多くのポイントがもらえるチャンスだよ。逃すわけにはいかない」
何か考えがあるのだろう。エテルノは「大丈夫」と念を押すと、ゆっくりと立ち上がった。
莉羅はこのまま静観するつもりだったのだが、エテルノに「ついて来て」と思い切り腕を引っ張られ、半ば引きずられる形で茂みから飛び出してしまう。
面倒ごとは嫌なんだけどな、と莉羅はエテルノの後頭部を見ながら思った。
「こうなったら力ずくで――あ? 誰だお前ら」
ジェイデンが莉羅たちに気がつき、杖を取り出した格好のまま問いかけてきた。もう片方のグループも訝しげな表情を浮かべている。
「脅迫は感心しないね。自分たちの実力で魔物を倒せばいいのに」
エテルノが淡々とそう言えば、ジェイデンが「そんな手間がかかることするわけないだろ!」と笑い飛ばした。
「こうやって一つずつグループを潰していけば、俺様がわざわざ魔法を使わなくても合格出来ちゃうんだよ。な、いい案だとは思わないか?」
「思わない」
即答である。あまりの速さに、莉羅は思わず「速」と呟いてしまった。
「たしかに君たちのやり方も間違ってはいないけど……ああ、もしかして」
エテルノはふうん、と何度かうなずくと、腕を組み、悪役かと見紛うほどに不敵な笑みを浮かべた。
「――魔物一体満足に倒せないくらい弱いんだ、君たち」
「……なんだと?」
ジェイデンの目の色が変わり、その顔が怒りで歪む。彼の背後にいた少年たちも「ジェイデン様になんてことを!」と目を吊り上げた。
「だってそうでしょ。人から奪ってるってことは怖じ気づいてるってことじゃん。挙句の果てには力ずくとか言ってるし」
これはヤバイな、と莉羅はエテルノの話を聞きながら危機感を覚えた。
エテルノは明らかにジェイデンを怒らせようとしている。何がしたいのか分からないが、このままでは戦闘が始まってしまうかもしれない。
それだけは絶対に回避したい莉羅が口を開いた瞬間、ジェイデンが「あぁ!?」と叫んだ。
「黙って聞いてれば人の悪口をさんざん言いやがって。そんなに殺されたいのか!?」
「……やれるものならやってみなよ」
まあ、とエテルノが杖を顕現させる。
すると、彼の背後に緑色の魔法陣が展開された。それは莉羅の身長の何倍もあり――まるで天に届きそうなほど、大きくて神秘的な光を放っている。
「――俺に勝てるなら、だけど」
ひ、と誰かがひきつった声を上げた。傍観していた莉羅ですら恐ろしいと思ってしまうのだ。彼らの恐怖はトラウマになってもおかしくないくらいとんでもないだろう。
この大きさの魔法陣を形成するには、莫大な魔力量を必要とする。
それをいとも簡単にやってみせたエテルノは、今この場では、まさに『最強』だった。
「ほら、おいでよ。さっきまでずっと魔法使ってたから、今がチャンスだよ」
ぱっと杖を持ったまま手を広げるエテルノ。その顔は無表情のままだったが、ジェイデンたちはそれを見た途端、ものすごい速さで後ずさった。
「い、いや……遠慮しとくよ」
「なんで? 俺に勝ったら宝石全部あげるよ。まあその代わり、俺が勝ったらお前たちの宝石全部もらうけど」
「ひぃっ!」
もうこれでは勝負するまでもないだろう。確実にエテルノの方が強いし、ジェイデンたちが負けるのは目に見えている。
「……今のうちに逃げれば?」
莉羅がもう一つのグループに小声でそう言えば、ジェイデンに反抗していた少年がはっと我に返り、「行くぞ」と仲間を引き連れて森の奥へ消えていった。感謝の言葉はなかったが、まあいいだろう。
――こちらも、宝石を手に入れられそうだったから。
莉羅がジェイデンの方を向くと、彼は唇をきつく噛み締めながらエテルノを睨みつけていた。
「……正気かよ」
「もちろん。だからちょうだい」
エテルノが手を伸ばした。彼は、ジェイデンたちが持っている全ての宝石を差し出してくれれば見逃す、と言ったのだ。
普通に考えれば拒否するべき提案だが、もしそうすればエテルノが制裁を下すだろう。そうなれば彼らは無傷では済まない。
合格か身の安全か、二つの選択肢が天秤にかけられる。
やがて、彼らが選んだのは――
「……宝石をやる、全部。だから戦うのはやめてくれ……」
ジェイデンが覇気のない声音でそう言った。
彼らが選んだのは、宝石を全てこちらに譲り渡すことだった。
◆
「ご苦労だった。合否発表は二日後に行う」
教師は簡潔にそれだけ言うと、ふっと魔法で姿を消してしまった。相変わらず人に嫌われそうな態度である。
「やっと終わったね~」
伸びをしながらシャーロットが言った。彼女はずっと魔物を倒してくれていたのだから、疲れてしまうのも無理はない。
「この後はしばらく寮生活だな。ここの飯上手いらしいぜ」
アレスが満面の笑みを浮かべた。それにカインが「楽しみだね」と反応し、エテルノも無表情でうなずく。
今日出会ったばかりの人たちで集められたグループだが、みんなもうすっかり仲良くなっていた。
「ガレットあるかな~。ね、リラ!」
「え? あー、ガレット……うん。あれ美味しいよね」
「いや絶対知らないじゃん」
シャーロットが笑いながらばしっと莉羅の肩を叩いた。
ちなみにガレットとは、生地に肉や野菜などの具材を乗せて正方形に折りたたんだ料理なのだが、当然莉羅はそれを知らない。なんならフィナンシェも怪しいくらいだ。
「見れば分かるよ。……多分」
「結局知らないんかい」
アレスが突っ込めば、シャーロットとカインがあはは、と弾けるように笑った。エテルノは何も言わなかったが、口の端がほんの少しだけ持ち上がっている。
「……」
――母を亡くして、絶望の縁に立って。
今まで当たり前のように存在していた幸せを失った莉羅は、リアムに言われるがまま魔法界へと逃げてきた。
そこで母の形見とも言える杖を手に入れて、さらには魔法学校の編入試験も受けた。分からないことばかりだったが、友達も出来たのだ。
以前ならばあり得ないと思っていたことが、今現実として莉羅の目の前にある。
それだけで、莉羅はこれからやって来るであろう困難にも、立ち向かえるような気がしていた。