魔法学校編入試験Ⅰ
「――忘れ物はないかな? ローブに穴は空いてない? 『杖を出す魔法』はちゃんと使える?」
「大丈夫です。心配しすぎですよ、リアムさん」
莉羅がローブを着ながらそう言うと、リアムは「しょうがないじゃん」と腕を組んだ。
「今日は編入試験なんだよ。あそこの編入試験ってめちゃくちゃ難易度高いらしいし、リラくんのその落ち着きようの方がおかしいって」
「いつもこうですよ」
「それはそうなんだけど」
この一週間で、莉羅とリアムはだいぶ仲がよくなった。こうしてリアムが莉羅の内面を把握出来るくらいには、家族として形を成し始めている。
まあ、莉羅が編入試験に合格出来てしまえば、この一週間の努力もほとんどなかったことになってしまうが。
「全寮制だもんね、あの学校。すぐ離れ離れになるのは寂しいな」
「そうですね……まあでも、大丈夫だと思いますよ」
「それは試験に対してかな?」
もっと緊張感持とうよ、とリアムはため息をついた。そんなことを言われても、長年職務放棄をしてきた莉羅の表情筋は、そう簡単に動いてはくれない。
心の中は結構不安でいっぱいなのだが、それが彼に伝わるのはもっと先になりそうだ。
◆
馬車に揺られることおよそ二時間。莉羅の身体が痛くなり始めた頃、ようやく王都へ到着した。
ものすごく体格のいい衛兵に入門許可をもらい、見上げるほど高い豪華な門をくぐる。その先には、商店街のようにいくつもの店がずらりと並んでいた。
「すごい賑やかですね」
「王都だからねえ」
王宮がある町だからか、通行人がやたらと多い。莉羅は人ごみは嫌いではない方だと自負しているが、さすがにこの量は駄目だな、と一歩後ずさった。
「ちなみに学校は」
「ここを右に抜けた先にあるよ。ちょっと急ごうか」
「分かりました」
試験日に遅刻は本当に笑えない。それになるべく早く着いておいた方が、莉羅も安心して試験に挑める。
迷いなく進むリアムの背中を見上げながら、試験頑張ろ、と莉羅は密かに決意した。
◆
王都から少し外れた場所に、ガルデニア魔法学校は建てられていた。周りを広大な森が取り囲み、校舎は幾重にも積み重なっているような奇妙なつくりをしている。
それを見た莉羅は、なんとなくイタリアのマナローラを思い浮かべた。
「ここから先は君だけで行くんだよ」
両端にグリフォンの石像が置かれた大きな門にたどり着くやいなや、リアムが莉羅に向かってそう言った。
「リアムさんは?」
「このまま家に帰るよ。合格発表が出るまで君はここの寮に滞在するし、実質ここでしばらくお別れかな」
「え、そうなんですか」
もう少し話せばよかった、と莉羅は少しだけ後悔した。結局一週間しか一緒にいられなかったから、まだ莉羅とリアムには距離がある。
だがもう今さらだ。別に二度と会えなくなるわけではないし、きっと大丈夫だろう。
「分かりました。ではまた会いましょう」
「いやめっちゃ潔いな。ドライだねえリラくんは」
リアムはもう少しロマンチックな別れ方がしたかったらしい。知ったことではないが。
「じゃあ、わたしなりに頑張りますから」
「ほどほどにね。健闘を祈るよ~」
ぺこり、と頭を下げて、莉羅は門に向かって歩いていく。すると門が迎え入れるように自然と開き、延々と続くレンガの道が現れた。
「……行ってきます」
最後に振り返ると、リアムが笑顔でこちらに手を振ってくれていた。
◆
標識を見ながらたどり着いたのは、鬱蒼とした暗い森の中だった。周囲に生えている木は一つひとつが莉羅の何倍も大きくて、かくれんぼに最適だと思えるほど密集している。
「……あ、いた」
莉羅が到着した頃には、大勢の受験生とおぼしき少年や少女が集まっていた。
ほっと安堵のため息をつく。方向音痴な莉羅は、ちゃんと試験会場まで来れるか心配だったのだ。
あいにく魔法界に知り合いはいないので、莉羅は端の方に一人で立って、試験開始の合図を待つことにした。
「……」
なんとなく周囲を見渡してみると、莉羅が思っていたよりかなり多くの人数が集まっているようだった。
中には数人で固まって話している人たちもいて、莉羅は友達同士なのかな、と推測する。
その時だった。突然中央が光り輝き、一人の中年男性が姿を現した。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
複数人の悲鳴が響く。さすがの莉羅もびっくりして、変わらない表情の代わりに肩が勢いよく跳ね上がった。
彼は丸顔に黒縁の眼鏡をかけていて、どこか怒っているような表情で佇んでいた。本当にイライラしているのかは定かではないが、少なくとも第一印象はあまりよくない。
「――ガルデニア魔法学校へようこそ、魔術師の卵たち」
男性はそう挨拶すると、自身を囲むようにして立つ受験生たちをぐるりと見回した。今の発言からして、魔法学校の教師で間違いないだろう。
「今から十分ほど時間を与える。それまでに男女五人一組のグループを作りなさい。もし達成出来なかった者は――即不合格とする」
その言葉に受験生たちが息を呑んだ瞬間、教師の隣に大ぶりの砂時計が姿を現した。それはふわふわと浮かび上がりながら、ゆっくりと反転していく。
そして――ガチン、と完全に上下が反対になると、少しずつ銀色の砂を落とし始めた。カウントダウンが始まったらしい。
いや合図ないんかい、と莉羅は心の中で突っ込んだ。せめて心の準備くらいはさせてほしかった。
なんせ莉羅にとって、この試験はほとんど命懸けで行うようなものなのだから。
とにもかくにも、このまま突っ立っているだけではこの試練は突破出来ない。莉羅は手当たり次第に声をかけていくことにした。
「あの、一緒にチーム組みませんか」
最初に狙いを定めたのは、先端が尖った耳と緑色の瞳が特徴的な『少女』だ。背は莉羅より少し低いくらいだが、その整った顔立ちは見惚れるほど綺麗で、この人絶対モテるんだろうな、と莉羅は『彼女』を見ながら思った。
莉羅に気がついた『彼女』は、自分を指さしながらその薄い唇を開いた。
「――『俺』?」
「……そうです」
莉羅がうなずくと、『彼女』――いや『彼』は、何を考えているのか分からない表情で「いいよ」と快諾してくれた。とりあえず一人目ゲットである。
が、莉羅は混乱していた。てっきり女の子だと思っていたのだが、どうやら莉羅の勘違いだったらしい。彼が童顔だったのと、髪が女子にも見えるほど長かったこと、そして莉羅と同じくらいの身長だったのが災いした。
「あと三人はどうしようか」
「え、あー……話しかけてみる、とか」
莉羅がそう言った途端、少年があからさまに嫌そうな顔をした。
「俺人に話しかけるの苦手なんだよね」
「……ちょっとは頑張ってほしいんですけど」
莉羅も人と関わることが結構苦手だ。友達はいたけれど、親友と言えるほど仲がいい人は一度も出来たことがない。
「君が行けばいいじゃない。さっき俺に話しかけてたし」
「いやそれとこれとは話が別というか」
「何も変わらないと思うけど」
「ええ……」
莉羅の気が重くなった時、不意に背後から「ねえねえ」と声をかけられた。
振り返ると、ぱち、とすぐ後ろに立っていたショートカットの少女と目が合った。彼女の背後には少年が二人いて、そのうちの一人が莉羅の視線に気づいて手を振ってくれる。
「よければ一緒に組まない? ちょうど二人探してたんだ」
少女は笑顔でそう言うと、後ろの二人を指し示して「この二人とも組むことになるけどいいかな」と確認してきた。
「……わたしは賛成」
「俺も構わないよ」
莉羅と少年の意見が即座に合致したので、二人は彼女らと組むことになった。
やがて砂時計の砂が全て下に落ち、いよいよ編入試験が始まろうとしていた。
「――この森に、およそ二百体の低級魔物を放った。君たちはそれを倒していき、魔物が持っているアクセサリーを獲得しなさい」
教師がそう言って魔法で取り出したのは、銀色の細かい装飾が施されたアクアマリンだった。まるで何かの紋章のようにも見えるそれは、ペンダントやブレスレットとして、魔物の身体のどこかに装着されているらしい。
「そして、総合点が高かった上位グループ六組を、今年の編入試験合格者とする」
「たった六組……!?」
莉羅の近くにいた受験生の一人が小さく叫んだ。他の受験生も戸惑ったような表情を浮かべる。
五人一組のグループが六組合格するということは、魔法学校に編入できるのはほんの三十人だけ。たしかに少なすぎるとは思うが、莉羅は本当にそれだけだろうか、と淡々と説明を続ける教師を見つめた。
「制限時間は太陽が真上に昇りきった真昼時まで。それでは試験スタートだ」
教師の言葉とともに、再び砂時計が時を刻み始めた。なんの緊張感もなく始まった試験に、この人絶対嫌われるタイプじゃん、と慌てて森の中へ入っていく受験生たちを見ながら莉羅は思う。
「私たちも行こう」
そう言ったチームメイトの少女と目が合って、莉羅はこくり、とうなずいた。
「……そうだね」