09 逃亡と追跡
おはよう、いい朝だ。
「んー……」
僕が目を開けると、そこはいつもとは違う天井だった。
……そうだ、異世界に来てたんだ。あー、ゲームできないのがちょっとつらいね。スマホと太陽光充電器とかはあるけど、ワイファイがないんだよね……。
「おそおき」
よこから我がかわいい妹が顔を覗き込んでくる。ちょっとジト目だ。うーんかわいい。
「ごめんね、猫って夜行性だからさあ……今何時?」
「……しちじはん」
まだ早いじゃん。全然遅起きじゃないよ。
寝ていたソファから起きて、備え付けの洗面所で顔を洗う。
その後はそらちゃんを連れて適当なシリアル屋さんで朝食を取って、ギルドに帰ってくると、なにか冒険者たちが揉めていた。……なんか、帰って来るたび騒がしいよねここ。みんな暇なのかな。そのうち一人は「死ねよまともに仕事すらできねぇゴミどもが!」とかとんでもない罵声を浴びせていた。
そこから少し離れて酒瓶を傾けているジョンくんを見つけた。うーん、絶対アルコール依存症でしょこの人。
「ジョンくん!」
「ん? ああ、お前たちか……待て、言うな。その顔は……『何が起こったか尋ねたい』顔だな」
なぜバレた!?
……とまあ、それは置いておいて。僕が首を縦に振ると、ジョンくんは冒険者たちを横目で見ながら話してくれた。
「昨日お前が倒した魔人いたろ、トカゲ野郎な。あいつが逃げ出したらしい」
「え!?」
「また街に被害が出たらどうするんだって騒いでる。なんで魔人をザルな警備に入れといたのか……呆れるのもしかたないぞ」
トカゲ野郎、メアヴェノ・コルキソー。魔王軍のヴィーダ隊とか言ってたね……。
とりあえず僕はラリルくんのいるギルドマスター室に突撃した。
「逃がしたらしいね、メアヴェ――」
「うるさいな」
入った途端、僕の顔すれすれの壁に一本のナイフが突き立った。僕が目をぱちくりさせていると、顔をしかめたラリルくんが窓際にもたれかかったまま、こちらを指さしてまくしたてる。
「えっと……」
「はっ、逃がしたんじゃないさ。ろくに調べもせず人に責任を押し付けて満足か? あれは攻撃だ。魔王軍ヴィーダ隊第四席、ハチェアー・ボルビアッソ。彼がメアヴェノを救出した。今はテレオス大樹海の東部で魔王国へ向かってる。自分の目で確かめてから物を言えよ!」
どうやってそんな情報を知ったのか分からないけど、噓を言っているようには見えない。ラリルくんも他の冒険者たちからいろいろ言われて参っているのかもしれないし……。
とりあえず、僕は頭の中で聞いた内容を復唱すると、静かにドアを閉めてロビーへ降りた。
ギルドの壁に貼ってある地図を見てから街を出て、テレオス大樹海という場所へジェットで向かう。
ハチェアー・ボルビアッソとやらがメアヴェノを助け出したなら、今叩けば一挙両得! ラリルくんも機嫌を取り戻してくれるかも。……なんでラリルくんの機嫌を伺う必要があるのかって? 別にないけどね、人助けだよ人助け。
ジェットで数分飛んでいると、樹海のあたりに人影が見えた。うむ、もう一人をおぶって、木々の上をぴょんぴょん飛びながら魔王国の方角へ向かっている。間違いないね。
「『エクスプロージョン』」
ホバリングしながら、標的の足元の木を爆破する。
爆発の直接の影響はなかったが、ちょうど着地する足場を失いびたーんと地へ落ちた。僕もおりて、彼らの前に立ちはだかる。
「貴様……ギルドか? ふん、追いかけてきたというわけか……」
メアヴェノをおぶっている男は、メアヴェノとは違い流暢に言葉をしゃべる。
暗い紫色の髪、顔の三分の二ほどが黒く結晶化しており、それに飲み込まれた右目は黒目と白目が反転している。彼も魔人だろうか。
「魔王軍ヴィーダ隊のハチェアー・ボルビアッソだね?」
「ほう、よく知っているな。ギルドには情報通がいるわけか……」
ラリルくんは本当に何でも知っている。ちょっと不気味なくらいね。
「私達の邪魔をするのなら、貴様を殺すぞ?」
そう言ってハチェアーは手をかざし、どこからか紫色の宝石でできた大きな斧を出現させる。
それと同時にメアヴェノはハチェアーの背から飛び降りた。
「ハチェアー、気をつケロ。コのガキだ」
「……なるほど。ならば余計始末せねばなるまい……我らの魔王様に仇成す存在であるのならば、なおさらな」
僕が剣を取り出すよりも早く、ハチェアーが斧で斬りかかってくる。
僕はジャンプで横へ飛びのき、魔法で爆発を起こして敵を吹き飛ばした。はずだったが。
「効かん効かん。私は魔法とは別に、特殊な体質を持っていてな……他人の影響で動かされることは無いのだ」
てっきり吹っ飛んで時間が稼げると思っていたものだから、僕の片方の尻尾が少し斬られる。油断してた、やばいやばい。
斬られた尻尾は瞬時に再生し、ダメージを残さない。こう考えると、けっこうずるいよね僕って。すごいでしょ。
「『ウォーターガン』」
ハチェアーの眉間めがけて水の弾丸を飛ばす。が、それは後衛のメアヴェノが創り出した壁に阻まれた。
それと同時に僕の周囲に土の槍が大量に出現し、音速で飛んでくる!
「『エクスプロー――っあ!?」
「甘いな」
斬りかかってきたハチェアーに応戦すべく、とっさに蹴りをぶちかましたが、逆に足を斬り裂かれ、さらに土の槍が大量に刺さる。
痛い、とても痛い。
「どういう鋭さしてんのさ……!」
血を飛ばしながら足は回復。それを見てメアヴェノは意外そうな顔をした。
「そノ再生力……カドゥナ隊のアイツにモ匹敵スるゾ……」
「本当だな。まあよい、奴との訓練で対処法は身に着けている。『インヘイル』!」
がくりと体が重くなる。
……なるほど魔力をぶんどる魔法か……回復ができなくなるわけじゃないけど、ごっそり魔力奪われるね。本当に厄介だよ。
僕はかばんからようやく強い剣を取り出し、槍が刺さったまま敵ふたりへ向き直った。
敵が救出しに来れたのもギルド側の失態です。なのでラリルくんがお昼ちゃんたちを責めたのは完全に八つ当たりです。本人も悪いとは自覚していますが、彼の性質上キレると自分でも何やるか分からないので……。許してあげてください。