07 マジン
大量の瓦礫と共に起き上がってきたのは一人の男だった。
濃い灰色の髪、トカゲのような顔で、長い舌が口から出ている。
上半身は裸で、一周回って気持ち悪いぐらいに鍛えられた筋肉が見えた。……気持ち悪いな、こいつ。
止まった時が流れ出し、悲鳴が響きわたる。
「おォ? ……ははッ」
敵はこっちを見ている。僕はかばんから鋼の剣を取り出し、魔力を通す。それだけで刀身のまわりに美しい青い電気が走った。
「まじん……」
そらちゃんが男を睨みながら言う。
「そうダ。俺は魔王軍ヴィーダ隊第二席の魔人、メアヴェノ・コルキソー。やル気か? ガキ」
片言の言語を話しながら唇をゆがめるメアヴェノ。
……っていうか魔王いるんだ。まあ、異世界だもんね、いるよね。こういうときでも定番の存在に少し喜んでいる部分があった。不謹慎だね、すみません。
「妹との食事を邪魔されて怒らない人はいない! ぶった斬るよっ!」
地を蹴って飛び出し、斬りかかる。
メアヴェノは全く防御の姿勢を取らないけど……疑問に思いながら振りぬくと、すぐに答えが分かった。
――キィン!
「な!?」
思いっきり振った鋼の剣は、甲高い嫌な音と共に見事に真ん中で折れていた。
バックステップでその場を離れようとしたが、
「おっセェなぁ!」
「っあ!」
腹を一発ぶん殴られただけで僕の体は吹っ飛び壁へ衝突し、無事だった店の残り半分を粉砕した。
……ぬぬぬ、血の味がする。口が切れたみたいだ。
「俺の固有魔法ハ『オーシャン・デカデンス』。ありとアらユル攻撃に対し、自動的ニ体を硬質化サせて防御すル……お前ノ攻撃は通用しなインダよ」
メアヴェノが両手を広げると、水面が波打つように周囲へ土の槍が出現する。
そらちゃんが僕の後ろに隠れた。大丈夫、ちゃんと守ってあげるから。
「死ねェ――ッ!」
「甘いよ!」
それぞれがソニックブームを伴ってつっこんでくる無数の槍。
僕が右手をかざし、そこから重力を発生させる。槍はそれへ吸い込まれ――
「うおお超圧縮泥団子――っ!」
完成した化け物質量の泥団子をぶん投げる! とんでもない硬さだぜー!
「ウぉ……!」
泥団子は顔面へ見事にヒットしたが、二歩よろけただけでほとんどダメージは通っていない。だが視界は塞げた。
僕は床がへこむくらいの力で飛び、途中で軌道を変化させメアヴェノの頭にかかと落としを叩き込む!
くらえライ○ーキックっ!
「グっァ……! 俺を怒ラセたナ、メスガキがァアア!」
「うぉっと!?」
蹴りつけると同時に右足を掴まれ、超高速でぶん回される。
いつの間にか来ていた野次馬たちから悲鳴が上がったけど、僕にもダメージはない。
たっぷり十周くらい回った後に地面へ叩きつけられた。
木の床に体がめり込み、破片が背に刺さる。痛みをさほど感じないのはアドレナリンとか言うやつのおかげだろうか、ありがたい。
「がはっ……」
ターゲットをそらちゃんへ変えるメアヴェノ。子供を狙うなんて卑怯者め、僕はまだ生きてるぞー!
今度は僕自身が音速の壁をぶち破り、メアヴェノの頭をぶん殴る。
「おらぁ!」
「うオぉおオオお――ッ!?」
ふっとばされ、建物の外へ転がって出る。
僕もそれを追って道路へ出ると、避難は完了しているようで遠巻きに見る野次馬と兵しかいなかった。これで心置きなく戦えるよ。
「『エクスプロージョン』! ぶっとべぇ!」
発動地点に細工して、敵の胴体を真上へとぶち上げる。
僕はそれを追う形で飛び上がり、飛んできたメアヴェノの頬に一発パンチをぶち込んでから地面に叩き落とした。激しい轟音と共に小さくないクレーターができる。
だが、さすがは魔人か。……僕はよく知らないけど、まあメアヴェノはこれでなお立ち上がった。
「ヘッ……通用しネえって、言ッタろ?」
「それは違う! 体内へ響く攻撃は効いているんだ――そうだね?」
苦々しい顔で唾を吐くメアヴェノ。殴打は効いていたようで、ちょっと安心。
僕は前置き無く自分の背後へ爆発を発生させ、加速。
さらにもう一度、爆発で腕を加速させて顔面に攻撃を叩き込む!
「逃がさないよっ!」
魔法で生成した壁で敵が吹っ飛ぶのを防ぎ、
「しゃらぁあああああああああ――――っ!」
自分でも数えきれないくらいのスピードでメアヴェノの頭蓋へラッシュをぶち込んだ!
「……」
たっぷり一分間のラッシュを終えると、白目をむいたメアヴェノが崩れ落ちる。
「……おねえちゃん」
「あ、そらちゃん……って、あれ?」
こちらへ歩いてくるそらちゃんの隣には、ラリルくんが立っていた。かなり疲れた顔をしている。
「戦闘中に取り残された子供がいるって言うから来たんだけど、昼くんだったんだね……ふぁあ。魔人はギルドで回収していいかな。報奨金は出すから……ふぁう……」
短期間であくびを何度もするラリルくん。眠そうだ。
「昨日ちゃんと寝た?」
「ん? ああ……まあ」
絶対寝てないな、この人。夜更かしはよくない……と言いたいところだけど、まあ、ギルドマスターなら仕事も多いのだろう。
ラリルくんは眠たそうな目で礼を言うと、ゆっくりしたスピードでメアヴェノを背負ってギルドの方へ帰っていった。
ちなみにラリルくんはちゃんと寝ています。いつも七時や八時には眠るので、このころになるともう眠くなってくるのです。