31 依頼遂行と緊急事態
ぽよん。ざくっ。ぱーん。
「すらいむ、よわい!」
現在森の最奥部あたり。
僕の目の前では、そらちゃんがスライム相手に剣で無双している。ギルガメッシュくんも後ろから、姉が斬り損ねた個体を正確に撃ち抜いている。……戦闘のコンビとしてはすごくいいんだけど、性格がね……どうにか、打ち解けてほしいものだ。
まあ、そういうわけで僕は今やることがない。しいて言えばそらちゃんたちの観察をしているのだが、特に問題は起きていないし、既に依頼で指定された数はとっくに倒し終えた。どうせいるんだからたくさん倒しておくけどね。
少しすると、頭の中にザザッと砂嵐のような音が、続いて人の声が反響する。
『あー。あー。こほん、ドゥーユーリスニンディス、聞こえてますか』
聞き覚えのある声――ラリルくんのものだ。じゃあこれはテレパシーかな。
「どうしたの?」
『今どこにいるかな、できれば早急にギルドへ戻ってきてほしい。どうせ依頼の分はもう終わってるんでしょ』
「えー、でも今そらちゃんたちが楽しそうにしてるし」
ラリルくんがテレパシー越しにわざとらしくため息をつく。なんか、ムカツク。
『これから三十分以内にギルドに来なかった場合、ギルドマスターとしての権力で冒険者資格を剥奪、高額な罰金を科す。早く来てね』
それだけ一息に言うと、ぶちっと通話を一方的に斬られる。おい、職権乱用じゃん。
別に資格を剥奪されてもたいして困ることは無いけど……切羽詰まっているみたいだし、帰ってあげよう。
「そろそろ帰ろう。ラリルくんが早く帰ってこいって」
「んー……」
僕がゴンドラを取り出すと、ギルガメッシュくんはすぐにそれに飛び乗り、そらちゃんもしぶしぶと言った感じで乗った。
ゴンドラの紐を掴み、風魔法で向きを調整しながらジェットで飛ぶ……と、ギルガメッシュくんが慌てたように声を上げた。
「おねえ! おねえ!」
「ん、なに?」
「ほうこうぎゃく!」
……すみません。
僕はくるっと回転してから、ギルドの方へ飛んで向かった。
「どうしたの?」
「ああ、遅かったね」
ギルドマスター室へ突撃すると、ラリルくんは待ちくたびれたと言った様子でソファに座っていた。
その近くには、椅子に座った勇者二人もいるが、戸惑っている雰囲気からしてまだ話を聞いていないのだろう。ラリルくんのことだし、二度説明する手間を嫌ったのだろうか。
「……おねえちゃん」
そらちゃんが心配そうな顔をしている。……やっぱり魔王関連とか? そらちゃんは未来予知ができるのかもしれないし。
ラリルくんは黒板にチョークをぶつけ、音を立てて注目を集める。
「説明が面倒だから単刀直入に言う。これから、勇者と昼くんには魔王城に突撃してもらう」
「「「え」」」
なぜに。
「まあ、自分も一緒に行く――」
「ちょ、ちょっと!」アイがラリルくんの話を遮った。「なんで魔王城!?」
いい質問だね、と頷くラリルくん。当然の疑問では?
「これから数日後、魔王軍は侵攻を再開する。それも、全勢力をつぎ込んでね――残りの四天王の三人、果ては魔王本人まで総出で侵攻を再開するんだ。予想だと、ひと月後にはここにも到達する。それを防ぐために、今から魔王本人を叩きに行くんだ」
わお……。また、急な話だね。
ただ、アイは不満げだ。情報のソースも示されていないし、仕方ないだろうけど。
雄太郎はただただ座っているので感情があんまりよく分からないが、少し気分が高揚しているのが分かる。
「情報源は示せない。休むかい? ひと月後にきみがどういうレッテルを貼られているのか予想しておくといい」
「……わかった。行くけど……」
まだ不満も残っている様だけど、ラリルくんの圧に押されてアイはしぶしぶ承諾した。
僕? 僕は……なんとなく、ラリルくんの話は確証が持てた。野生の勘ってやつかな? ぜんぜん野生じゃないけど。
「さっそく行こうか。……幸福くんと英雄くんはギルドにいてね」
一瞬誰だ、と思ったけどそらちゃんとギルガメッシュくんの事のようだ。幸せの青い鳥に、伝説上の英雄ね。なかなか的確なあだ名だ。
いっぽうその二人は、ついてこれないのが不満みたいだ。助けを求めるように僕の方を見ている。
「ぼくもたたかえ――」
――ひゅん。
空を切る音がして、僕がとっさに手を伸ばす。
ナイフが僕の手に突き刺さって鮮血が舞い、ナイフを投げつけられたギルガメッシュくんはびっくりして涙を浮かべた。
「これにも対応できないくらいなら、足手まといだよ。ついてこられるときみの大好きな昼くんが死ぬかもしれないけど、いいのかい」
「っ……」
ナイフを抜いて、傷を治す。
さすがにナイフを投げなくても……とラリルくんを睨んだが、ラリルくんは「昼くんが止めなかったら自分で止めてたさ」と手をひらひら振った。
まったく。
「ちゃんと留守番しててね? 訓練場で訓練とかして、待っててよ。すぐ帰ってくるから」
ゆーっくり首を縦に振るそらちゃんたち。……ついて来てないか確認しながら向かう必要がありそうだ。
雄太郎はポケットからタバコを取り出したが、アイに止められた。
「……行くのはオレたちだけか? 他にも勇者はいるはずだが?」
「自分の裁量で動かせて、なおかつ足手まといにならないのがきみたちだけなんだよね。ギルドマスターとはいえ、他国の勇者にあれこれ指示を出すほど権力はないんだ。ま、余計な人が入るよりは慣れたパーティの方が連携を取りやすいでしょ」
慣れたっていうか、この四人で行動を共にしたのはほんと数えるまでもない回数なんだけどなあ……。連携もなにもないと思うんだけど。
つべこべ言っても仕方がないので、僕はラリルくんの言う通りに街はずれまで向かい、ゴンドラを展開して魔王城へ飛び立った。
「……ねえ、方向逆だよ」
「ごめん!」




