29 ドリーミング・マンデー
「んー……」
日差しが暖かい。ふわふわの芝生が気持ちいい。そよ風が優しく僕の頬を撫でた。
僕が目を覚ますと、そこは昨日寝ていたはずのギルドではなかった。あたり一面に広がる芝生と、その上には雲一つない青空、大きなおひさまが大地を照らしている。
横に目を向ければ小さな池と風車がひとつずつ。風車は一定のリズムでくるくると回っていた。
ここは、どこだろう。
「よいしょ」
体を起こし、何かに導かれるみたいに風車の建物へ向かう。褐色の丸太を積み上げて作られた建物のドアを開き、中を窺った。
そこには、一人の少女がいた。
栗色のツインドリルヘア、紫の目。瞳の中には魔法陣だろうか、複雑な模様が描かれている。
白いワンピースを着て、背中には大きな翼のように赤いリボンがある。そして、頭の上には一対の狐耳が、腰には七本のふさふさの尻尾があった。
その少女がにこりとほほ笑んで口を開く。
「こんにちは、アップヒル様」
「こんにちは。きみは誰なの? ここは?」
僕が質問をぶつけたが、少女はそれにこたえるかわりに僕を建物の中へ招き入れ、机に向かい合うように座らせた。すぐに温かい紅茶が差し出される。
美人だ。外見は高校生の前半か、中学生の後半か、そのくらいだが、とても美人だった。すごくモテそうだ。
「はじめまして、自己紹介をさせていただきますわ。わたくしはリード。神ですの」
「神……ふうん」
神か。じゃあ、今の状況は夢のお告げとか……かな?
「もうわかってらっしゃるとは思いますけれど、これは夢の中。わたくし、前々からあなたのことに興味がありまして、ついこの世界に呼んでしまったわけですわ……ごめんなさいね?」
くすりと笑うリード。男の人に合わせたら緊張で硬直したりするのかな――と考えてみたけど、僕のまわりにいる男は、ふてぶてしいラリルくんと酒ばっかり飲んでいるジョンくん、あとは幼いギルガメッシュくんくらいか。どれも、あまり女の子と会って緊張する様子が思い浮かばない。ギルガメッシュくんあたりは、しばらくすれば思春期だろうけど。
「呼んだっていうけど……なにか用でもあるんでしょ?」
「さすがはアップヒル様、なにもかもお見通しですわね」笑みを崩さずに紅茶を一口飲むリード。「では、単刀直入に言いますわ。魔王を倒したら、別の大陸へ渡ってほしいんですの」
「……別の大陸? あの世界にも大陸はたくさんあるんだね」
知らなかった。まあ、僕が世間知らずなだけかもしれないけど……。
そう思っていたけど、全然そんなことはなかったみたい。
「ええ。アップヒル様たちがいる大陸の人々は他の大陸の存在を知らないので、無理はありません。ですが実際には六つ大陸がありますの。そのうちのひとつに、渡ってほしいのですわ」
リードが世界地図を机の上に出現させる。
現代日本のものとも遜色のないきれいな地図だが、大陸の形や島の配置などが全く違った。
「ここが、アップヒル様たちがいる国、そしてこちらが魔王領ですの。そして魔王軍が侵攻したのは、この国ですわ」
どうやら地図は魔道具だったようで、リードが国や地域を指さすとそこが拡大され、詳細な地図を映してくれる。便利なものだ。
「そして、渡ってほしい大陸は……こちらですわ。この大陸は、すでにあなたの大陸の存在を知っていて、調査団を派遣しています。現在はもうすでに大陸へたどり着いていて、奴隷の人材を確保したり情報を収集したりと忙しいみたいですわね」
「ふーん。まあ、渡るのはいいけど……また、なんで?」
僕の質問を受けたリードは「ごもっともですわ」と頷いてから理由を説明してくれた。
「今、あの世界は未知なる存在から侵略されようとしていますの。でも……わたくしの能力をもってしても、その未知なる存在が何かすら分かっていない。でも、アップヒル様がこの大陸に行けば未来は明るくなる……それが分かりましたの」
世界を救え、というわけか。小説みたいに「僕にメリットがないでしょー」とか言うのは、野暮だよね。善意だ、善意。
それに、あの世界が滅んでしまえばラリルくんや冒険者たち、あとそらちゃんたちに優しくしてくれた受付嬢さんたちも被害を被ることになる。
リードの雰囲気からは、僕を罠にはめようとするような意思は感じられない――神ともなれば偽装できるだけの力があるかもしれないけどね、信じてあげるとしよう。
「いいよ」
「ありがとうございますわ。では、お礼にもなりませんけれど……あなたと、あなたの眷属に私の加護を授けましょう」
リードの瞳の魔法陣がぽやっと輝き、僕の体へ温かいエネルギーが流れ込んでくる。これが加護か。
「わたくしの加護は、運命をいい方向へ曲げる力。具体的に説明するのは難しいけれど、きっとあなたの将来は明るいですわよ」
「ありがとう。……で、眷属って言うのはそらちゃんとか?」
「ええ、そうですわ。そら様とギルガメッシュ様に限らず、あなたの眷属およそ一万羽に加護を付与し――」
「ぶっ!?」
そ、そんなにいたんだ。いや、エウィルを倒すときも『バベル』でたくさん召喚したけど、それでも千も行ってなかったよね。いっぱいだあ。
「大丈夫ですの?」
「うー、ごほん。大丈夫、そんなにいっぱいいるとは思わなかっただけで……」
「ふふ、ご自分の能力の把握はとっても大事ですのよ。今度時間を見つけて、ぜひ魔法の点検をしてみてくださいな」
そうしておこう。ちょうど紅茶はまだ飲んでなかったらいいものの、噴き出していたら大変だった。
せっかくなので一口飲んでみる。
「……にがい」
「あら、お口に合わなかったんですわね。次お招きする時は……うーん、子供向けの飲み物を用意するとしますわ」
子供……まあ子供なのは事実だし、実際大人の飲み物は飲めないからありがたい。
すこし、何気ない会話を交わすと、建物がギギギと低い金属音を立てる。
「そろそろアップヒル様の精神をここにとどめておくのは限界のようですわね。では、またお会いしましょう」
僕の視界が光に塗り潰されて真っ白になると、次はどんどん暗く染まっていき――僕の意識も、そこで途絶えた。




