02 若者よ、街へ出よう。
街へ出ると、綺麗なレンガ造りの建物がたくさん並んでいた。うん、日本よりきれいかもしれない、僕の趣味も入ってるけど。
王城の近くは静かで人が少なかったので尋ねてみると、通行人はややバカにした感じで教えてくれた。
「知らないのか? このあたりは貴族街。大きい建物が多いだろ? 俺の父さんも子爵だから、そこを曲がったところに綺麗な家があるんだぜ。向こうに行くと順番に商店街、住宅街、スラム街だよ」
礼を述べて、もうちょっと向こうへ歩いてみる。貴族街はひとつひとつの家が大きいからか、なかなか景色が変わらなかったが、魔法でびゅーんって飛んでみるとすぐに商店街へついた。
商店街は、それはもう活気あふれるタウンだ。露店が果物や皿、木の彫刻などをいろいろ売っていて、人々の楽しそうな会話が耳に入ってくる。
僕は適当な店のおばちゃんを捕まえた。
「ね、いくつか聞いていい?」
「んー、何を聞くんだい? おばちゃんの年齢とかは教えないよ?」
「それはいいんだ。えっとねー、旅のひとだからこの国についてよく知らないんだけど……」
おばちゃんは笑顔で色々教えてくれた。この国はルミネア王国、小さいけれど千年前から続く歴史ある国で、ここは王都らしい。さっき僕が荒らしちゃったのは王城で間違いないようだ。ゴメンネ。
「それはそうとして、どうだい、りんご? あんたかわいいから五十セントで負けとくよ」
「あー、お金持ってないんだ、ごめんね」
ただ、時間だけもらって去るのは少し忍びないから、かばんの中を見て支払いができそうなものを探してみる。ふむ、虹色のちょうちょのガラス細工があった。
「これと交換できる?」
「!? あんた、どこでそんなのを!? いや、聞かないでおくけど……好きなだけ持ってきな!」
くくく、引っかかったなおばちゃん。いや、悪いことしてるわけじゃないけど。
異世界あるある、地球の方の工芸品はめっちゃ精密で綺麗だから価値が高い。
「おばちゃんありがとー!」
麻袋に入った三つの大きなりんごを見る。百均で売ってるようなガラスの塊で、こんなおいしそうなりんごを三つもゲットできるなんてもうけもんだね。
ひとつ取り出してかじると、口の中に甘みがじわっと広がった。素朴な味って言うのかな? よく分かんないけど。
追跡の騎士が来たらまずいので、僕は適当な路地に隠れてからジェットで大空へ飛び立った。詳しく言えば、足から火を出して飛ぶってやつ。我ながらかっこいいね。
……え? なんでさっきおばちゃんにいろいろ聞いたかって? まあ、気にするな。
鳥よりも高く飛びながら、国外への脱出を目指す。今の速度がだいたい時速三万キロなので、まあ一時間も飛んだし別の国についたでしょ。
「よーっと」
徐々に減速しながら地上へ落下する。ここもさっきいた街と同じくらいの都会で、すごい賑やかだ。
公園みたいなところに回転しながら飛び降りて――ばっちり着地を決める。
ちょっと拍手されたのは嬉しいかな。
僕は現在冒険者ギルドに来ております!
手早く登録を済ませ、小さなソファに座ってりんごを食べていると、革鎧を着て斧を持ったムキムキの男が向かいに座った。けっこうイケメン。
「おうチビ、お前にゃ登録は早すぎるんじゃねーか?」
「まあね」
僕は確かにチビだ。別にコンプレックスでもないから怒ったりはしないけど。
「で――おじちゃん、名前は?」
僕がそう聞くと、周囲で爆笑が起こった。
「はっはっは! あいつ、おじちゃん呼ばわりされたぜ! ぶはははは!」
「……えっと、お兄ちゃん?」
「……もう何でもいい」
お兄ちゃんは腰に下げていたガラス瓶のふたを開けると、中のオレンジ色の液体をぐいっと飲んだ。どうやらお酒みたい。
「あー、オレはジョンだ。二十八歳、冒険者ランクはB」
「まだ若いんだね、ごめんごめん。僕はアップヒル、十二歳の猫又だよ」
そう名乗ったけど、種族はこの世界にないのだろうか、ジョンくんは首をかしげる。
「ねこまた? なんだそりゃ」
「んー、まあ猫耳があってしっぽが二本ある人のこと」
尻尾を両手で持ち上げてみせる。
「おっ、よく見たらしっぽ二本だなあ。そんな種族もいるのか……世界は広いな」
ちなみに冒険者ランクはFからSまである。だいたいわかる通りで、Bはかなり高い方だ。Sは伝説の勇者レベル――とはいえ数人はいるらしいけど――なので、Aが事実上の天井となる。
「でまあ、僕は登録は早いかもしれないね、たしかに。でも定番でしょこういうの……って言っても伝わらないか」
「ああ、定番はお前くらいの年齢ならどっかの道場にでも行って訓練受けてるぜ。冒険者になるなら強い方がいいしな」
しかしながら僕はもう既に強いのである! さいこーだぜ、猫又無双! ひゃっほー!
……というのは置いといて。
「まあ僕強いからね。たぶんジョンくんより」
一瞬複雑そうな顔をしたのは、この宣言のせいかそれとも『くん』呼びのせいか。
「ひゅー! こんなチビッ子に負けてんのかジョン!」
「……はあ……大人を舐めるなよとか説教垂れる気はないし面倒な戦いは嫌なんだが、こいつらがやる気過ぎるからな……よし、表出ろ!」
「おー! やってやるー!」
よく分からない流れだが、とりあえず僕はジョンくんと決闘をすることになっちゃったよ! ぐふふ、我が力を見せつけてやろう。
表出ろとは言われたが、結局連れていかれたのは屋内の訓練場だった。ギルドのロビーにある扉をくぐれば、そこは大きな訓練場だ。何に似てるかと言えば、まあ体育館だね。ここはそれよりもだいぶ広い。
「ちなみに聞いておくが……武器は良いのか?」
「え? ……ああ、木刀でいいかな」
かばんからジャパニーズ木刀を取り出す。ずっしり重く、普通に一般人が使っても骨折ぐらいさせられそうだ。僕がやれば、余裕で首を刎ねれるね、当然しないけど。
観客たちは勝手に金をかけているらしい。僕の年齢が年齢だから世間を舐めたイタいガキって思われているらしく、ジョンくんに賭ける人が多い。
ジョンくんが構えたのは、訓練場に置いてある木製の斧。もちろんさっき持っていた鉄の斧を使うわけではないらしい。
「それじゃ、準備いいな?」観客の代表者がコインを指に乗せる。「これが地面についたらスタートだ」
僕とジョンくんが同時に頷き、コインが投げられる。地面についたのを見た瞬間――僕は地を蹴って飛び出す。
「『トランジェンス』! せやー!」
魔法でその場に残像を残し、見えない速度で移動する。これでジョンくんは残像を本物と認識したようで、残像へと斧を振りかぶる。真後ろへ飛びかかった僕。
「騙されるかァ!」
ジョンくんは一瞬で本物の僕の方へ斧を振ってくる。でも、甘い!
「こっちだっ!」
もう既に僕は遠くへ移動していて、そこから炎の弾丸を飛ばしていた。思いっきり斧を振った後で硬直したジョンくんへ、途轍もない速度で炎が迫り――
「そこまで!」
ジョンくんは大爆発でふっとばされるのと同時に、制止の声が上がった。手ごたえからして結界か何かに阻まれたらしく、その証拠にジョンくんは無傷で立ち上がる。
「いや、つええな普通に」
「でしょ!」
観客は、大多数が地面へ崩れ落ち、残りの少数が飛び上がって喜んだ。何で分かれてるかって? もちろん誰に賭けたかだよ。
ちなみにいろいろ出てくる昼ちゃんのかばんですが、あれはお手製の魔法付きかばんです。内容量は無限で、いくらでも入ります。四次○ポケットってやつだね。
昼ちゃんの名前『アップヒル』は、英語で書くと『Uphill』。意味はそのまま『(道が)上りの』とか、『(仕事が)困難な』とか言う意味です。テストには……出ますかね?




