12 ドッドゥルドパーンチ!
ハチェアーの持っていた情報は、メアヴェノのそれとほぼ同じで、たいした収穫はなかった。
ラリルくんは、また逃げられると大変だから、と留置所にしばらくいるらしい。
「ドッドゥルド・タザマロゥね……」
名前をつぶやきながら、僕はハチェアーの描いてくれた似顔絵を見る。ハチェアーはどうやらそういう方面の才能があるようで、とても絵がうまかった。
紫色の髪に、紫色の瞳を持った女だ。肌はやや青白く、片目はクロス状の傷跡が入っていて閉じており、首と額にはぐるりとラインのように謎の記号のようなものがびっしり書かれている。
……それと、ボンキュッボンだ。うらやましくなんかないからね、ちくしょう。
「……おねえちゃん、それだれ」
受付さんがくれたオレンジジュースを飲んでいると、そらちゃんがやってきた。
そらちゃんも冒険者になりたいみたいで、僕が出かけていた時は他の優しい冒険者についていって、採取や戦闘のコツなどを教わっていたみたいだ。
「悪いやつだよ。昨日ラリルくんが連れてきた魔人たちいたでしょ? この人が助けに来るかもしれないんだって」
「ふうん」
そらちゃんにもオレンジジュースをあげると、ちょっと困ったような顔をした。
「どうしたの?」
「……いっしょにクエスト、いきたい」
なーんだ、そんなことか。
「いいよ! 一緒行こうか! じゃあ、どれがいいかな……」
一分の相談の末に決定したのは、街からかなり離れた砂漠地帯での魔物討伐依頼だった。
これは正確には、その砂漠だけに棲む特殊なサソリの死体を持ってくる依頼。外骨格は防具や装飾品に、毒が入っている小さな袋は錬金術で薬になるそうだ。
そこでしか採れないサソリだから報酬も高いのだが、なにぶん遠いので依頼を受ける人は少ないらしい。でも、僕にはジェットがあるのでその点は問題ない。便利でしょ。
今、僕は砂漠へ向かってジェットで空を飛んでいる。
「大丈夫? 怖くない?」
「ん」
それもそうか、そらちゃんはもともと鳥だもんね。
そらちゃんは僕の背中にしっかり掴まって、流れていく地上の景色を楽しんでいるみたいだ。さっきまでは街だったけど、今はたくさんの白うさぎがいる高原の上だ。かわいい。
「あと一分くらいかな。あ、見えてきた」
地平線に見えた白い砂漠が、どんどん迫ってくる。上空から見ても人は全く見当たらなかった。
地図によれば、ここらへんはどの街からも遠く離れているので通るのも一苦労だから、めったに人が訪れることがないらしい。砂漠の向こうの国に行きたい人たちはみんな回り道をするのだ。そりゃ、宿もなければ魔物はいるし、大変だよね。
「よっと」
そらちゃんをお姫様抱っこしたまま砂漠へ着陸する。ん、砂漠にしてはあんまり暑くない。
「さ、じゃあちゃっちゃとやろうかな。……あ、何か持っておく?」
「けんがいい」
「じゃあこれね」
子供向けのやや短い剣を一振り渡す。かなり強力だし、何が子供向けなのかと言えば魔法でセーフティロックがついているから自分に刺さらないという点くらい。便利でしょ。
僕も白い半透明の剣を取り出した。サソリは外骨格も素材になるから、あんまりやたらと傷をつけてはいけない。
だから浅くて小さな傷で済むように、切り口から即効性の毒を流し込める仕掛けの剣を使う。
砂漠には障害物となるものがあんまりないから、獲物はすぐに見つかった。
「あれだね。一瞬でやっつけるから、見てて!」
「ん」
少し離れたところにそらちゃんを置いておいて、一瞬でサソリへ近づく。
こちらに気付いたサソリが毒針の狙いを定めるより速く――
「せいっ!」
一瞬で腕の先を斬り飛ばした。すぐに毒が回って痙攣を始め、動かなくなる。
「ね、すごいで――え?」
後ろを見たら、そらちゃんはいなかった。
「え? そらちゃん? そらちゃーん!?」
どこにも見当たらない。魔法で探してみても、そらちゃんがいない。
「……おおおお落ち着け僕。そう、こここういう時こそ冷静にならなけらば」
噛んだ。
一応サソリの死体をかばんへ突っ込み、あたりを見回し……
「上から行くぜ! 気をつけなぁああああ!」
上から来た!
とりあえず一撃目を剣で弾き飛ばし、後ろに飛びのく。
現れたのは、やや青白い肌と紫の髪を持つ、ボンキュッボンの女性――そう。
「ドッドゥルド・タザマロゥ……」
「よく分かったじゃねぇか。そうアタシが魔王軍スリガルラ隊第五席、ドッドゥルド・タザマロゥだ!」
ドッドゥルドの武器は何もないようだ。初撃もライ○ーキックだったし、触れた相手をしとめるという魔法に合った戦い方と言えるだろう。
「そらちゃんをどこへやった?」
「あの青いチビか? もう、殺したよ」
そうして投げて寄越されるのは、青い髪の束だ。……この色、このつや、このサラサラさ。
間違いない、そらちゃんの髪だ、たぶん。髪には真っ赤な血がやや付着していた。
「てかなー。なんでここまで来るかな。ハチェアー様がアンタに転移用の陣を描いててくれたみたいなのに、まったくアタシもタイミングが悪い……うぉっ!?」
「許さんからね」
ドッドゥルドの肩に深い傷が入り、紫色の血が飛び散る。ふうん、一部の魔人って血の色も違うんだ。
探してみると、ドッドゥルドの言う転移用の陣はすぐ見つかった。
左腕に、目に見えない特殊なインクで雑に描かれている。いつの間に描かれたんだろ。とりあえず魔法でそれを消し飛ばした。
「『トレイン・レイン』。潰れろ」
「っ!?」
魔法でドッドゥルドの周囲六方向から潰しにかかる。
「クソッたれがぁ、『インヘイル』ッ!」
風が一瞬弱まった。その隙にドッドゥルドは逃れる。
「『フィーバー・アンド・フレンズィー』!」
「うわっ」
バカみたいなスピードで殴りかかってきた。なんとか身をよじってそれを躱すと、反撃に『エクスプロージョン』を一発叩き込む。
「むんッ、効かないね!」
爆発の衝撃を筋肉によって無理矢理押しとどめ、すぐに近づいてくる。うーむ、化け物か。
「『ウォーターガン』!」
「『インヘイル』!」
威力の弱まった弾丸は真正面から殴り潰され、僕めがけて拳が飛んで来た。僕は難なくバックステップで避けたが……
「アンタはね……アタシのスピードを見くびっていたみたいだ」
「がはっ……!?」
急激に加速したドッドゥルドの拳が、僕の腹を貫いた。
それと同時に僕の脳内へえげつない量の情報が流れ込んでくる……。
明日は投稿を休むと思います。




