~和装男子に恋する男子。ライバル同士の剣道男子~
【BL×剣道。和装男子に片想い。――ライバルは、誰よりも好きな人。】
剣道部の『彼』を好きだった、同じく剣道部の『僕』、幼なじみの僕は。
でも、好きになるずっと前から。――叩きのめしてやりたかった、彼を。共にやっている剣道で、常に僕の上をゆく彼を。
道着の袴を汗にまみれさせ、鍛錬を重ねる僕。
一方、その袴がスカートみたいで。決して履けないスカートみたいで、嬉しい僕。
――男として剣士として、彼を越えたい僕。
――女の子の気持ちを持って、彼を恋する僕。
揺れ動く気持ちを抱えたままの僕と。
そんな気も知らない、バカな男子同士だと思っている彼――剣に対してだけは常に真っ直ぐな、美しい斬り手。
どこへ行き着くのだろう――彼への恋は、彼との勝負は。揺れ動く僕は。
袴を普段着にしたいよね、ということで、僕ら二人の意見は一致した。
とはいえ、すでによく履いてはいる。一日に二時間やそこらは。何なら今も履いている、僕らは。
たとえ肩車して竹刀を振るったとして、決して届かない高さの天井の下。広い板敷きの間に、床を踏み割るかのような彼の足音が響く。竹刀を振るって飛び込んだ、踏み込みの音。
武道場にはもう、他に誰もいなかった、隣の畳敷きのスペースにいた柔道部も先に帰っていた。居残り練習につき合ってくれた、彼と僕だけがいた。その練習も終えて片づけるところだ、防具は二人とも外している。
木製の格子の向こうにある窓、蛍光灯の光を反射するガラスの向こうに見える景色は、すでに黒一色。宇宙のように隔絶された黒。
彼は踏み込んだ先で足を継ぎ、足を継ぎ。やがて残心を――技を放った後相手に向き直り、構え直す動作を――取った後。身を反らせ、竹刀を持ったままの片手を上げて大きく伸びをした。
それからもう片方の手で、黒髪の荒く波打つ頭をかく。
彼は竹刀を肩にかつぐ。片手で、ばさ、と音を立て、袴の裾をさばく。そうして膝辺りの生地をつまみ、しげしげと眺めた。
「まあ普段着は無理にしてもよ。やっぱり袴だよな袴……この開放感、動きやすさ、それでいてこの端正なフォルム……正に武士、侍の装束……いい……」
僕もまたうなずき、眺めた。彼のつまみ上げた袴を、そして。彼自身を。
袴をつまむ骨太な手。汗に湿り、その色を濃くした藍染の道着。けして太くはないが、ぎちりとした筋肉を具えた、侍の体格。
いつも何かに挑んでいるような鋭い目つきは、今だけは緩められ。手にした袴に注がれている。
「うん。いいよね。美しいよね」
僕は彼を――袴ではなく彼を、気づかれないように――見ながらそう言い。
それからその場でくるくると回り、自らの袴の裾をひらめかせた。
彼の履く袴は、侍の装束として美しくて。
僕自身が履く袴のことは、別の意味で好きだった。
動きにつれて、ふわり、となびくその装束は、
まるで、丈の長いスカートのようで。僕自身は決して履けない、スカートのようで。