第99話 片割れ
「絶対許さねえ、アイツ」
「まあまあそう言うな。ほら、リンゴ食え」
ベッドに横たわったまま、龍人は天井を睨んでぼやいた。体には包帯を巻かれ、両手にもしっかりとギプスを施されている。自分でもなぜ両腕の骨がヒビだらけになっているのかが理解できないが、自分が意識を失った後に何かが起こった事だけは確かである。そんな彼の傍らでは、弥助が上機嫌でリンゴの皮を剝いていた。
「何が許さねえやアホ。真っ先にぶっ倒れたくせに」
その隣のベッドでは、点滴を受けながらレイが彼を横目に嘲笑っていた。こちらもこちらで負けず劣らずの施され様であった。龍人よりも倒れるのが遅かったというだけであって、傍から見れば大して差異は無いだろう。颯真からしてみれば、似た者同士と言った所であった。
「まあ、その…生きてるだけで儲けもんだろ。お前ら自慢できるぜ。あの裂田亜弐香を相手に生き延びたなんて、普通なら武勇伝まっしぐらだ。まあ俺も一緒にあやからせてもらうが」
「ああ ? お前速攻で降参したらしいじゃねえかよ…いてて」
上体を起こして反論をしたかった龍人だが、体は即座に悲鳴を上げて彼に警告をしてくれる。しょうがなく再び横になろうとするが、気を利かせた弥助が可動式であるベッドに備えられたスイッチを押し、ゆっくりとモーターを唸らせて体を起こさせてくれた。
「そうやそうや。お前命乞いしたやろ。ウチ覚えとんのやで、ギリギリ」
「してねーし。謝罪ついでに一時停戦を申し込んだだけだし。心は折れてねーし」
「それを世間では敗北って言うんだよバカ」
手が使えない都合上、剥かれた林檎を齧らせてもらいながら、颯真に対して龍人は言った。器用にもウサギの形をした林檎は酸味と甘味、そして皮の渋味のバランスもちょうどいい。薄味続きの食事に辟易していた胃袋には久しい刺激であった。
「所で話変わるが、お前大丈夫だったのかレイ」
颯真が椅子に腰をかけてから彼女を見る。
「ん ? 何が ?」
「裂田の反応を見るに、お前なんか細工したろ。毒か ? 体の中に隠し持ってたのか」
「ああ…あれかい。一部の歯をな、差し歯にしとんのや。それで噛みついたら勝手に砕けて、噛んだ時に出来た傷から入るようになっとる。まあウチも体の中に毒入れんよう必死やったけど、解毒剤も持っとったしな」
「汚い。流石殺し屋一家の令嬢。ホント汚い」
「そらそうやろ。やり方に拘って飯食えんくなったら笑えんし」
二人がへらへらとした態度で会話をしている一方、龍人は浮かない表情のまま外を見た。分からない。どうして自分達が生き残れているのか。あのまま殺されていてもおかしくなかった。何があったのか。
「客が来たぞお前ら」
弓田が病室に現れ、そのまま背中にいる人影を一同の前に晒す。佐那だった。彼女は焦った様子で病室を進み、そのまま龍人の顔や体を触る。
「無事だったのね⁉体の具合は⁉」
「おい、あまり激しく接触するな。怪我人だぞ一応」
戸惑う龍人を眺めつつ、弓田が佐那に警告をする。彼女はすぐに我に返ったのか、少し頷いてから距離を取る。颯真の義翼が腕状に変形し、彼女のために近場にあった椅子を寄越してくれると、遠慮をせずにそれへ腰かけた。
「仕事中だったってのに、台湾からわざわざ戻って来たらしいぞ」
弥助が林檎を差し出すと、佐那は一礼して一つ受け取る。少し嬉しかった。自分の事をこんなに心配してくれたというのが。だからこそ邪推してしまう。何を思っているんだろうか。呆れか ? 失望か ? それとも怒りか ?
「その…仕事は大丈夫だった ? サボって」
龍人は恐る恐る口を開いてみる。
「埋め合わせは後でどうとでもなる。それよりもあなたの事が心配だった…流石に、一人きりにさせるのは早すぎたのかもしれないわね」
「いや、別にそんな大袈裟な事にはなってねーって ! なんだかんだ生きてたし」
「でも死にかけたのよ ? その…もし助けが無かったら」
「そりゃ皆がいたから何とかなったけど―――」
”俺の事だよ”
佐那と話をしていた時、龍人の頭に言葉が駆け巡った。明らかに自分の意思とは別の、異物としか言いようがない声”異物とは何だ異物とは”…それが以前よりも鮮明に響いたのである…何なら今しがたにすら起こった。
「り、龍人… ?」
辺りを見回す姿にレイが思わず尋ねてしまう。頭の打ちどころが悪かったせいで、何がしかの欠陥が思考回路に生じている可能性さえも疑っていたが、龍人は意に介さず窓の外を見た。元気にはしゃぐ野良犬がいる。弓田曰く毎度餌をねだりに来る名物犬との事らしく、黒毛の雑種が呑気に病院の前で黄昏ていた。
”あれでいいか”
声がまた聞こえたと思った直後、腕が勝手に動いた。そのまま霊糸を放つと、窓ガラスを割って野良犬の方へと飛びついて行く。周りが何をしているのだと騒ぎ、弓田は弁償しろと憤るが、龍人でさえ何が起こっているのか分からない。そのまま霊視は野良犬へ食い付くが、その途端に野良犬が微動だにしなくなってしまう。やがて動き出すが、先程とは打って変わって重々しく慎重な足取りで動き、やがて龍人達がいる病室の窓へと寄って来た。
「中に入れろ。何が起きたか話してやる。片割れ」
犬が喋ったのだ。いくらこの町といえど、「犬が喋るわけない」という類の常識は存在するらしい。たちまち悲鳴が湧きあがり、それを見た野良犬は納得いかなそうに顔をしかめるしかなかった。




