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ドラゴンズ・ヴァイス  作者: シノヤン
参ノ章:激突

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第89話 最後の仕事

 レインコートを身に纏い終わった直後、乱暴なエンジン音と共に車が敷地の中に雪崩れ込んできた。統一性の無い様々な車種に化け猫や鬼たちが乗っており、おおよそどこの所属かは察しが付く。


「龍人、鴉天狗がそっちに行ってる。結構な数だ。コート使え」


 颯真からの合図を聞き、龍人はすぐさま襟元の裏側に備えているスイッチを押した。爆竹じみたパチンという強烈な音がすると、徐々に身体が透き通っていき、足元を見てみれば自分の体が屋根に溶け込んでいるような感覚を味わえてしまう。


「これどういう仕組みだ ?」

「ウチの財閥で開発した即席装備だよ。生地と生地の間に光の屈折率を操作できる特殊な蟲たちを敷き詰めてる。スイッチの音に反応する様に訓練させて、音を聞いた瞬間に防衛本能として体を透明化するように仕向けてんだ。後は適当に体動かしてたら勝手にストレスをためて常時透明になってくれる。仕組みが仕組みだから、製造してからの消費期限が短い上に一回こっきりの使い捨てだがな…蟲たちはご愁傷様だ」


 何ともおぞましい道具である事を聞き、龍人は身震いしながら天窓から再び観察を続ける。スイッチを入れた音に誰も気づかなかった事は幸いだろう。車から降りてきた者達は、皆揃って兼智のいる倉庫の中へと入って来ていた。


「やあ~兼智くん。待たせてゴメンなあ」


 最後に入って来たのは籠樹であり、彼の傍らには裂田の側近である源川がなぜかいる。


「あ…あの…裂田さんは ?」

「ああ~、それなんやけどな。ちょっとあの人急な用事できて来れんくなってん。やから代わりに源川さんに代理してもろおとるんよ。それと…これ土産や、ほれ」


 若干の怯えが見え隠れする兼智の方に、籠樹は笑いながら黒い大きめのビニールを放り投げた。何か丸みのある、重たそうな物体が入ったそれは兼智の足元へ落ちると、ゴツンという音を立てた。どういうわけか臭い。ビニールの臭いとは別に何か別の異臭が混じっている。袋の中にその原因がある様だった。


「はよ開けえや。お前のために頑張ったんやぞ、こっちは」


 籠樹の言葉に脅しにも似た怒気が微量に含まれていると分かり、兼智は震えながら近寄ってそれを開ける。「ひっ」という、兼智らしくない悲鳴が漏れ、彼はゆっくりと後ろへ後ずさった。


「翔希…」


 兼智がそう呟いた通りだった。見間違いようのない。夥しい殴打の跡が余すところなく見られ、両目を抉り取られた惨めな姿になっていた。異臭の正体はゴミ袋の中に溜まっていた血液だったのだ。昼頃の解散の連絡以降に音沙汰がなくなった事を怪しむべきだったと、兼智は今更ながらに後悔していた。


 遠目とはいえ龍人も動揺したが、すぐに冷静さを取り戻して観察を続行する。このような事態に直面した際、平静さを保つために真っ先にやるべきは正当化である。目の前の死体に対して”あいつは死んで当然であり、悲しむ必要は微塵も無い”と言い聞かせるのだ。たとえ事実と違っても無理やり頭に叩き込み、傍観者的な立場に自らの意識を置く事で、いくらかショックが和らぐ。佐那からの教えであった。


「酷いもんやと思わんか ? お前がウチと手ェ切って足洗うために解散するって話、こいつ真っ先にタレ込んだんやで ? ウチみたいな組織は利益あれば何でもするし、使えそうな奴は全然ウェルカムなんやけど…正直、頼んでもないのにチクリを平気でする奴は、身内にいたら何しでかすか分からんからな…勝手に落とし前付けさせてもろたわ。文句ないな ?…ん… ?」


  籠樹は兼智へ語り掛けていたが、いきなり中断をしてから、後ろにいた自分の部下達の方へ振り返った。何人かは銃器を所持しており、その中でも一際巨大な装備…対物ライフルを所持している者を指で呼び寄せる。


「この武器めっちゃええやろ。最近アメリカからようやく仕入れてん。ホンマ裂田ちゃん様様やわ」


 武器を譲り受けた籠樹は上機嫌な態度でそれを弄り出し、弾倉を挿入してからボルトを引いた。まさか撃つ気だろうか。兼智は義翼を動かして逃げようとしたが、籠樹は手をかざして彼を止める。


「ちょい待ちや。お前何勘違いしとんのや」


 真顔でこちらに語り掛ける籠樹に兼智は気圧され、ピクリとも動けなくなった。籠樹はそんな彼へと一歩、また一歩と近寄っていくが、天窓の真下手前で静かに足を止める。


「そこやな」


 籠樹は呟くと、すぐさま銃身を構えて天窓を狙った。厳密に言えば天窓からは阿若干ズレている屋根の部分であったが、轟音を立てて放たれた弾丸は屋根を貫通し、窓から体を引いて身を隠していた龍人の胸へと命中する。体が透明とはいえ念のために身体を隠していたというのに、あっさりと見抜かれてしまっていた。


「捕まえろや。まだ死んどらん」


 籠樹に命じられ、部下達の内の数名はすぐさま外へと出て行く。そこから籠樹は別の部下に使っていたライフルを返し、再び兼智の方へと歩みを進めた。


「すまんすまん、邪魔がおったから…でも惜しいな。もう一緒に仕事できんのや。兼智君はとても働き者で、結構気に入っとったんやけど」


 兼智の肩を叩き、不満と寂しさを籠樹は漂わせている。何かが変だ。だってあんたは怒っていたじゃないか。たった一度のしくじり程度で翼を奪い、俺のこれからの人生プランを何もかもめちゃくちゃにしてくれたじゃないか。どうしてそんなに優しげな顔が出来る ? それらの疑問の意味は、間もなく分からされてしまった。


「せやから、これが最後の仕事やな」


 籠樹の発言の直後、彼が隠し持っていたオートインジェクターがシャツの上から兼智の腹に刺さった。中には妙な黒い液体が詰め込まれており、それが一滴残らず兼智の体内へと流れ込んでいく。


「ワシらのスポンサー様に、ええ所見せてやってくれや」


 のたうち回り、漆黒に染まった眼球から黒い涙を流し始めた兼智へ、籠樹は笑みを投げかける。やがて彼の体があらぬ方向へとねじ曲がり、繊維が千切れる音と骨のが砕かれる渇いた音が聞こえ、彼の体が絶叫と共に変態し出したのを見て籠樹は満足げに頷く。どうやって治療を受けたのかは知らないが、あれほどの仕打ちをしても尚生きていられた生命力を兼智は持っている。もしかすればと思ったが自分の目に狂いはなかったのだ。実験は大成功だった。

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