第88話 動き出す何か
深夜、龍人達は風巡組が拠点の一角として使っていた倉庫へと訪れていた。兼智の姿を始めて見たその場所に来た時、龍人は不愉快な記憶を思い出して渋い表情をするが、その不愉快さを堪えて龍人とレイは入り口の手前にあった倉庫の裏へと回った。
「どんな感じだ ?」
颯真の声が、耳に付けたイヤホンを通して聞こえて来る。いちいち携帯を取り出すのも面倒という事もあって、彼がわざわざ自前で用意してくれた小型の通信機であった。とはいっても電波を使うわけではなく、神通力を介さなければならない性質上、鴉天狗とのみ通話が可能になっている。彼らが操る神通力の一端を体感できる代物として、最近完成させた試作品との事だった。
「敵影なし。てかこれ本当にすげえな。鴉天狗っていつもこんな感じで話したりするわけ ?」
「時と場合による。結構体力使うんだぜ。それでもわざわざトランシーバーを使うよりは、余計な荷物を増やさなくて便利ではあるがな。しかも電波から会話を盗み聞きされる心配も、切断される心配もない。俺に何かない限りはな」
「そこが一番心配なんだが大丈夫かよ」
「おいおい。それなりだが一緒にやってきたろ ? 信用しろって」
颯真と龍人は相変わらず軽口を叩いていたが、レイは周辺の気配の無さに違和感を抱いていた。風巡組は兼智の度重なる失態によって後ろ盾を失いつつある。見張りを雇うどころか、自分たちが取引に使う商品の在庫すらまともに確保できなくなっているのだろう。すっかりもぬけの殻と化していた倉庫を眺めていると、その推測は間違ってはいない筈である。兼智が仮にこの場で解散を宣言するとして、そもそもそれを正直に聞き入れた上で周辺に情報拡散させてくれる者達が集まるのだろうか。可能性は低い。
だがそれを踏まえた上で思考をしても、この倉庫群の状況はいささか不自然であった。仮に兼智に求心力が無いとしても、既に約束の時間は迫ってきている以上何かしらの動きがあっても良い筈である。あからさまに静寂であった。
「レイ、どうした ?」
颯真との話を終えた龍人が後方に立っている彼女を見た。
「いや、ちょっと静かすぎんかなって。お礼参りしたがったり、野次馬みたく煽ったりしたくて集まるバカとかもっておりそうやん ? 普通」
「もう興味持たれてないって事じゃねえの ? あの手の過激な連中持ち上げる奴らの知能なんてたかが知れてるしさ。ましてや仲間になりたがる奴なんておこぼれ貰えなくなったって分かったらすぐに逃げ出すよ。まあ確かに変だが。前に颯真がぶっ壊した倉庫以外でも、暗逢者を檻の中で管理してた筈なのに全然いねえし…もしかしてどっかに運んだのかな ?」
「逃がしたんやないか ?」
「それはないな。結構数がいた上に、いきなり解き放ったら町での目撃件数や被害報告だってもっと増えてる筈だ。でも財閥の情報からするにその辺に関しては特に変わらないって言われてる。かといって風巡組だけで全部を力づくで処分できるとも思えねえ。老師の話だと、少し強いヤツが一匹出ただけで封じ込めるのがやっとらしいし。風巡組の戦力って」
「やからどっかで誰かが管理してるって事かい。まあ理屈としてはありやな」
二人は不穏な気配を漂わせている待ち合わせ場所を散策し、やがて兼智が待機している最も巨大な倉庫の屋根へと飛び乗った。
「見ろよ、もう来てるぜアイツ」
屋根に設置されている天窓から下を見降ろし、龍人が中を指さした。兼智がぶつぶつと独り言を繰り返し、辺りを行ったり来たりして、落ち着きも無い様子で呼び出した仲間の到着を待っている。自分がほんの少し痛い目を見た程度で善人面をしている。少し虫のいい話ではあるが、不貞腐れた挙句開き直られて暴走し出すよりは幾分かマシな道に進んではいるだろう。
「さて、上手く行くかねえ」
龍人は天窓から離れ、身を隠す準備のために背負っていたバックパックを降ろしながら呟いた。
「上手く行かん気がするわ。こういう身を切る様なマネする時って、必ず周りに話通してお膳立てしてやるもんやからな。そういう裏方での立ち回りとかするタイプやなさそうやし、百パー反感買うわ」
「やけに詳しいな」
「まあ、勝手な都合で自分の身内を裏切るって意味なら同類やし。ウチなりの経験談みたいなもんやと――――」
レイがそう言いかけた時、二人が耳に付けていた通信機が作動した。
「龍人、レイ ! 聞こえるか⁉マズい事になってる」
「なんや ? どしたん ?」
「招良河の団地で火災が起きたらしい。綾三と美穂音から連絡が来た。近くで功影派の連中を見かけたから今追ってるって ! 放火かもしれねえ」
颯真の報告に二人は顔を見合わせる。次の行動をどうするかについて、考え付くのに時間はかからなかった。
「行ってええか ?」
「ああ。こっちも片付いたらすぐ向かう」
「おおきに」
龍人の返事へ即座に感謝を述べ、レイが倉庫の屋根を降りて姿を消した。颯真は遠距離からの援護に徹する以上、前線で出張るのは自分しかいない。人手がもう一人くらい欲しいという憂鬱な渇望を感じつつ、龍人はバックパックから黒ずくめのレインコートを取り出した。




