第85話 修羅場の再会
輸送用の魔物に乗り込んで一時間が経った。大きな体躯から伝わる振動に時折バランスを崩しかけながら、弥助はカゴの上で周辺を見回す。足の下からは極卒の鬼たちによって拷問にかけられ、地獄の洗礼を受けている亡者たちの悲痛な呻きが湧き起こってくる。鬼には二種類いるとされ、地獄に住み続けている種と現世へ移り住んだ種がいるらしいが、代わり映えのない地獄の環境のせいで力と知能に関しては現世にいる種より大きく劣ると聞いた事がある。
「信長様はどこだ ?」
そんな事で見つかるなら苦労はしないと分かっているが、弥助は目を凝らしながら見慣れない赤と黒で構成されたおどろおどろしい情景を見物する。はるか遠くには剣によって埋め尽くされた針山の如き山脈が佇み、それを中心として懲罰のために設けられた場が多種多様に広がっている。弥助はとっくに圏外となっているスマホを取り出し、手書きで描かれた地図の写真を眺めた。
「可能性があるとするなら…”等活”か ?」
等活。生前において殺生をした者が落とされることになるという地獄である。亡者同士による殺し合いや鬼たちによる処刑が行われ、いくら死のうとも必ず蘇らせられてしまい、延々と殺しによる苦痛を味わう事になる場所であった。殺生に限らず、大なり小なり罪を犯しながら生きるのが人間だが、善行を積むことで赦しを得る事も可能である。しかし、あの時代に生きた戦士達にはそんな余裕も無かったであろう。最初から極楽に行ったという線は一切考えていなかった。
「となると…お、もしかしてあそこか ?」
殺し合いが日常茶飯事な場所とあれば分かりやすい。何しろ一番騒がしいに決まっているのだから。そう考えていた弥助の読み通り、どこかから喧噪な騒ぎ声が聞こえて来る。いつの間にか輸送用の魔物は、武器がぶつかり合い、悲鳴と雄叫びが互いを掻き消そうとするかのようにせめぎ合っている場所へと辿り着いていた。やがて籠の側面が開き、泣きながら拒もうとする亡者たちが蹴落とされていく。弥助も後に続いて飛び降り、着地をしてから辺りを見回した。
中々刺激的な場所である。亡者たちは全裸で、血みどろになり合いながらもみくちゃに殴り合い、中にはどこかから手に入れたような錆びた武器を、素人特有のぶれている体の動きと共に振り回している。そんな小競り合いも束の間、鬼たちが嬉々として現れては捕まえて嚙り付き、手に持った鉈や金棒で嬲り殺し始めた。絵に描いたような弱肉強食が繰り広げられ、それを盛り上げるかの如く怒号と叫びが耳を叩いてくる。銃がないという点以外は、自分の故郷でも割かし目にした光景だった。
そんな中、一際不気味さを醸し出しているのがとある建築物であった。どこかから切り出した岩を積み上げ、更には人骨による装飾が隙間なく施されている。等活地獄の中央にて、城の様にそびえているというのに誰もそこを狙おうとしない。中の住人から話を聞くのも悪くない。そして何より避難先として丁度いい。
弥助は走り出した。のんびり歩いていてはたちまち標的にされてしまいかねない。現に先程蹴り降ろされた亡者たちは、早くも他の亡者や鬼たちにとって絶好のおもちゃと化していた。手足を引き千切られ、はらわたを武器でほじくり返され、絶望の中で滅んでいく。だがすぐに風が吹き荒れ、たちまち肉体を再生してしまう。そして再び殺し合いに巻き込まれてしまう。
走り出した矢先、亡者たちが飛び掛かって来た。普段から殺し慣れている亡者とも、殺され慣れている鬼とも違う生者の匂いと新鮮さ、それがたまらなく彼らの加虐欲を刺激する。だが哀れな事に、開醒によって強化された弥助の体の前ではあまりに無力過ぎた。たちまち殴り倒され、更には刀を召喚した弥助によって切り刻まれて間もなく絶命してしまう。申し訳なさはあったが、ここで死ぬわけにはいかない。
騒ぎに気付いた鬼たちも続々と弥助を目指して動き始める。四方を囲まれる事の危険性を弥助はよく分かっていた。以下に屈強といえど、数の暴力によって押しつぶされてはかなわない。突破方法こそあるが、こんな所で無闇に使って余計なエネルギーを消耗したくはなかった。
髑髏の城を目指し、やがて入り口である門が見えてきた時、弥助は異変に気付いた。意気揚々と襲い掛かって来た亡者や鬼たちが、揃い揃って足を止めている。そのもどかしそうに唸る姿はあきらめとも違う。何かを恐れ、警戒しているかの様に見えた。
刹那、城門の上から人影が現れた。槍を携えたその人物は、粉塵を巻き上げながら立ち上がって弥助の行く手を塞ぐ。筋骨隆々の体躯、豪快で固そうな黒髭、鬼に負けずとも劣らない厳ついしかめ面。弥助はこの男に見覚えがあり、相手の男にとっても同じであった。
「シバタ ? お前、カツイエ・シバタだろ⁉俺だよ ! 覚えてねえか⁉」
「…貴様、弥助か ?」
二人が口を開いたのは同時であった。弥助は顔を明るくし、彼へ歩み寄ろうとしたものの、相手の男の顔は険しいままだった。
「…ここで会ったが百年目よ」
槍を構えた男が一度足踏みをすると、体から開醒特有の光が放出される。臨戦態勢である事を示す合図であった。




