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ドラゴンズ・ヴァイス  作者: シノヤン
参ノ章:激突

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第80話 甘くはない

「帰れっ ! 今更何しに来やがった⁉」


 本人の素行を考えるならば、行脚が順調に行く筈などあるわけが無いと龍人達も思っていたが、やはりどこに行っても同じである。必ずと言って良いほど、辛辣なもてなしを兼智は食らう羽目になっていた。


「その…謝らせて欲しいんです ! 金とか、詫びの品とかは無いですけど、せめて顔だけでも―――」


 バケツに入れられた水で体を濡らした兼智だが、深々と下げていた頭を上げて年老いている小鬼を見た。この家もまた、兼智を拒絶したい一心を隠す事すらしていなかった。


「お前とその仲間が因縁付けてリンチにしてくれたせいで、ワシの孫は車椅子が無きゃ満足に外すら歩けない体になっちまってんだ!!顔を見せてくれだあ ? 今でもてめえらのニヤケ面が夢に出てきて泣いてるってのに、まだ追い打ち掛けるってのか ! 」

「そ、その…えっと必ず詫びはします。治療費でも何でも、時間はかかりますけど―――」

「そうか ! なら、てめえらがまとめて首吊ってくれるのが一番の手土産だな ! さっさと消えやがれ ! それとも水に濡れるだけじゃ足りないのか⁉おい婆さん ! コンロで温めてるやかんの茶を持って来い !」


 間もなく、妻と思わしき別の小鬼が湯気の滲み出ているやかんを怒りに満ちた形相を浮かべて持ってくる。兼智はたまらず逃げ出し、その姿を見て龍人は頭を抱えた。考えてみれば当然である。皆が皆、過去を水に流してくれるほど間抜けなお人好しではない。悪人が豹変し、近づいてくるのであれば企みがあると判断するのが当然である。その防衛的な考えを口実として、攻撃に転ずるものだって確実に現れるだろう。文字通り、骨の折れる作業になりかねない気がした。そして、その予測はすぐさま的中した。


「消えやがれっ ! 」

「ぐっ… !」


 次に向かったのは喫茶店であるが、そこの店長と思わしき一つ目小僧はあろう事か彼を護身用のバットで殴ったのだ。脇腹を狙われた兼智は何とか腕で防いではいたが、その表情は苦悶に満ちている。ビルの上から観察をしていた龍人達だが、どうも穏やかじゃない状況を前にして体をうずうずさせている。必要ならば力づくで仲裁するまでであった。


「く、来るんじゃない ! 俺は本気だぞ ! 」

「ま…待ってくれ。話を…」

「騙されるか ! てめえのせいで俺の家族はくたばっちまったよ ! 親父もお袋も借金漬けにされて自殺して ! 姉貴は薬漬けにされて精神病院行きだ ! それでもまだ奪い足りねえか⁉ええ⁉」


 一方の現場では、店の周辺の家屋から続々と住民たちが顔を出し始める。騒ぎを聞きつけて何事かと目を丸くしている者もいるにはいたが、兼智の姿と喫茶店の店長の怒鳴りによって、状況を察したのか憎悪的な険しい顔をする住民が大半だった。


「山賀さん、そいつまさか…」

「風巡組のゴミ野郎だ ! ノコノコやって来やがった !」


 住民の一人が店長に向かって尋ねると、彼は即座に回答した。たちまち辺りではざわめきが起こるが、次第に場の雰囲気が薄暗くなっていく。兼智に対する負の感情が澱のように積もり上げ、住民たちが皆その空気感に呑まれてしまっていた。


「マジかよ…」

「いい機会じゃねえか ? ウチもだいぶ迷惑かけられたからな」

「もしかして一人か ? 仲間がいるんじゃないのか」

「いや、一人みたいだぜ。なあに…いざって時は財閥か老師様に頼めばいいさ。誰も風巡組の味方なんざするわけねえしな」

「…やっちまうか」


 やがて引き金はあっさりと引かれた。住民たちの中でも比較的若い、血気盛んそうな連中が次々に衝動的な加害欲を口走り出したのだ。近くに積まれていた回収用の空き瓶を手に取ったり、拳を鳴らすなどして暴力に入り浸るための準備をし始める。あまり猶予は無さそうである。


「なあ、マズいぞこれ…」


 颯真が狼狽えた。龍人も頷いて動こうとした直後、背後から別の誰かの足音が聞こえる。レイだった。


「よ、何かあったん ?」


 龍人の隣に立ち、挨拶ついでに下を見降ろす。兼智が住民達を静止しようとはしているみたいだが、彼らはもう聞く耳を持っていないようだった。じりじりと距離を詰め、兼智を囲うようにして逃げ場を潰している。義翼を使って飛んで逃げれば良いというのに、兼智は頑なにそれをしようとしない。彼は彼なりに、誠意を見せようと努めているのだろうか。だが死んでは元も子もない。


「お前何でここに ?」

「何でって…風巡組潰すの協力しろ言うたやん。全員や無いけど、”苦羅雲”のほとんどの連中からは同意得たわ。お痛が過ぎん程度にこの辺うろついて連中見つけたら締め上げるようにする。その方針で行くって事だけ伝えとこかと思て。所で、あれ風巡組の奴ちゃうん ?」

「手貸してくれ。アイツ助けるぞ。颯真はここで待機しててくれ。一般人に実弾使われると流石にマズい」

「はあ ? 話とちゃうやん。脳味噌ぼけとんのかい」


 屋上から飛び降りた龍人に悪態をついたレイだが、そうしながらも仮面を付けて嫌そうについて来てくれる。空から降り立った二人に住民が振り返って驚愕するが、そんな彼らの事など意に介さずに龍人達はガヤの中に突っ込み、乱暴に押しのけながら兼智から距離を取らせる。


「はいはいはい。全員一回頭冷やそうな~」


 突然そう言いながら乱入してきた龍人達に、いきり立っていた住民の一部は「引っ込んでいろ」と野次を飛ばすがすぐに他の者達がそれを抑えた。佐那の弟子だという情報はかなり広範囲に行き渡っているらしく、ひとまず若い人間の男を見たら龍人だと町の住民は思うようになっていた。


「さっきの…ああ、いた。店長さんさ」


 龍人は人込みの中に紛れ込もうとしている喫茶店の店長を見つけ、大声で呼びかけた。こいつはこいつで中々良い性格をしている。周りをヒートアップさせておきながら、先頭に立つ事を早々に辞めて熱狂の中へ隠れるように引き籠ろうとしているのだ。


「こいつにトラウマ持ってんのは同情するけど、周りを焚き付けておいて逃げるのは感心しねえな。さっきまでのバットでぶん殴ってた勢いはどうしたよ ?」

「お…お前に何が分かる !」

「何が分かるか…うーん。こいつが今日の朝っぱらから何をしているのかとか…それぐらい ? 別に何か悪さしてる様な感じでも無かったぞ。何か言いたい事があるらしいけど、全然相手にされてなくてさ。もう慌てまくり。見ててちょー面白かったぜ」


 取り返しのつかなくなる前に介入こそしたが、龍人の言葉に擁護をしようというような意思はほとんど感じられなかった。兼智はおろか、共にいたレイでさえ僅かに

疑念を抱くほどである。


「何だよ…風巡組を庇う気か ? あんた老師の弟子なんだろ ! こいつをぶっ殺してくれよ !」

「いやそうじゃなくてな。ぶっ殺したら一回で終わるじゃねえか。勿体なくねえか ?」

「も、勿体ない… ?」

「だって考えてみろ。こいつが生きてさえいれば、いろんな奴にペコペコ頭下げたり土下座したりして、唾やら水やら掛けられて追い返される無様な姿が見放題なんだぜ。しかも落ちぶれて惨めな姿になっていくオマケ付き。でも俺がここで殺したらそれでおしまいなんだ。たった一回殺して終わりなのと、生かさず殺さずでずっと苦しんでもらいながら玩具にされるの。憂さ晴らしとしてどっちがお得だよ ?」


 当然、本気で思っているわけでは無い。ただこの状況で兼智を生かすとなれば、それによってメリットが生ずる事を伝えて興奮している者達を宥めるのが手っ取り早そうだと判断しただけである。実力行使など出来れば避けるべきであり、犠牲者が出るという事態になれば収拾がつかなくなる。自分のせいでそうなったとあれば、兼智のメンタルにも間違いなく悪影響が及ぶだろう。


「山賀さん…こんな奴の事なんか構う必要なんかねえ。復讐してえんだろ ? アンタだって」


 ところが、群衆の中にいたビール瓶を握り締めている住民が呟いた。


「ああそうだ。社会のゴミを庇うって事は同じレベルの知能と価値観しか持ってないゴミって事だ。まとめてぶちのめしてやれば良いさ」

「だ、だけど彼は老師の―――」

「知るもんか。"アンタの弟子が反社とグルになって悪さしてた”と言い訳すりゃ納得もするさ… ! おい ! これが最後だ ! 死にたくなかったらどけ! 」


 もはや正当性は放り捨てられ、暴力そのものを振るいたいがために口実を作っている状態にも近かった。龍人に向かって一部の住民が怒鳴り出すが、レイは仮面越しに鼻で笑う。


「雑魚っちゅうんは…やり返してこん相手にだけは滅法イキるんやなあ。見てて哀れになるわ」


 彼女は指を鳴らして準備をしていたが、龍人はその隙に背後にいた兼智の方を見る。


「情報源だからな。死なれると困る」


 それ以上の言葉は発さなかったが、それが逃走を促す合図だというのは兼智にもよく分かった。「すまねえ」と言い残し、なれない義翼でぎこちなく飛び立った彼を住民たちは追いかけようとしたが、龍人達が立ち塞がる様に止めた。


「あーあ、逃げちゃった」


 龍人が悪戯っぽく笑う。


「ふざけんな ! てめえ逃がしやがったな ! 」

「これで晴れて風巡組の仲間ってわけだ ! 」

「ぶっ殺してやる !」


 まともな住民達は既に引き気味に距離を置いて熱狂を見守り、残るは暴徒のみであった。目的に関係が無いとはいえ、このまま放置して兼智を付け狙われても困る。兼智を狙うという事は自分と敵対するという事。それがリスクになる事を理解させつつも殺さない…尚且つ後遺症にならない程度の躾が必要だろう。龍人はそう考えながら開醒を発動した。

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