第76話 善意による行動
「えぇ~…皆さん ! こんにちは !」
葦が丘地区の町内会長がコンビニの前でお辞儀をすると、その周りに集っていた住人達も返事をしながら小さく会釈をした。住人といっても多様である。昼間は閉まっている飲み屋の店主、ホームレス、嵐鳳財閥から派遣されたサクラ、親子連れ、更にはどう見てもカタギではないガラの悪さが目立つ輩といった具合に混沌としている。
「しかし、財閥もよく派遣したな。こういうのって仕事サボってるって扱いにならねえの ?」
町内会長が昨今の情勢を憂うしょうもない御高説を垂れている時、龍人は隣にいた颯真へ尋ねた。
「地域への貢献と好感度稼ぎってやつだ。こういうのは業務扱いって事で何人か送り込まれたりすんのよ。金持ってる連中ってのはいつの世も嫌われやすいからな…少しでも良い人アピールしとかないと」
「世知辛いな色々」
「お前だいぶ難しい言葉覚えたな龍人…」
金持ちなりの苦労を労わる龍人と、彼の些細な成長に感嘆する颯真の更に横では、弥助がウキウキではめた軍手の確認をしつつ、トングを動かして音を立てていた。傍から見れば、どうしてこんなに高揚しているのか意味が分からないとしか言いようが無いのだが、龍人にとっても気持ちが分からなくも無い。いつもはやらない事をして、尚且つ誰にとっても損にならない行為というのはなぜだか清々しい気分で楽しめる物だ。
「―――改めまして、一時間後にこちらで集合しましょう。それでは始め !」
町内会長の一声で、野次馬達は一斉に散らばって町の清掃に乗り出した。せっせと拾い集める者は決して多くなく、大半は拾ったゴミを見てどんなアホが捨てたのかを勝手に考察し合うか、少しだけ拾いながらも付近の散策をしながら駄弁る事に集中しているばかりである。
「しかし真面目にやらねえな。どいつもこいつも」
龍人はタイヤに轢かれた惨めな空き缶を指で弄ってから、雑にゴミ袋の中へ放り込む。
「そんなもんだろ、こういう活動って。義務感だよ義務感。それに月一でゴミ集めてたら、もうほとんど残ってねえだろ」
吐き捨てるように言っていた颯真だが、後で分別が楽だからという理由で律儀に複数個の袋を携えてゴミを拾い集めていた。ツンデレなのか何なのか知らないが、善性とやらを嫌いになれないのか、颯真はこうして時々言動が一致しない事がある。
「でもいつも参加してるんでしょ ? 素直じゃない子…」
「うおっ、キヨさんいたんだ」
「あら、ちょっと嬉しいわね。さん付けしてくれるなんて」
龍人の方にいつの間にか乗っていたキヨが揶揄い出し、不意打ちを食らって驚いた龍人達は体を少し震わせた。
「てか弥助さんは ?」
「なんかゴミ拾いながらナンパ始めたから、呆れてこっち来ちゃった。しかしあんな奴と関係持ちたいなんて言い出す妖怪がいるなんてね…信じられる ? ゲイのトランスの吸血鬼が弥助に言い寄ってきたのはビックリしちゃった。”ジェシカ”にチクってやろうかしら」
「ああ~…まあ、その人はうん…しゃーない」
キヨがは笑っていたが、誰の事なのかうっすらと理解していた龍人は苦笑いをして、颯真もセンシティブそうな話題だからと口を噤んでいた。
「ところでジェシカさんって誰 ?」
「あいつのカミさんよ。ヘルズキッチンでダイナーをやってる。あそこのホワイトチョコ・シェイクは本当に絶品だからいつか――」
「ちょっと待って。おっ、やってるやってる」
キヨの話題が別の物に移り替わろうとした頃、龍人がそれを止めて物陰に隠れ出した。彼らが隠れた寿司屋の建物の三十メートルは先だろうか。兼智がいた。せっせとゴミを集め、時折現れた通行人などに対しても捨てたいゴミなどが無いかを話し掛けている。
「良かったらその…今、ゴミ拾いしてるんで、ゴミがあればお預かりしましょうか ?」
「おお~気が利くね、お兄さん」
朝帰りらしい酔っ払いが嬉しそうに空になった煙草の箱を受け取り、兼智はお辞儀をしながらそれをゴミ袋に入れた。龍人達は暫く観察をしていたが、それ以降も住人達からゴミを受け取るか、積極的に道端に落ちているゴミを回収し続ける。へばり付いているガムさえも必死にこそぎ取っていた。
「何だよ、女の子の腕へし折る以外にもちゃんと仕事出来るじゃねえか」
「励ましてるのか貶してるのか分かんねえぞ龍人」
龍人達は問題が無さそうだと判断し、兼智がこちらに気付かない内に立ち去り出した。てっきりふざけるかサボると思って締め上げる準備をしていたが、思っている以上に真面目だったせいで却って拍子抜けしてしまった部分もある。
「しかし…お前もよく連れてこようと思ったな」
移動した後の休憩がてら、奢ってくれるという事で自販機に立ち寄ってから颯真が切り出した。
「別に俺は来いとか言ってねえよ。人手が欲しいな~って呟いたら、アイツが勝手に来た。それだけ。まあいい事じゃねえの ? これからはあんな風に迷惑かけず生きていけば」
そう言いながら龍人は缶のサイダーを買い、体に悪そうな大げさすぎる甘味を口と喉に流し込む。どういうわけかあまり嬉しそうにはしてなかった。
「お前も前科持ちだもんな」
自販機の周りに屯したまま、どうせ同情心による物だろうと考えていた颯真も龍人へ返した。
「バカ、そういうのじゃねえよ。それに…お前人の事言えねえだろ」
「まあ確かに、それなりに無茶苦茶はやってるが―――」
ただの皮肉か。そう高を括っていた颯真も言い訳を連ねようとするが、その直後に言い放たれた言葉によって、彼の思考と行動は完全に停止した。
「風巡組の初代ボス…知らないわけないよな ?」




