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ドラゴンズ・ヴァイス  作者: シノヤン
参ノ章:激突

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第68話 来日

 米国のニューヨークから、東京を経由してO県の空港に一人の男が降り立っていた。身の丈は一メートル九十センチはあろうかという体躯の、後ろを縛ったドレッドヘアーを揺らしている黒人である。


「帰って来たぜ。ニッポン…いや、ジパングか」


 空港を出るやいなや、バックパックを片手で持ったまま男が言った。


「何が帰って来たよ。ほんの暫くの間いただけじゃない。それも何百年も前に」


 どこからから女性の声がする。男の持っていたバックパックの中から漆黒のトカゲが現れ、男の着ているタンクトップへ器用に張り付いて登ると、彼の大きな幅をした肩に乗っかってきた。


「おいおい。昔の話と言っても、俺にとっちゃアフガンへの派遣なんか目じゃないくらいに濃密な思い出なんだぜ。”こっち”に戻ってくるときに、お前が付いてきたのは想定外だったが」

「旅は道連れってね…それより弥助、ここからどうするの ?」

「そこは問題ない。あれを見てみろ」


 トカゲに尋ねられた黒人の男は、ターミナルから移動して目の前の駐車場を指さした。奥の方に黒いスーツを着た、いかにもお役人と言った堅苦しさのある近寄りがたい雰囲気を纏う青年がいる。彼の後ろにはセダンが止められており、遠目で見た限りでは間違いなく注文通りの代物だった。


「お待ちしておりました。弥助様」

「こっちではフィル・リチャードソンの名前で呼べ。色々と面倒くせえからな。こいつが移動用の足か ?」

「はい、ご希望通りに赤色でご用意しました。フォード・マスタングでよろしかったですか ?」

「しかもシェルビーか、いいね」

「目的地までは既にナビで設定をしています。現地に私の部下がいますので、彼にキーを渡して頂ければ」

「あいよ。日本支部の連中は仕事が早くて助かるぜ」


 弥助は男に礼をしてから車に乗り、エンジンを付ける。威勢のいい始動音が鳴ると、高揚した弥助はご満悦そうに頬を緩めてから発進させた。


「あのさあ、日本に来てまでわざわざアメ車に乗る理由ってあるの ?」


 助手席で乗り込み、想像以上の加速に対して踏ん張っていたトカゲが尋ねる。


「フォードってのは、工業製品としての自動車の元祖だ ! つまりアメリカの魂。俺のアイデンティティだぜ ! 意外と愛国心強いタイプなんだぞ」

「ふーん…あっそ」

「興味ないんなら聞くんじゃねえよ最初から…」


 くだらない趣味嗜好の雑談と共に一人と一匹は道路を走り抜け、一時間ほどして神社へと到着する。彼らは知る由も無いが、龍人が現世から旅立つことを決めたあの場所であった。


「お疲れ様です。こちらを」


 駐車場で車のカギを受け取った別の黒服が、酒を弥助に渡してくる。中々の量であった。


「成程、入り口を隠してるからこれで洗ってしまえってわけか…こんな真昼間だが、人はいないよな ? 門を開けるのはいいが、傍からしたら完全に迷惑な外国人だぞ」

「境内を管理をしている者達に連絡をし、既に貸し切りにしてあります」

「分かった、ホントに気が利くな。そうだ ! 現金は持ち歩かない主義だが、ここは治安の良い日本だからな…ほら、チップだ。さっきの奴と一緒に山分けでもしてくれ。世話になった礼だ」


 命令とはいえ、自分のために時間を割いてお膳立てをしてくれた。そんな彼らに対する弥助なりの誠意であったが、黒服は紙幣を見た後に頭を下げる。


「…申し訳ありません。職務の都合上、贈収賄に該当しますので」

「何だよ、真面目だねえ。分かったよ…それじゃあ元気でな」


 弥助は落胆し、改めて別れを告げて境内へ向かった。暫く歩いた先にあった大鳥居の前に立ち、佐那と同じように酒を撒いてから印を結び始める。彼女ほどの素早さは無いが、その動きは確かに熟練とも言える慣れがあった。やがて合掌の後に片手を地面に付けると、肉体から霊糸が放たれて巨大な門を作り上げてみせる。


「ワオ、どういう仕組み ?」

「霊糸ってのは、自分の生命力を操作して五感と肉体を強化する技だ。応用すれば、自分の生命力を相手に流して触れられるようにする事も可能。こんな風に、隠されていた物であろうと姿形を一時的に具現化させられる。だから幽霊や妖怪への対抗手段になり得るってわけだ。霊感が強いって言われる人間は、皆無意識にこの霊糸に近い形で自分の生命力を辺りに放出してしまう。そのせいで見えてはいけないものが見えてしまうんだそうだ」


 驚いてるトカゲに対し、弥助は得意げに語りながら門をくぐる。話を聞きながら入り込んだ先には、ネオンやビル群から放たれる灯かりで輝いている仁豪町が遠方に待ち構えていた。


「驚いたな…本当に作っちまったのか。異形達にとっての隠れ家を」


 町へ近づいて行く弥助は、感慨深そうに呟いた。街の正面にある大通りへ着くと、付近にいた妖怪や幽霊たちは全員が物珍しそうに彼を観察している。黒人に馴染みの無い国では度々起きる現象だが、仁豪町であろうとそれは変わらないらしい。そもそも人間を見る機会が少ないのだから。


「で、お目当てはどうやって探すの ?」

「慌てるな。他所者である以上は現地に馴染む努力をまずはしねえと…そうだ。買い物ついでにあの屋台で話を聞いてみるか」


 トカゲに聞かれた弥助の視線の先には、年季の入った薄汚い屋台があった。それなりに行列が出来ており、看板には大きく”たこやき”と書かれている。成程、オクトパス・ボールか。弥助は脳内で翻訳してからその行列に近づくが、行列は思っていた以上に速く消え、大した時間を待つことなく自分の番が回って来てくれた。


「お兄さんゴメンね ! 今新しいの焼いてっから…おっと、人間か。こりゃまた珍しい」


 足を生やした蛸という呼び方がふさわしい怪物が、複数ある足を器用に動かして仕事をしている。眼光の細い、禍々しい目を動かしてこちらを見てきたが、反応はかなり薄かった。


「その様子だと、人間を見るのは初めてってわけでもないんだな」


 メニューを眺めながら弥助も口を開いた。


「ああ、知り合いがいるんだよ。人間のな。この辺りじゃ有名人。だけど、同じ人間でもお兄さんみたいなのは、写真とか映画以外じゃ知らなかったかな」

「そいつは結構…明太マヨと大葉チーズ、それとプレーンを一人前ずつくれ。ついでに聞きたいんだが、霧島龍人って男を知ってるか ? 玄招院佐那に頼まれて会いに来た」


 こちらの要望を聞いた店主の手が一瞬止まり、それを見た弥助は名前を出して正解だったと確信する。「困った事があれば自分か龍人の名前を出せ」と事前連絡はあったが、ここまで効果があるとは思っていなかった。その時、屋台の裏側から姿を見せてきた青年がいた。


「おやっさん、タコの仕込み終わったぜ」

「あいよ ! そうだ、龍人くん。君にお客さんだよ」


 あまり使い込まれていないエプロンを付けていた龍人は、店主に言われて弥助の方を見た。確かに助っ人が来るとは聞いていたが、ここまで唐突なのは想定外である。


「弥助だ」

「私はキヨ。よろしくね、坊や」


 突然の訪問に驚いている青年を前にして、トカゲと黒人の男は不敵に笑いながら握手を求めてきた。

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