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ドラゴンズ・ヴァイス  作者: シノヤン
弐ノ章:生きる意味

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第56話 掌返し

「意外としつこいんだね、君」

「どうも、悪運が強いもんで。昔っからな」


 少し気分が高揚している龍人を見た亜弐香は、少し意外そうに反応した。確かに手応えはあったが、まさかここまで平然としているとは夢にも思ってなかった。どんなトリックだろうか。あの手に見える光る脈からして、霊糸…つまり、かの行き遅れたばあさんが使う怪しげな妖術、幽生繋伐流の類だろう。しかしだからといって、自分の蹴りを食らって致命傷すら負っていないのはどういう事だろうか。


 龍人もまた、己に生じた幸運を祝い、同時に機転を利かせた自分の判断を讃える。開醒を使う際、体を強張らせてから呼吸によって肉体全体へ空気が行き渡る姿をイメージするのだが、そのイメージをより鮮烈にしたのだ。それも霊糸を纏った二本の腕のみに対して。


 皮膚や骨どころではない。筋繊維から毛細血管に至るまで、ありとあらゆる場所を埋め尽くすように霊糸を肉体へ張り巡らし、生命の波動が浸透していく様子を思い浮かべ、呼吸を整える。以前に佐那が話していた開醒の応用技、”開醒・尖凝式”である。自身の意識を向けた部位のみに限られるが、それによって得られる肉体への強化は通常の開醒とは比べ物にならない。


 それを腕に向けて発動した状態で、彼女の蹴りを防いだのだ。まさか実戦で、それも即座にできるとは思っていなかった。その代償として肉体の他の箇所は、通常の開醒よりも弱まった状態だったせいで壁にぶつかった背中は痛かったが、あんな化け物の蹴りを馬鹿正直に喰らうよりマシだろう。


”これを極めれば、武器を持たずとも五体をはじめとしたあらゆる肉体の部位を凶器に出来る”


 稽古の最中、人差し指で鉄板を突いて風穴を開けた佐那が、得意げにこちらを見て言っていたのをよく覚えている。あの人と同じ領域とはいかないまでも、これならば突破口になるかもしれない。


「よし、仕切り直そう」


 ようやく武器を手にした。そう思えた龍人は笑い、亜弐香の方へ走る。今度はこちらから仕掛けるのだ。心なしか、亜弐香が目を丸くしていたような気がした。コツは分かった。両腕に尖凝式を纏わせながら彼女へ打撃を放つ。その際、踏ん張れるように脚でも同じように尖凝式を発動するのだ。とは言っても腕と足を同時に持続させるのは難しい。なのでほんの一瞬、パンチをする際に行わなければならない踏ん張る動作の時にだけ行うのだ。そうする事で体力も精神力もすり減らさずに済む。それでいて攻撃力の低下を懸念する必要もない。


 最初の一撃は、彼女の腹部の右側面に入った。次は顎、更には腹の中央。勿論左側の側面への攻撃も忘れない。しかしこの数撃で龍人は違和感に気付く。反撃がないのだ。頭の中で描いていた、亜弐香による反撃とそれへの対抗策も考えていたというのに、一向にこちらへ迫る殺気を感じられない。何より不穏を掻き立てるのは、重厚な鋼の柱を殴っているような感触と、視界でちらりと見える力む様子もなさそうな彼女の腕や体である。防ぐつもりすらないというのか。


 距離を取らなければ。しかしこのまま怖気づいて逃げるのも惜しい。そう考えた龍人は跳躍し、最後の一撃として全力の拳を亜弐香の顔の、鼻の下あたりへとぶつけた。この女が何を考えているかは知らない。知りたくもない。だが好奇心が負けた殴る瞬間だけ、裂田亜弐香という女がどんな顔をするか見てみたかった。そしてすぐに思った。見なければよかったと。


 彼女はずっと拳を見ていた。瞬きをする事なく、自分の顔に龍人のパンチが叩き込まれる瞬間を、呑気に観察しているのだ。そして勢いによって彼女の首が後方へと動いた時、その視線はぎょろりと動いて龍人の怖気づいた目とかち合う。余裕のある、それでいて鋭い強者の眼差しであった。


 息を早くしながら龍人は着地し、亜弐香は後方へ少々後ずさりする。だがすぐに止まった。


「…へぇ」


 小さな声が彼女から洩れ出た。僅かに仰け反っていた上体が元の正しい位置に動き、パンチの勢いによって天井の方を向いていた顔をこちらへゆっくりと戻す。笑顔だった。彼女の口が、思わず零れてしまったという表現が正しいであろ笑みを朗らかに作り上げていた。若干ではあるが、口の端に血も滲んでいる。


「いいじゃん」


 押し殺してはいるが、確かに高揚に満ち溢れた龍人への賞賛だった。それが逆に龍人を苛立たせ、同時に恐れさせた。”いいじゃん”だと ? あれだけされて出てくる言葉がそれなのか ?


「悪口とかよりも、そういう扱われ方される方がメチャクチャ傷つ――」


 疲労が見え始めた龍人が、立ち上がりながら言った直後だった。先程よりも遥かに早く、そして勢いの増した拳で龍人を打ち抜いてきた。辛うじて開醒を使っていたが、背骨が飛び出たのではないかという程の衝撃が体を貫き、そのまま二部屋分ほど壁をぶち抜いて龍人が吹き飛ばされた。恐らく、籠樹達の部屋まで戻ってるだろう。


「…力みすぎたかな」


 亜弐香は握られたままの拳を見つめ、自分が想像以上にムキになっている事に気付く。だが我慢のしようがない。ようやく見つけたのだ。退屈な自分の世界を華やかに、そして刺激的にしてくれるかもしれない存在を。




 ――――まだ終わらないものなのかと籠樹が寂しそうにして、煙草をふかし始めた時に龍人は現れた。入り口付近の壁をミサイルの如く突き破りながら現れ、一度床に墜落してからすぐに受け身を取って跪く。


「無敵かよあのゴリラ…」


 顔を歪ませながら何とか立ち上がった龍人だが、籠樹や彼の部下がこちらを凝視している事に気付いて慌てて会釈する。同時に、床に散らばった羽と翼、そして兼智を目撃して驚愕する。


「兼智、お前… !」

「うわっ、まだ生きてる」


 龍人が困惑した直後、暑くなったせいでシャツの袖を捲り始めた亜弐香が部屋に入って来る。


「おかえりやけど、随分手こずったんやな裂田。しかもまだ死んどらんし」


 籠樹も亜弐香へ嬉しそうに手を振っていた。その傍らで、龍人は身の振り方を必死に考える。状況の把握を細かくしたいが時間は無い。少なくとも分かるのは兼智がピンチ、あの化け猫と目の前のゴリラ女は恐らく仲間、自分は死を望まれていた。この三つである。一番安全な、自分の生存確率が高くなる選択肢を選らばないといけない。


 戦闘の続行は御法度である。ほんの少しの戯れではあるが分かった。亜弐香は今の段階で戦って良い相手ではない。それに続行すればあの化け猫たちも混ざってくる可能性がある。かと言って降参もマズい。この手の連中に優位性を与えた場合、どのような要求を突き付けられるか分かったものではない。しかも間違いなく、拒否権の行使は許さない性質だろう。となれば、残る方法は近くで転がっているこの役立たずのポンコツを利用する以外にない。そしてその具体的な手段は、容易に考え付く。


「な、なあちょっとタンマ。一回落ち着こう、な ?」


 龍人が彼女を制止した。少しノリ気だったのか、きょとんとした態度で彼女はこちらへ向かう足を止める。一気に冷めた様な顔をして、ポキポキと音を鳴らしていた拳を解いた。


「…どうかした ?」


 亜弐香は落胆したかのような態度で見下すように聞いた。


「いやさ、コソコソ嗅ぎまわってたのは悪かった。そこは謝る。でも別に警戒しないで欲しいんだ。俺は…そこの兼智に用があって来たんだから。ぶちのめしに」


 兼智がこちらを見た様な気がしたが、龍人は敢えて無視した。自分もいじめる側であるというスタンスを明確にする。それこそが己が苛められないようにする一番の方法であったからだ。

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