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ドラゴンズ・ヴァイス  作者: シノヤン
肆ノ章:狂宴
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第100話 憩い

「解毒剤の投与が間に合って良かったですね」


 自宅にて、点滴に繋がれた亜弐香を見ながら駆け付けた専門医が言った。複数の毒素が混合されており、対応できる薬品を探すのに苦労はしたが、ひとまず峠は越えただろう。驚くべきは亜弐香の生命力と体の頑強さである。彼女の身内によれば、自力で帰宅した上でこうして呼び寄せる程度には余裕があったのだから。


「うん、そうだね」


 ソファに腰を掛けたまま、体に所々出来ている痣と切り傷を指でなぞり、亜弐香は医者の方を見ずに呟いた。キッチンでは、源川が看病用に料理をこしらえ始めており、パチンというコンロのスイッチを入れる音が響く。


「ひとまずこのまま様子を見ましょう。交代で看護師を呼びますから、何かあれば彼らに話を通してください」

「はい。御足労頂き、ありがとうございます」

「ええ。それでは…」


 源川がキッチンから離れて医者に一礼をして見送る。すぐにキッチンに戻って調理を再開するが、中々声をかけづらかった。作業に集中をしたいという点もあるが、亜弐香が何を考えているかをイマイチ想像できず、どんな声をかけるべきかに迷っているのだ。軽傷と呼んで差し支えないのは事実だが、それでもあの怪我の仕方は久々に見た姿であった。


 ソファにもたれ掛かったまま、亜弐香は天井を見上げて黄昏ている。


「ねえ」


 そのまま源川を呼んだ。彼は特に近寄る事もせず、料理の仕込みを再開する。子供ではない。話しかけられる度にわざわざ近寄ってやる筋合いも無いのだ。


「どうしました ?」

「今回のあれさ。凄い楽しかった」

「…はあ ?」


 何を言っているのだろうかこの人は。源川は思わず眉をひそめた。


「えー、何その顔」


 不満げにする亜弐香だが、他の者達から見れば理解をしてくれという方が無理筋だろう。毒と暴力によって殺されかけたというのに、何を呑気にしているのだこの女は。


「…殺されかけたんですよ、あなたは。もう少し危機感を持ってください」

「その気になったらすぐに本気出してました~」

「ああ言えばこう言う。治りませんねその癖。だから友達いないんですよあなた」


 この発言は流石に気に障ったらしく、彼女はムスッとしたまま顔を背ける。少しは懲りて厳粛な振る舞いをしてくれればいいのだが。丁度その時、キッチンのタイマーががなり立て始めた。鍋が煮えた頃だろう。


「テーブルの準備しますから、ここで待っててください。功影派の連中についても話があります」


 作っていたのは、水炊きであった。刺激が強い物は食わせたくないという彼なりの配慮だろう。カセットコンロをテーブルの真ん中に置き、源川と亜弐香は向かい合って座る。子供の頃から面倒を見てくれているお世話係兼右腕。二人きりなのは久々な気がした。


「功影派の連中は、風巡組のお陰で流通経路を確保出来た上に、”果実”の有効性についても確認が出来た事を大層喜んでいるみたいですよ」


 彼女の椀にネギや白菜を盛りながら、源川が言った。肉類の割合が少ないのを見て不機嫌そうにした亜弐香に悪いと思ったのか、申し訳程度に煮えたつくねと鶏の切り身も添えてくる。


「じゃあ次は僕たちを切り捨てにかかって来るかな。”果実”があれば、兵隊を作る事も出来るし、それを利用してシノギを広げる事だって出来る。何より()()に媚びへつらえる」

「そうなれば連中は、鋼翠連合を間違いなく目障りだと考えるようになるでしょう。今回デカい騒ぎを起こすために協力を持ち掛けたのも恐らく、他の勢力にとって我々が相容れない敵であり、和解や交渉などは受け付けてもらえない存在だと印象付けたかったから…いずれは、自分達だけで利益を独占するために動きを見せて来る可能性が高い。対策をすべきですね」

「本家に話をしておくのもそうだし…逆にこっちから梯子を外せる様に下準備をしておいた方が良いかもね」

「功影派の規模は侮れません。手を切るというのなら、彼らの穴埋めが出来る程度の勢力による後ろ盾が必要でしょう。あてはあるんですか ?」


 源川の質問に亜弐香は少し黙っていたが、やがて嬉しそうに頬を緩めた。


「…あるかもよ ?」




 ――――騒動から一週間が経過した。


 どうやらこんな異界にも蝉はいるらしい。やかましい鳴き声を聞いた龍人は、めくれ上がったシャツから見えている腹を掻き、布団から寝ぼけた態度で抜け出ていく。寝室からリビングへ向かうと、Tシャツ姿の佐那が朝食の準備をしている。本当はもう少し病院に留まるべきだったんだろうが、開醒のお陰である程度は肉体の補強を行えるため、無茶はしないという条件付きで包帯を巻かれたまま退院をさせてもらっていた。


「台湾での仕事、結局ほっぽり出したままだけど良いの ?」


 テーブルに置かれたカレーを見てから龍人は尋ねた。湯気の昇り方と、使われている材料から見て、恐らく今しがた出来上がったばかりである。


「急を要するものでは無いから、時期を改めて向かうつもり。それよりもまずはあなたの体の保護と、状況を整理しないと」


 相変わらずの過保護ぶりを見せつけながら、彼女は自分の皿を持ってテーブルへとつく。ムジナは彼女の傍らで無邪気に転がており、向かい合う二人を眺めるようにして、端の椅子に座っている”元”野良犬がいた。


「おい、俺には無いのか ?」


 義経は生意気そうに尋ねて来るが、龍人は不気味がる様に一度見てから、改めて顔を佐那の方へ向け直す。


「本気でこいつウチで飼うの ?」

「元はと言えばあなたの片割れじゃない。仲良くしなさいな」


 この彼女の言葉が、二人を豹変させた。


「はあ ? こいつが勝手に俺の体に住み着いてただけだろ⁉」

「その言葉、そのままそっくり返してやる。俺の体を勝手に乗っ取ってるのはお前の方だクソガキ ! さっさと返せ !」

「返せるわけねえだろ ! ここまで育てるのにどれだけ苦労したと思ってんだ ? 雑種犬で我慢しとけよお前なんか」

「元はと言えば俺の体だ ! 大体、お前を何度も助けてやったの忘れたのか⁉俺が助言をしなきゃ今頃お前なんか―――」

「うわ出たよ、アレオレ詐欺。そうやって何でもかんでも、自分のお陰だって後出しジャンケンしてんじゃねえよみっともない。政治家か詐欺師向きだよアンタ」

「俺をあのうすたらバカ共と同類呼ばわりか ? 稽古つけてやらんぞ貴様」


 片や包帯付きの腕で、残りは肉球の付いた前足でテーブルを叩いてがなり立て合う。騒がしい夏になりそうな予感がした。

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