生奇
八景村 記録
蝉のキリキリという音が、畳に染み込んでいく。真っ暗な部屋の中で目を凝らすと、まるで部屋の中央に大きな穴が空いているように見えた。咲希はその穴を指でなぞってみたり、時折微笑んで話しかけてみた。
「そうだよね。そうなんだよね。」
咲希は自我を持ち続ける事が精一杯であった。穴の向こう側から「おーい、おーい」と呼ばれているような気がして、それに返答することも出来るが、返答すればきっと帰って来られなくなるだろうと咲希は思った。
蝉のキリキリという音が、部屋全体に響き渡っている。いっそこの部屋を出てしまいたいとも考えたが、八景村は県の外れの山奥にある小さな村なので他に行くあてもない。それどころか咲希は、この暗闇の感覚に若干心地良さすら感じ始めていたのだ。右手を見ると指は伸びきって、もはや自分のものだとは思えない程畳に根を張る植物へと変貌していた。段々と自分そのものが部屋全体とひとつになっていく。そもそも自分とはなんなのだ?熱を帯びたこの肉塊は自然と隔離され自立しているもの?いや違う。私もまたひとつの穴なのだ。取り留めもなく広がり続ける穴。
蝉のキリキリという音がいままさに部屋と飽和しようとしている。キリキリ、キリキリ、キリリ。
「そうだよね。そうなんだよね。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろうね。」
咲希は見てしまった。この世は残酷なほど単純なのだと悟った。死んでは生きて、生きては死んで。しかしその境界線など、最初から存在しなかったのだ。咲希はもう咲希ではなかった。それが答えなのだから。咲希は私達なのだ。私達は咲希なのだ。繰り返し続け、最後にはひとつへと収縮していく。
キリリ、キリリリリ、リリリリ。




