1-6.
ひとりっ子の「わたくし」に兄として思っていい、というのは神殿での修行に疲れていた「わたくし」にとても染みた。それはもう兄さま兄さま、と「わたくし」の歳は二桁にいっているというのに、雛鳥よろしくついて回った。後に着いた「わたくし」付きの護衛達は、兄さまがわたくしをいいよに誘導するから護衛しやすいと笑うほどだ。
12歳で魔物討伐に参加することになり、得意な支援魔法で部隊を補助に徹して浄化して。基本的に後方支援だったのに、恐ろしさに震える「わたくし」をぎゅっと抱きしめて慰めてくれたのは、フィロメーノ兄さまだ。
15歳の時、本当に「聖女」認定されてしまい、畏れ多さもあったけれど聖女になるだろうプレッシャーからの解放にほっとした。そんな「わたくし」をそっと頭を撫でてくれたのも、フィロメーノ兄さまだ。
フィロメーノ兄さまは、「わたくし」にとって身内同然。本当に大切な存在で、「わたくし」に他の意識が混ざり「私」となった今もそれは変わらない。
……でも、なんか婚約者で愛していたはずの浮気男より、兄さまとの方がよっぽど恋人っぽくない? まあ自称妹な訳で、可愛がってもらっただけなんだけども。
「兄さま、独身主義でしたっけ?」
「いや、アウラの面倒を見るのに忙しかったし。……還俗するのが嫌だったんだ」
「え、兄さま出家してたんですか? そうでなくても神殿騎士になれるでしょうに」
「いいだろ、あの頃は令嬢の求婚三昧に参っていたんだ。だから王立騎士団を蹴って、神殿騎士になったんだよ」
未だにベッドに伏せたまま、不貞腐れたように衝撃的事実を話す兄さまこそが衝撃的だ。まさかの令嬢達の秋波から逃げてくての、神殿入り。兄さまってピュアボーイだったっけ、と首を傾げた。そして、そういえば神殿入りした当初はとても表情が硬かった気がする。あれは、聖女見習いが浮足立っていたからだったんだろうか。逃げた場所でも秋波を送られたら、そりゃあ嫌だよねぇ。
うんうん、と頷いて納得していた私を見て、兄さまは少し顔をこちらに向けて嫌そうな表情をしていた。
初めて会った時から、兄さまは「わたくし」に優しかったけれど、何故だろう? 11歳でお子ちゃまだったから、なのかな。兄さま、その時は18歳だったはずだし。今や、私が出会った時の兄さまの年齢――18歳に追い付いてしまった。
「兄さま、幸せにします。だから、私と結婚してくれますか?」
「……何でアウラから求婚されているかわからないなぁ。こういうのは男から言わせてよ」
「そうですか? 結婚したい側から申し入れるべきです。だから、避難場所になって欲しいと願っている、私からプロポーズするのは当たり前の話なんですよ」
「そうか。いいよ、アウラの逃げ場になってあげる。だから、アウラは僕のこと好きになってね」
ぽくぽくぽく、ちーん。異界の女性の記憶にある、木魚の音が聞こえてきた気がした。何をどうしたら、政略結婚になる予定が好きになって欲しいという話になるんだろう。いや、元(になる予定の)婚約者に恋していたのは「わたくし」だけれど。私としては、兄さまと穏やかな関係が築ければいいんだけども、何故に?
怪訝に思ってにを傾げる私を見て、兄さまは苦笑してベッドに突っ伏したまま腕を伸ばして、私の頭をぽんぽんと撫でてくる。……腕、長いですね兄さま。
――婚約していた(と過去形にしたい)第三王子ドゥイリオ殿下とは、殿下7歳「わたくし」5歳の時に仮婚約を結んだ、らしい。そして、殿下12歳、私10歳の私が神殿入りすることが確定した時、正式に婚約を結ぶに至った。
殿下――後の浮気男と初めてお会いしたのは、10歳の時。たぶん、聖女見習いという肩書が必要だったのだろう。生家の侯爵家は貧乏ではないけれど、パッとしている訳でもなかったから、侯爵令嬢のままでは王子妃になるにはちょっと物足りなかったはずだ。
顔合わせの時に、初めて近くで王族と顔を合わせ、初めて同年代のキラキラした男の子に会った「わたくし」はすぐに殿下に夢中になった。思えば、この顔合わせの時から釣れない態度だったのだが、勝手に婚約者を決められて嫌だったのだろう。が、箱入りお嬢様な「わたくし」がそんな年頃の男の子の気持ちに気付くはずがない。更には、聖女見習いとして修行や魔物討伐に駆けずり回る日々で、あまり顔を合わす機会もなかった。
こうして、盲目に自分の理想と思っていた王子様を追いかける、恋に恋している少女と、態度の悪い婚約者という構図が出来上がったのだ。
「もう一度、婚約者を追いかけよ、ということですか?」
「違うよ。僕に愛される覚悟をしなさい、ってこと」
「兄さま、その言い方だと兄さまが私のこと好き、みたいに聞こえます」
「うーん、正しいけどちょっと違うかな。妹のように可愛がってきたけど、今度からは女の子として扱うよって意味。愛人は作らない、なら婚約者であるアウラを愛すことが正しいだろう?」
兄さまが言っていることは、よく分からない。婚約者だからと言って、愛されるとは限らないではないか。実際、あんなに盲目に婚約者を愛していた「わたくし」は浮気された。とても愛されていたとは思えない。
それに、兄さまの言い方だと婚約者になったから愛します、って言うことだ。魔女の記憶も異界の女性の記憶も、恋とか愛する気持ちってそういうものじゃない、って言っている気がする。つきん、と胸のどこかが痛んだ気がした。
微妙な顔になってしまった私に思うところがあったのか、何なのか。兄さまは身をようやく起こしてそのまま立ち上がり、ベッドに腰掛けた。そして、私のプラチナブロンドの髪を一束すくって、そっと口づけた。
「アウラ、僕と恋愛しようか。――ね?」
――とても、心臓に悪い。死ぬほどバクバク心臓が暴れていて、頬が火照って仕方ない。こんなこと、元婚約者にもされたことないし、今までの兄さまにだってされたことない。こ、これが女の子扱い……?
あざと可愛くて、兄さまがすると色気もあって、自称妹はそろそろギブアップです。
これにて、完結となります。……伏線バリバリで回収できていないだろうって? 作者としても続きは色々と考えていますが、どうも筆が進まないのでいっそのことここで完とします。もし続きが書けて本来のプロットが書きあがったら、続きを投稿するか、新たに投稿しなおすことにします。書いてない伏線や、兄さまとのもだもだ、本来なら書くべき元婚約者のざまぁ、色々とあるんです。書いていた聖女の設定も生かし切れていないので。
もしよろしければ、評価や感想いただけると嬉しいです。続きかけやゴラァ! っていうのは、嬉しいですが豆腐メンタルなので勘弁してください。
また、R18ですがNBGLごちゃまぜハーレムも書いているので、よければムーンライトさんへどうぞ。色んな性癖の宝石箱です(嘘)、BL中心ですがコメディに近いと作者は思ってます。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。 ネコ野疾歩