1-5.
私、アウレリアはプロヴェーラ侯爵家に産まれたひとり娘だ。
ひとり娘というのは、他にきょうだいが居ない正真正銘ひとりっ子という意味である。その上、5歳の時の魔力属性検査によって、聖属性の魔力を持つ者と認定された。それはもう、姫の如くとても大切に育てられてきた。
ちなみに、5歳の検査までは母と同じ、薄桃色――まさに桜色といった色合いの髪色だったのだが、聖属性の魔力が発覚した日からどんどん髪色が抜けていき、見事なプラチナブロンドとなった。その頃、まだ5歳だった幼女の「わたくし」は、大泣きしたそうだ。母様と一緒だったのに、とそれはもう泣いて暴れた。母様は笑いながら困っていたようだ。そして、その時の父は、娘がプラチナブロンドになったことでひっくり返っていた。
髪が銀に近い色合いであると、それは聖女の証である。5歳の幼女が、聖女の証である髪色になる。これは他の聖女見習いでも時期はともかく似た現象が起きたが、いかんせん「わたくし」の髪色は見事なプラチナブロンドだった。その上、5歳でこの髪色だ。この子は聖女になるだろう、と王家の囲い込みが始まったり、自称親族がたくさん現れたり、それはもう大変だったそうだ。
どうでもいいが、この世界の聖女は処女性は重視されないらしい。乙女を貫く必要がないから、政治的駒にもなり得る便利な存在でもあるのだ。王家の囲い込みが始まっても仕方ないのだろう。むしろ、王家が動かなければもっと荒れたに違いない。
この子は跡取りとして歩む未来は来ないだろう、と判断した両親は従兄弟のチェロンを後継者候補として、教育する決意をしたらしい。……チェロン、この時1歳。いくら弟の子で甥だからといって、横暴が過ぎると思う。だが、それくらい大騒ぎで大変だったのだろう。ちなみに、ある程度お互いに大きくなってからチェロンに聞いてみたら、子爵家嫡男として育つより、侯爵家の跡取り候補の方が教育の質がいいに決まっている。将来の選択肢が増えるだろうからむしろラッキー、と言っていた。軽すぎやしないか、我が従兄弟よ。まあこれを機に叔父叔母も一緒に侯爵家邸宅で生活することになったりと、一応の配慮はなされていたのだろう。
なお、両親は私の弟や妹が産まれる可能性はあまり考えなかったらしい。何でよ、と聞いてもあの時はチェロンを確保すべき、と思ったという答えしか返ってこなかった。今思うと、神の思し召しだったのかもしれない。実際、聖女できょうだいがいる人は数えることが出来るくらい少ない。
そんな状態の「わたくし」だったから、神殿は手ぐすねを引いて待っていた。だから、10歳の神殿入りするまでは週に1度ほど神殿に通って、大神官長自らが聖女教育をしてくれた。……本当に聖女認定されたからいいけど、違ったらどうする気だったんだろう。大神官長に聞いたら、両親と同じように自分が教育すべきだと思った、という返事しか来ないので、たぶんこちらも神の采配だろう。
そうして慣れ親しんだ神殿で、満を持して10歳で聖女見習いとなり、修行漬けの日々が始まって。11歳の時に、フィロメーノ兄さまと出会ったのだ。
「ねぇ、兄さま。結婚したくないなら、ファウスト殿下にお願いしましょうか?」
「……だから、嫌じゃないと言っているのに」
「なら、何が気に入らないんですか? さっきから、兄さまとても機嫌悪そうです」
「僕の問題だから大丈夫。それより、アウラは僕と結婚となっても大丈夫なの?」
「ファウスト殿下のあの言い方だと、独身は難しそうなんでしょう? なら、見知った裏切りの心配のなさそうな兄さまがいいと思ったんですけども。だめ、ですか?」
渾身のおねだりをしてみたら、ぐぅ、と兄さまは呻いてベッドに突っ伏した。何でそこで崩れ落ちるんだ、意味分からん。
神殿で修業の日々を送っていた11歳の時に、7つ上の兄さまが神殿騎士として着任してきたのだ。その時は大公子息が神殿騎士に、ととても神殿全体がざわざわしたのを覚えている。聖女見習いなんて大騒ぎなんてものじゃなかった。いくら次男とはいえ既に神殿騎士として身も立てていらっしゃって後ろ盾は大公家、そんな兄さまに見初められたら玉の輿だ。兄さまが神殿に入ってしばらくは、とても騒がしくて周囲は修行の邪魔だなぁと思っていた。そして、兄さまのことを気の毒にも少し思っていた。その頃は、チェロンがキャーキャー言う女の子がよくわからない、と愚痴を言っていたから。7歳のチェロンでそうなのだから、この時18歳の兄さまもそうなのかな、と思っていた。
わたくしは、聖女見習いの中では一番爵位が高いところの娘だった。その上、聖女になるだろうと目された大神官長が直接指導するほどの聖女見習いだ。だから、兄さまはすぐにわたくし付きということになった。たぶん、聖女見習いが浮足立ってついでに足の引っ張り合いもあって、神殿内がしっちゃかめっちゃかだったんだろう。わたくし付きの護衛とすることで、上層部は事態の収拾を図ろうとしたのだと思う。
そして、わたくし付きの護衛のひとりに任命された時、「兄のように思って接して欲しい」と気遣って言ってくださったのは今でも覚えている。それからは言葉でも行動でもわたくしを守ってくださる兄さまを、兄のように信頼し甘えられる大切な存在となったのは時間がかからなかった。
……だって、義弟扱いの従兄弟のチェロンくらいしか身近に居なかったのだ。年上のお兄さんに、兄と思っていいよと言われたらひとりっ子の「わたくし」が陥落するのも致し方ないと思う。