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1-1.

全6話、すべて予約投稿済です。

初日は2回、18時&21時に投稿します。


 わたくしは、とても心を弾ませていた。久々に休みを頂いたので、愛するあの御方の下へ馳せ参じて良いことになったからだ。


 ――数刻前、直属の上司にのような存在の第二王子ファウスト殿下に、呼び出された。わたくしは、「聖女」というお役目を頂いていて、その力を使って国中を駆けずり回っている身。今回も、南の方の遠征から帰ってきて、報告書を作成していた時の呼び出しだった。

 このファウスト殿下、第一王子で王太子である兄君ステッラリオ殿下の右腕として、辣腕を奮っていらっしゃる。未来の宰相としてその腕を奮うことが内定している状態で、つまりとても忙しい方だ。わたくしも、滅多にお顔を合わせることがない。それに、報告書まで書き上げてへろへろなわたくしを見かねて、護衛達がファウスト殿下の執務室まで報告書を届けてくれるようになったということもある。そうなってからは、ファウスト殿下の同窓で仲がいいわたくしの護衛筆頭、フィロメーノ兄さまに報告書提出をお願いするようになった。その方が、お互いにちょっとした息抜きになるかな、という勝手な気の回しであるけれど。

 どうでもいいが、わたくしはひとりっ子で、後継者問題解決のために義弟となっている従弟がいるだけだ。つまり、フィロメーノ兄さまのご厚意でわたくしが勝手に兄と呼んでいる。


 久々に顔を合わせたファウスト殿下は、とても疲れた顔をなさっていた。心配で、こっそり疲労回復になりそうな回復魔法をかけておいたけれど、あまり効果がないように見えた。どうやら憂患な問題が起きているようで、それはわたくしには言いづらいことらしい。いつもならハキハキとお話なさるファウスト殿下が、言葉を慎重に選んでいて歯切れが悪いようだったから。

 思わず助けを求めて、護衛として共にここへ来ていたフィロメーノ兄さまの方へ向くと、兄さまは苦虫を嚙み潰したようなすごく渋いお顔をされていた。どうやらファウスト殿下のご懸念はご存知らしい。



「殿下、何か不都合がございましたか? わたくし、何か粗相を……」

「いや……。なあ、聖女アウレリア。私は君のことを、それなりに気に入っている」

「えっと、ありがとうございます……?」

「私も覚悟を決めるべきだな……。――聖女アウレリア、本日の午後から明日一日、休暇を与える。我が弟も、本日は急ぎの仕事はないはずだから、必要ならば明日デートの約束でも取り付けておいで」

「えっ、よいのですか!? ドゥイリオ様の執務室にお邪魔しても?」

「ああ、よい。最近は機密だ何だと騒がしかったが、落ち着いたからお前が訪れても問題ない。今の時間なら執務室にこもっているだろう、行っておいで」



 わたくしの婚約者は、この国の第三王子ドゥイリオ殿下だ。畏れ多くも、ドゥイリオ様と呼ばせて頂いている。

 最近はわたくしが忙しかったこともあるが、ドゥイリオ様も重要な案件を請け負っているとのことで、ドゥイリオ様の執務室にお邪魔することも叶わなかった。そうなると、忙しくされているドゥイリオ様にお目通りが叶う機会も減り、とても寂しい思いをしていた。

 はちみつ色のふわふわとした御髪に、綺麗なエメラルドグリーンの瞳。甘いマスク、と評されることの多い端正な顔立ちをされていらっしゃって、見ているとほうっと熱い溜息が零れてしまうほどだ。しかし、騎士団の部隊長も担っていらして、騎士らしく身体を鍛えていらっしゃる。ガッシリ、というほどではないが、細身なのに力強い剣技をされていて、見ているだけど何度も惚れ直してしまう。


 ――簡単な話、惚れこんだ婚約者の下へ、公認で訪れていいことになったので、浮足立っていたのだ。


 王城の中の、別棟になっている騎士団の詰所と訓練施設がある方へ、フィロメーノ兄さまと歩いていく。否、少しばかり足早に歩いているかもしれない。是非とも、ドゥイリオ様が移動なされる前にお目にかかりたかったのだ。


 近道をしようと少し薄暗い裏道を通ろうとしたのが、いけないのだろうか。わたくしの頭は、真っ白になった。



「に、にいさま。あれ、は……?」

「っアウラ、アウレリア! しっかりしろ、自分をしっかり持て!」



 倉庫の影に、人がいるようだ、と思ったのが最初だった。そして、声がやたら聞いたことなくもない声だな、と思ったのがその次。訳あって、経験がなくとも“嬌声”というものを、聞いたことがあった。その嬌声そのものが聞こえるとは、王城の影でなんてことをする輩がいるものだ、と侮る気持ちになった。


 そして、足早に通り過ぎてやろう、と近付いた時に、聞こえてきた声に凍った。ドゥイリオ様の声に違いない、と。



「にいさま、どぅいりおさまが、おんなのかたと……っぐぅ、ぁああ」

「アウレリア、帰ってきてくれ。お願いだ、お前を喪いたくない……っ!」



 フィロメーノ兄さまに、何バカなことを、と笑って欲しかった。なのに、わたくしを引き留める言葉ばかりくださる。これでは、わたくしの認識が正しいみたいではないか。


 ずきん、ずきんと頭痛がしてきて、吐き気すらする。立っていることもツラくて、兄さまの胸元に飛び込んだ。まだ幼い頃、家族が恋しくて泣いた時、兄さまはいつも抱きしめてくれた。本能的に、逃げ場所と認識している場所に逃げ込んで、意識を手放した。


 遠ざかる意識の中で、兄さまがわたくしを受け止めて、しっかりと抱きしめながら声かけてくださったのだけは、認識できたのだと思う。

 その後のことは、わからなかったけれど、兄さまに任せたなら大丈夫。そう安心して、わたくしは自分の内にこもった。

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