今日から僕は、裏アカ女子の『相手役』になります。
「それじゃ、挿入のシーンを撮り始めるから。ちゃんとブレないようにカメラを構えるのよ?」
「う、うん……。頑張るよ」
夕方、とあるマンションの一室。
僕、宮城優吾は何故裸でビデオカメラを構えていた。
カメラの先にはこれまた一糸纏わぬ姿の美少女がいる。
これから僕は、この美少女を抱く――つまり、セックスするのだ。このカメラはその様子を記録するためのもの。
自分のあられもない姿が撮られた動画を彼女は欲している。どうやらその動画でかなりの額を稼げるのだとか。
ちなみに、僕と彼女は別に恋人の関係でもなんでもない。ただの同級生であり、同僚だ。
僕の欲求と彼女の目的が合致した、ただそれだけの間柄。
傍からは狂っている関係にしか見えないだろう。
でも、こうなったのにはちゃんとわけがある。
まずはそこから説明しよう。
◆
『あっ……♡ んっ、んっ、ああ…っ♡ いっ、イクっ……♡』
ヘッドホンからは喘ぎ声が流れ、モニタからは扇情的なアングルで乱れる女性の姿。僕のリビドーは断続的に刺激されていて、興奮も最高潮に達している。
ここは僕が通う高校の、誰もいない軽音楽部の部室。
幽霊部員だらけのこの部室には、自分以外滅多に人が訪れることがない。
そんなひとりだけの自由な空間ということで、僕は呑気にエロい動画を観て自分自身を慰めていた。
「……ふぅ」
ちょうど動画が抜きどころに差し掛かった。僕は自分の精を用意していたティッシュに吐き出す。
何故だか良くわからないが、動画の絶頂シーンと自分の果てるタイミングをシンクロさせたくなる。他の男に聞いたことがないので、これがあるあるなのかは良くわからない。
事が済んだのでヘッドホンを外し、後処理をしようと立ち上がる。
すると、僕ひとりしかいないはずのこの部屋に、思いもよらぬ来客が来ていたことに気がついた。
「…………え?」
部室の入口には、女子生徒がひとり立っている。
制服姿で、リボンの色からするに僕と同じ2年生。
派手さは全くむしろ超地味なのだが、サラサラした黒髪ミディアムヘアとレンズの大きい黒縁の眼鏡が妙にその雰囲気にマッチしている。『隠れ美人』という言葉が存在するのであれば、まさにそれだと言えよう。
だがその彼女が浮かべているなんともいえない表情に、僕の身体からは一気に血の気が引いた。
「い……、いつからそこに……?」
「そうね……、動画のお姉さんの体位が正常位に変わったあたりからかしら」
僕はこの瞬間、社会的に死んだ。
自分の部屋でマスをかいているのが家族に見つかるならまだいい。でもここは学校、公的機関の建屋内だ。
しかも目撃者は女子生徒、誰がどう考えても最低最悪の場面。
「……とりあえず、パンツを履いたら?私に堂々と見せつけるほど立派なモノでもないでしょう?」
「そ、そうだな……、ハハハ……」
めちゃくちゃ男としての尊厳を貶されているはずなのだが、そんなことどうでもいいぐらいに僕は気が動転していた。
おとなしくパンツを履き直すと、ここは平謝りしかないと思って女子生徒へ土下座をした。
「……すいませんでした。このことは見逃してください」
「まだ私、何も言っていないのだけれど?」
「何も言っていなくてもこの状況はどう考えても僕が悪うございます。何卒お許しを」
「……変な人」
僕はとにかく頭を下げ続けた。
不用意だったとはいえ間違いなく悪いのは僕。ここでこの女子生徒に大声で叫ばれでもしたらその瞬間に僕の人生が終わるのだ。謝罪で許してくれるのならばいくらでも謝罪する。
「……顔を上げて。他人に土下座をさせる趣味はないの」
顔を上げろと言われても、すぐには上げないのがジャパニーズ土下座の真骨頂。数回言われてからやっと顔を上げるのが一番美しいらしい。
「じゃ、じゃあ、許してもらえるんですか……?」
僕は顔を伏せたままそう言う。
「そうね、このままただ許すのは勿体ないわ。私の言うことをひとつ聞いてくれるかしら?」
「……仰せのままに」
現代の高校生が『仰せのままに』なんて言葉を発することが滑稽だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ピンチの最中ではあるが、この譲歩を得られたのはチャンスといえばチャンス。彼女の言うことをひとつ聞けばこの大失態を許してくれるのだ。
この際おもちゃにされてもパシリにされてもいい。なんとしてもここで許しを請いたい。
「ここでは説明が面倒ね……。ちょっと私について来なさい」
そう言われると、僕は彼女の言われるがままついていくことになった。
◆
連れて来られたのは学校の近くにある賃貸マンションだった。
近隣には大学や専門学校もあるので、一人暮らしの学生が多く住むいわゆる『学生マンション』的な物件。
その一室の前で、彼女は鍵を取り出してドアを開けた。
「入って」
「お、おじゃまします」
僕は恐る恐る部屋の中に入る。
なんのことはない、中は普通の一人暮らしの部屋。適度に掃除が行き届いていて、それなりに綺麗にされていた。
「ここは……、君の部屋?」
「そうよ。ただの私の部屋。それがどうかした?」
「い、いや、『説明が面倒』って言ってたから何か特殊な施設なのかなって思っちゃってさ……」
よっぽど僕が変なことを言ったのかはわからないが、彼女はそれを聞いてフフフと笑う。
「おかしな人ね。でもある意味あなたにとっては特殊かもしれないわね」
「それは……、どういう……? ……って、おい、何をしてるんだよ!?」
僕は言葉の意味が分からず困惑していると、何故か彼女はおもむろに服を脱ぎ始めたのだ。
まさか今から僕がここで童貞を捨てるだなんて、誰にも想像がつかないだろう。
◆
「ちょちょちょっと待って!なんでいきなり脱ぎ始めるのさ!?」
「なんでって、説明のためなのだけれど?」
なんの恥じらいもなくいきなり服を脱ぎ始めた女子生徒は、不思議そうな顔で僕のことを見る。
説明のために服を脱ぐ事がこの世の中にそんなにあるだろうか?いや、ない。
一体なんの説明を始めるんだ?
「じゃあ、そこに三脚を立ててカメラを設置してくれるかしら。――あと、リングライトも点けてもらえる?」
「か、カメラ……?リングライト……?」
下着姿の彼女は僕に指示を出す。何かおかしいなとは思いながらも、僕は言われたとおりに一眼レフのデジタルカメラとLEDのリングライト照明を準備した。
撮影機材と下着姿の女子高生。
なんとなく、彼女がこれから行う事が想像できる。
「それじゃあ録画を開始してくれる?」
「は、はい……」
僕はカメラの録画開始ボタンを押す。もちろん被写体はベッドに座っている彼女だ。
撮影が始まると、彼女は何やらピンク色をした丸っこいものを取り出した。
……これは男なら絶対に見たことがあるモノ。その丸っこい物体は、スイッチを入れると小刻みに震えだす。
彼女はその丸っこい物体のスイッチを入れると、それをそのまま自分の股に優しく当てる。
これはまさしくアレだ。僕がさっき部室で見られてしまった事の女性版。それを彼女は撮影している。
――艶めかしい声が彼女の口から漏れる。
ファーストインプレッションの地味で真面目そうな彼女はそこにはおらず、ただ単に快楽にとろけている女の子がカメラに向かって痴態を晒していた。
目の前の刺激的な状況に、僕は頭を混乱させながら柄にもなく興奮してしまっていた。
しばらくして、よくよく考えるとわざとらしく聴こえる喘ぎ声を上げながら、程なくして彼女は絶頂を迎えた。
快楽の波がおさまったようで、彼女は湿っぽいため息をひとつついて僕の方を向く。
「――と、言うわけなの」
「……どういうわけなんだよ」
彼女はまるで『完璧な説明でしょう?』と言いたげな顔をする。
……百歩譲ってえっちな動画を自撮りしているのは理解した。彼女はいわゆる、『裏垢女子』的なことをしているのだろう。
でも、これを見せたことで僕に何をしろと言うんだ?
「それはもちろん、『相手役』になって欲しいってことに決まっているでしょう?」
「……相手役?」
「そう、『相手役』。セックスは一人じゃ出来ないでしょ?」
……落ち着け。
この子が何を言っているのかゆっくりと咀嚼して理解しよう。
セックスの相手役だって?それはすなわち、僕が彼女を抱くということか?
「イマイチピンと来てない感じね。『竿役』と言ったほうが良かったかしら?」
「いやいや!言葉の意味はわかってるから!」
「じゃあ大丈夫ね。そっちの準備も万端みたいだし、早速シャワー浴びて撮影しちゃいましょ?」
「そのテンポ感の良さにはびっくりだよ……」
完全に彼女のペースに乗せられている。
このままでは僕は成り行きでこの子を抱くことになってしまう。……いや、抱くことに関してはやぶさかではない。美人だし。
でも、こんなにあっさり性行為に踏み切っても良いものなのだろうか? しかも、それを撮影して世に公開までするという。
童貞の僕は、有りもしない世間体のようなものを気にしてしまっている。
「……こ、断ると言ったら?」
「さっきの目撃情報をバラす」
「ですよねー……」
前に進むか社会的死か、僕にはそれしか選択肢が残っていないということだ。
◆
言われるがままに僕はシャワーを浴びた。
他人の家の風呂場というのはなんだか落ち着かない。これから童貞を捨ててしまうのかと思うと、どこか地に足がついていないような、ふわふわした感覚みたいなものが心の中に湧き出してざわざわしてくる。
「……お風呂、上がったよ」
「そう、じゃあ私も浴びるわね」
そう言って彼女もシャワーを浴びに風呂場へ行く。
他人と肌を重ねる以上、清潔にしておくのが信条なのだとか。
どうせヤるのだから一緒にシャワーを浴びればいいのにとは思う。でも彼女は、『それは恋人たちがすること』だと一蹴する。
ここには欲望とか快楽はあっても、愛情というものは無いらしい。
「いい?今回のセックスはお試しよ。――あなたとの身体の相性を試す意味もあるし、どうせまだ迷っているんでしょう? 顔に出ているわ」
風呂から上がってくるなり、バスローブ姿の彼女は僕の心を見透かしたような事を言う。
お試しのセックスだなんて一体どんなご都合主義なんだろうか。
「……そんなにわかりやすい?僕の顔」
「ええ、手に取るように」
どうやら僕は困った顔を浮かべているらしいけど、結局己の性欲には勝てなかった。流されるように諭され、彼女はカメラの録画スイッチを入れる。
いよいよ人生初の情事が始まるのだと興奮気味の僕に、湯上がりでホカホカになっている彼女の肌が触れた。
そこから先はまるで自分が獣になったかのようで、記憶にはあまり残っていない。それだけ彼女の身体と、その行為に夢中だったのだろう。
一方の彼女は、まるで僕がどうしたら興奮するのかがわかっているかのように乱れた。これも、『顔に出ている』せいなのだろうか。
コンドーム越しに彼女の中で果てると、僕は大きくため息をついた。
――初めての体験は、案外あっさりと終わってしまった。
「どう?心は決まった?」
彼女は悪魔のように僕を誘う。
普通に自分の性欲に従うならばこんな夢みたいなことはない。撮影をするという条件こそあれど、こんな美少女を抱きまくれるのであればお釣りが来るレベル。
それでも優柔不断な僕は決めきれずにいた。
「……まだ良くわからない」
「そう。なら気になったらまた来ればいいわ」
それだけ言うと、彼女は特にリアクションも見せず営業時間が終わったかのように後始末を始めた。その時だけ本気になる業務的なセックスだ。
童貞を捨てたと言っても何も感慨深いことはない。でも、倫理的に悪いことをしてしまった感じがしてこれを正当化していいのかと心の中はさらにざわついている。
刹那的な快楽と、ちょっとした疲労感、そしてこの状況を受け入れるべきか否かの迷いが渦巻いたまま、僕は彼女の家をあとにした。
◆
「……ただいま」
家へ帰ると、僕は誰とも顔を合わせないようすぐさま自室へ向かった。
別にさっきあんなことがあって帰宅が遅くなったからという訳ではない。いつもの事だ。
黙って帰ってきても何も言われない。僕の親は超放任主義――もとい、僕に興味がないのだ。
部屋の入口には夕食が用意されていた。まるで引きこもりのような扱いだが、これもいつものこと。
食事さえ出しておけば問題ない。両親の中にはそんな考えでもあるのだろう。
部屋に入ると僕は、明かりもつけずにベッドの上に飛び込んだ。
真っ暗な空間の中で、先程のことが思い出される。
弱みを握られ、言われるがままにした初めてのセックス、そしてカメラの前で扇情的に乱れる彼女。
そこで撮影された動画は、身バレしないよう念入りに編集した後、アダルトな動画サイトに投稿されるらしい。聞けば、相当な額の広告収入が得られるんだとか。『相手役』になってくれるのならば、いくらか報酬も出すと彼女は言っていた。
彼女にとっての僕は、弱みのおかげで口止めが出来て、なおかつ聞き分けの良いそれだけの『相手役』だ。恋人はおろか、セックスフレンドですらない。ただのビジネスパートナー。
だからこそ僕には彼女の目的が良くわからない。
本当にお金のためだけにあんなことをしているのだろうか。そうだとしたら、お金だけであそこまで乱れることができるのだろうか。……そもそも僕を巻き込む必要があったのだろうか。
考えてもしょうがないことだけで頭が一杯だった。
こういうときは趣味のギターを弾くに限る。
僕はむくりと起き上がると、ギターを手に取るためにベッドから立ち上がる。
しかし僕の視線の先には、そこにあるはずのエレキギターがなかった。
「なんでギターが無くなっているんだ……?今朝までは確かにあったのに……」
ふと机の上を見ると、そこには書き置きと何かが入った封筒が置かれている。
僕は慌ててその書き置きを開いた。
『芳佳の勉強の邪魔にならないよう、ギターは売却しました。封筒にはそのお金が入っています。母より』
その書き置きにはなんとも母の身勝手極まりないことが書いてあった。
芳佳とは僕の義理の姉。
僕は小さい頃に父と死別していて、3年前に母親が再婚してこの家に住むことになった。
しかし新しい父親は、自分の連れ子である芳佳にしか興味を持たなかった。なまじ彼女は優秀なおかげで、僕はいつも彼女を引き立たせるための比較対象だ。
いつしか実の母親も僕には興味が無くなっていった。
最終的にはこんな一部屋を与えておいてほぼ放置だ。非行に走ったり犯罪を起こさなければ、あとはどうでもいいという扱い。
そんな僕の自室での唯一の楽しみがこのギターを爪弾くことだった。
しかもこのギターはただのギターではない。無くなった父親から受け継いだ、形見とも言える一本なのだ。
勝手に売却しただけでなく、亡き父親が自分に与えてくれた優しさまで奪い取られてしまったようなそんな気分だった。
「……冗談じゃないよ。元旦那の形見をなんだと思ってるんだあの人は」
僕の中にはふつふつと怒りの感情が湧いてくる。
でも、その怒りに任せて行動するようなことは出来なかった。
ここで僕が暴れ倒したところで何にもならないのだ。もし下手に騒ごうものなら、ギターどころか唯一の居場所であるこの部屋まで奪われてしまいかねない。
ただ悔しさを噛み締めて、この現実を受け入れるしか僕には出来ない。
幸いなことにギター以外の物には手を付けられていない。
明日になったら、金目になりそうなものは全部軽音楽部の部室に隠しておこう。また理由をつけて勝手に売却でもされたらたまったもんじゃない。
一気に気持ちが冷めてしまった。
なんの反抗も出来ないまま、こうやって大切なものばかり奪われていく。その自分の無力さに腹が立って仕方がなかった。
その時だった。
滅多に鳴ることのない僕のスマホがブルっと震えたのだ。
慣れない挙動をするものだから僕は柄にもなくビックリしてしまった。
「誰だよ……、こんな時間に」
送られて来たのはLINEのメッセージ。
送り主は僕を『相手役』に指名してきた彼女――福島紗季だった。
先程の事が済んだあと、連絡先を教えてくれたのだ。彼女の名前を知ったのもその時のこと。
初体験より名前を知るほうが後というのも、なかなか馬鹿げている。
送ってきたメッセージは一言、
『決心はついた?』
と、それだけ。
華の女子高生が送ってくるメッセージが僅か7文字というのはなんとも寂しげである。絵文字も顔文字もスタンプすらない、淡々とした7文字。
それでもその7文字は悪魔的な魅力を持っていたと思う。
まるで彼女はこの一部始終を見ていたかのようだ。僕の行き場のない反骨心みたいなものは、絶妙なタイミングで送られてきた彼女のメッセージに見事に絡め取られてしまった。
どう考えても彼女の誘いは狂っている。倫理的によろしくないのも明らかだ。
でもその狂った誘いに乗ることで、両親へのささやかな反抗をすることと、あわよくば新しい自分の居場所を作ることが出来るんじゃないかと僕は思ってしまった。この機会をみすみす逃すのは惜しい。
返答は決まった。もう引き下がる気はない。
スマホを手に取ると僕は、紗季が送ってきたメッセージよりも更に短く、
『よろしく』
それだけ返した。
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