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戦場のタオルケット

作者: 真黒三太

 惑星国家ケネディの特徴はと言えば、樹高二十メートルを優に超す巨木が密集して出来た、密林を置いて他にあるまい。

 何しろ、母なる星――地球とほぼ変わらぬ大きさを誇る惑星のほぼ八割が密林地帯と化しているのだから、銀河系でも随一の規模であると言えるだろう。


 かような密林地帯の一角……。

 生命の坩堝(るつぼ)がごとき世界の中にあって、明らかに異彩を放っているモノたちの姿があった。


 電磁筋肉繊維がミリミリと音を立て……。

 その上を覆う超硬プラスチック製の装甲が、雨露(あまつゆ)に濡れきらりと輝く。

 全体的なシルエットは人型であるが、どうにもずんぐりむっくりとしたそれは実際の人体と比べるといささかデフォルメが効いており、見ようによっては愛嬌のようなものすら感じられた。


 しかし、物知らぬ子供であるならばともかく、ある程度以上の年齢に達した人間がこれを見てそのような感想を抱くことはあるまい。

 何故ならば……全長四メートルに達するこの機械人形こそは現代戦の主役であり、死と破壊を振りまく兵器であるのだから。


 ――戦人(センジン)


 ……これなる兵器の通称である。

 有人式人型戦車として開発されたこの兵器は、あらゆる電波を遮断することが可能であり、加えて人型由来の踏破(とうは)性と火器選択の幅広さを持つことから、今や銀河系全域に普及していた。


 その戦人(センジン)が、三機……。

 各自背後を僚機に委ねながら、怯えたように密林の中を歩んでいた。

 三機とも、頭部が大昔のブラウン管テレビのような形状をしているのが特徴であり、マスタービーグル社のベストセラー機――トミーガンであると知れる。


 それぞれが手にしているのは同型のアサルトライフルであり、ひとたびこれを発射したならば、密林を構成する樹木はたやすく倒壊することであろう。

 搭乗者の焦りが反映されているのか、ライフルの銃口はせわしなくあちこちに向けられており、こう落ち着きがなくては索敵としても効果が期待できぬ。

 その様は――まるで猟犬に追われるウサギ。

 死というものに追い詰められた、哀れな獲物の姿がそこにあった。


 実際、彼らは獲物なのだ……。

 そして、これを追う狩猟者の姿は、三機の頭上に存在した。


 ――ズサリ!


 ……と。

 フォーメションを組むトミーガンらの前に、ここまで彼らを追い詰めた狩人が姿を現す。

 現すと同時に、すでに僚機の一つは撃破されていた。


 肩口から、深々と……。

 戦人(センジン)用の振動ナイフが突き立てられていたのだ。

 戦人(センジン)の胴体部に収容されているのは、当然ながらこれを操縦するパイロットであり……。

 撃破された機体の彼がどうなったかは、ナイフを引き抜くと同時に噴出したオイルに、赤い色が混ざっていることから知ることができた。


 ――ヴウン!


 ……と、電磁筋肉繊維独特の稼働音を響かせながら、襲撃者が引き抜いたナイフを構える。

 襲撃者もまた、四メートルサイズの人型兵器であり……。

 となれば、トミーガンと同じ戦人(センジン)であることは間違いない。


 しかしながら、そのプロポーションのなんと素晴らしいことだろうか……。

 八頭身の機体は、手も足もすらりとして長く……さながら陸上選手のごとく、均整が取れたものである。

 塗装は、黒一色であり……。

 頭部は、まるで肉食獣のそれを機械という形に押し込んだかのような……いっそ趣味的にすら見える猛々しいデザインであり、単眼式のカメラアイが怪しき光を宿していた。


 振動ナイフを構える漆黒の機体を見て、果たしてトミーガンと同じ戦人(センジン)であると思える者はいるであろうか?

 人間のそれをデフォルメしたデザインであるトミーガンに引き換え、こちらはほぼ同サイズでありながら人体のそれを完全に模しており……。

 完成度の違いというものが、一見して知れてしまうのだ。


 そして、両者の性能差は見た目で受ける印象以上のものであり……。

 残された二機のトミーガンは、銃器を保有するという圧倒的なアドバンテージを有していながら……。

 地を這い、時には周囲にそびえる巨木を足蹴にしての立体的な機動を披露する漆黒の機体に対し、何一つ有効な反撃をできぬまま、一機……また一機とナイフを突き立てられ、ついには全滅したのであった。




--




 空調が効いたケネディ政府軍の基地は快適そのものであり、このような場所で内勤業に励んでいると、蒸し暑い熱帯雨林で任務に従事する兵たちに申し訳ない気持ちが湧き起こってくる。

 しかしながら、負傷で左の視力を失い民間軍事会社からの退職を宣告された身としては、彼らが挑む泥臭い戦場こそ本来望んでいるものであり……。

 なかなか、世の中とはままならないものであると思わされた。


「よう、管理官(ライナス)の兄ちゃん! 出迎えか!」


 格納庫に足を踏み入れると、ここしばらくですっかり馴染み深くなってきた戦人(センジン)整備班班長が、僕の役職――管理官(ライナス)の名を口にしながら気さくに声をかけてくれる。


「ああ、どうやら戦果は上々のようだね」


 僕はそう答えながら、たった今帰投したマスタービーグル社の最新鋭戦人(センジン)――タイゴンの勇姿を見やった。


 ――カッコイイ。


 ……とは、この機体を指すために存在する言葉だろう。

 その姿は、まるでジャパニーズカートゥーンから飛び出してきた主役機のようであり……。

 かつてパイロットだった者からすれば、見ているだけで心が浮き立つものだ。


 もっとも、そのプロポーションを実現するためにコクピットブロックは極めて小さく、狭く……。

 僕みたいな大の大人が乗り込むことなど、到底不可能なのだけど。


 戦人(センジン)用のハンガーに直立姿勢で接続したタイゴンの胸部装甲が展開し、これを操っていた小さな死神がその姿を現した。


「ん……!」


 格納庫の床に降り立ち、背伸びをする少女は――小さい。

 その身長……実に140センチ。

 競馬騎手と戦人(センジン)乗りは小さければ小さいほど良いとはよく聞く言葉であるが、それにしても度が過ぎていると言えるだろう。


 顔立ちも幼く、まるで子犬のようであり……。

 腰まで届くさらりとした黒髪を見ていると、体にぴたりとフィットする特注のパイロットスーツなどより、カタログに載っているような高級子供服の方がよほど似合うだろうと思わされた。


「アンジェ!」


「……っ!」


 きょろきょろと周囲を見回す彼女――アンジェに声をかけると、不意にその顔がぱあっと明るくなり……。

 そして、その姿が消失した。


 いや、消失したというのは正確ではない。

 五輪選手もかくやという身体能力を誇る彼女が、一瞬の内に僕の死角――見えてない左目側に飛び込んできたのだ。


「――おっと!」


 勘だけを頼りに、体当たり気味に抱きついてくるアンジェを受け止める。


「テツ……ただいま……」


 小鳥がさえずるかのような小声で言いながら、ぐりぐりと頭を押し付けてくる彼女だ。


「おかえり、アンジェ。

 はは、そんな風に飛びついてきたら、危ないぞ?」


 飼い主に甘える小型犬を彷彿(ほうふつ)とさせる少女の姿をほほ笑ましく思いながら、無駄と知りつつも注意し頭を撫でてやった。

 こんな風にしていると、格納庫でせわしなく働いている整備員たちの視線が突き刺さってくるのを感じるけど……まあ、もう慣れたものである。


「アンジェ……がんばったよ……。

 教わった通り……敵をいっぱいやっつけた」


「……そうか」


 それはつまり、この幼い容姿の……実際は見た目以上に幼い彼女が、敵兵たちを殺してきたということ。

 その事実が、心に突き刺さってくるが……。

 そもそも、アンジェに人殺しの技術を叩き込んだのは他ならぬ僕であり、今さら心を痛める資格などない。

 だから、ただ……天使(アンジェ)と名付けた人工の死神を褒めてやることにした。


「よくやった、アンジェ。

 詳細はバトルレコーダーを見てみないとなんとも言えないけど、僕は君が誇らしいよ」


「えへへ……」


 満面の笑みを浮かべながらまたも押し付けてきた頭を、思う様に撫でまわしてやった。


「この後は……遊んでくれる……?」


「いや、その前に報告をしないと。

 君は君で、体のチェックをしなきゃな」


「ん……やだ……離れたくない……」


 やはり、初陣のストレスは無視できぬものがあるのだろうか……?

 普段よりも聞き分けが悪い彼女に対し、やむを得ず例の言葉を使うことにする。


「アンジェ……『命令だ』。

 いい子だから、医務室でチェックを受けてきなさい。

 その後、展望デッキで会おう」


 ――『命令だ』。


 その言葉を聞いたアンジェの反応は、劇的なものであった。


「――分かりました」


 まるで、機械か何かのように……。

 きっぱりとそう答えると、僕から体を離し、医務室へ向けて一人で歩き出す。

 そんな少女の背中を見送りながら、僕はますます強くなる罪悪感に胸を痛めたのである。




--




『初の実戦で九機のトミーガンを撃破、か。圧倒的だな。

 さすがは弊社の最新鋭商品……。

 いや、君の教育が良かったというべきかな?』


「恐縮です」


 立体映像装置を使った通信は、実際に対面しているのとそん色ないリアリティであり……。

 どうにも苦手な上司、サザーランド部長のサイボーグじみた無表情な顔を見ながら、僕はびしりと背を正した。


「付け加えるならば、帰投コースにはあえて沼地帯など踏破困難な道のりを指定しましたが、機体、パイロット共に目立ったトラブルもありません」


『ほう、抜け目がないな?

 いや、こればかりは現場の人間でなければ出てこない発想だ。

 やはり、君をヘッドハンティングした私の判断は間違いではなかったよ』


 だったら、もう少し嬉しそうな表情を浮かべてくれても良さそうなものだが……。

 まあ、この人が急に笑みを浮かべたら僕はショック死してしまうかもしれない。

 世の中には、スマイル一つが九ミリパラよりも凶悪となる人間がいるのだ。


『今後とも、その調子で生体パーツの教育及び管理に務めてくれたまえ。

 では、通信を終わる』


 そう言い切ると同時、一方的に通信は切られ、室内にしんとした静寂が満ちる。


 ――生体パーツ。


 そう、アンジェは見た目通りの女の子ではない。

 圧倒的な性能を実現するため、コクピットブロックを極限まで小さくした新型機――タイゴン。

 それに合わせてデザインされ、()()された生体パーツ……それこそが、彼女なのだ。


 僕の役割は、そんな彼女の管理者となり、教育者となり、兄代わりとなること……。

 管理官(ライナス)という役職名は、常にタオルケットを手にしている有名なキャラクターから取られたものだ。


 つまり……僕は彼女にとっての精神安定剤(タオルケット)なのである。




--




「アンジェ、お待たせ」


 実用一辺倒の軍事基地と言えど、多数の人間が暮らす場所であるからには憩いの場所が必要不可欠であり……。

 アンジェは、そんなレクリエーション施設の一つ、展望デッキから夕焼けに染まる樹海を見渡していた。


 周囲には、他に誰もない。

 一応はレクリエーション施設として分類されているこの場所だけど、ここから見える景色は任務中に散々目にするのだからそれも当然だろう。


「ん……健康チェック……問題なかったよ」


 黒髪を風になびかせる少女の姿は、まるで何かの絵画みたいで……。

 相変わらずなパイロットスーツ姿であるのが、惜しまれる。


「そうか、良かった。

 ご褒美にアイスを持ってきたんだ。

 バニラとストロベリー、どっちがいい?」


 そんな彼女に、僕は両手のカップアイスを見せながらそう尋ねた。


「バニラがいい」


「そうか、じゃあ、僕はストロベリーだ」


「半分ずつ……分けっこしよ?」


「いいとも」


 バニラ味のアイスとプラスチック製のスプーンを渡し、ベンチに腰かける。

 すると、アンジェもぴょこんとベンチに座り、僕に肩を押し付けてきた。


 そのまま、二人とも黙って……。

 一口、二口とアイスを味わう。

 こうして眺めている樹海の姿は、おだやかそのもので……。

 鋼鉄の巨人たちがしのぎを削り合う戦場であるとは、とても思えなかった。


「テツ……」


「なんだい?」


「美味しい……ね?」


「ああ……」


 にこりと笑いながら見上げてくるアンジェに、ほほ笑み返してやりながらそう答える。


 僕の名はテツ。

 現在の所属はマスタービーグル社開発部であり、役職は――管理官(ライナス)


 新型機タイゴンの専用生体パーツとしてデザインされた少女、アンジェの管理者であり、教育者であり、兄代わりであり……。

 彼女の――精神安定剤(タオルケット)だ。

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